ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

瑠璃通信19

〔帽子が起こしたつむじ風〕
アルゼンチンに来る前に、アルゼンチン人の友人から、生活して行く面で色々アドバイスを受けた。その一つに「帽子をかぶるな」、があった。アルゼンチンでは帽子を被ってる人はほとんどいない(冬の防寒用は別だが)。被ってると観光客と思われ、スリや引ったくりの被害に遭いやすいからだそうだ。
ブエノスアイレスに着いたのは10月始めで、日本の4月に当たるが、まるで初夏のような暑さだった。余りの暑さに耐えられず、帽子を買うことにした。どうせ帽子を被ってなくたって、充分過ぎる位目立ってる。ブエノスアイレスの町を歩いていて、東洋人に出会うことは滅多にないのだから。
開き直って買った帽子を被ってホテルに戻ったとたん、仲良しのボーイさん達がいっせいに「あ!」と、帽子を指差す。
「え?」と私。帽子だけに「ハット」した、なあんちゃって・・おそまつでした。
思わぬリアクションに目を白黒させてると、一人が「それ被ってボカに行っちゃダメだよ」と言う。ますますこちらは??
ブエノスアイレスには4大サッカーチーム(Racing Club、 River Plate、Boca JuniorsとIndependiente)があり、中でもボカチームとリベルチームは大のライバル。ま、タイガースとジャイアンツみたいなもの。で、私が買った帽子がたまたまリベルのだったと言う次第。
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          向かって右の帽子がボカ、左がリベル
たちまちホテルのロビーでサッカー論争が始まり、私はボカのファンだと言うボーイさんに「べつにリベルのファンじゃないけど、色が気に入ったから買ったの。ごめんね」と言うと、彼は「ノープロブレマ」と苦笑い。
翌日からがもう大変。工事現場の横を通ると、工事のお兄さん達が笑いながらだけど、「ボカ・メホール!ボカ・メホール!(ボカの方が良いよ)」の大合唱。と思えば、そこのけそこのけ車が通るとばかり、いつもは歩行者など眼中にないドライバーが目の前で急停車して、「どうぞお先に」のゼスチュア。これはリベルファンらしい。
歩道ですれ違う何人かのうち一人は私の顔を見てウインクし、親指たててグーのサイン。
ある日入ったレストランで、帽子をテーブルに置いておくと、ウェイターが、人差し指を左右に動かしながら「ノー、ノー」と言う。
え?何?帽子をここに置いちゃダメってこと?訳が分からずキョトンとしていたら、ウェイターは自分の胸に着けたバッジを指差し、「ボカ」と言う。ハハーンと納得。
ここでも、「別にリベルのファンじゃないけど、色が気に入ったから買ったの」と言うと、にこにこして「オーケイ」
レストランに入る度、こんなことが何度か続いた。家の近くのレストランでは、最初入った時は、ウェイターが帽子を指差して顔をしかめるので、こちらも笑いながら「ペルドーネ(ごめんね)」と謝っておいた。
数日してまた、今度は帽子なしで行くと、「帽子はどうした?」と聞くから「かぶるの止めた」と答えた。するとこのウェイター、注文もしない料理を持って来て、「これはボカからのプレゼントだ。食べてくれ」と言う。これにはびっくり。それ以来、この店の前を通る時には帽子を隠すことにした。
とまあ、ここまでは笑い話ですんでいたのだが・・・
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               公園でサッカーに興じる子供達
ボカ地区に近いレストランに入った時のこと。注文を取りに来たウェイターが私の帽子を見ると、夫に「あなたもリベルか?」と聞く。夫が「ノー」と言うと、彼は「それじゃ、ご主人には食事を出すが、奥さんには出さない」と来た。
笑いながら言ってるので、冗談だと思い、こちらも笑いながら「私は別にリベルのファンじゃない」と言うと、「帽子をバッグの中に入れろ。それなら奥さんにも出す」と言う。
私が帽子をバッグに入れると、「ビエン(良し)」と満足げな顔。
それから料理を運ぶたびに、私の顔を見て「アオラ・ボカ?(ボカのファンになったか?)」と念を押す。最初は笑って「シー、シー(イエス、イエス)」と答えていたのだが、あまりのしつこさに気味が悪くなってきた。確かに顔は笑っているのだが、目が異常に輝いて狂気を感じさせる。
サッカーの試合があるたび乱闘騒ぎが起きるので、競技場の周辺は通行止めになり、警察官が警戒に当たるお国柄だ。特にボカのファンには熱狂的な人が多いと聞く。そのうち本当にボカのファンからボカボカにされるかも知れないと、リベルの帽子を被るのは止めにした。
夫が「ボカの帽子を被ったら、どういう反応があるかな?」と言うので、今度はボカの帽子を買って被ってみた。すれ違う人達が満足そうにニヤッとするのは何度か経験したが、文句を言われたことはない。
リベルの選手は上流出身が多く、ボカは反対に下層階級出身が多いと聞いた。ファンもきっと同じで、リベルのファンは紳士が多いので文句を言わないのかも。
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              サッカーの練習場
それにしてもアルゼンチン人のサッカー熱はすごい。先日、パンアメリカンカップにボカが優勝した晩など、アパート前のサンタフェ大通を一晩中、若者達が車を連ねて、車の窓から身を乗り出しながら、クラクションを鳴らしつづけ、大音響で音楽を流し、歌を歌って大騒ぎだった。目の前の警察署は知らん顔だ。
この国のテレビは事故と天気予報と殺人の他はサッカーしか放送しないんじゃないかと思うぐらい、どの局も一日中サッカーの放送をしている。
気狂いじみたサッカー熱を見てると、政府は貧困層の若者の不満が爆発して暴動が起こるのを防ぐために、マスコミを抱き込んで、サッカーで発散させてるのではないかと勘ぐってしまう。
因みに数ヶ月前、ブッシュ大統領のお嬢さんが來亜した時、サンテルモ地区のレストランでバッグを盗まれる事件があった。足元に置いたバッグを近くのテーブルにいた男が足で蹴り上げ、入り口付近にいた女がそれを受け取めてサッと外へ。近くにいたSPが気が付いた時には、二人とも雑踏に紛れて雲隠れ。その間実に数秒間の早業だったそうだ。
鮮やかなキックオフとディフェンスの見事な連携プレーはさすがサッカーの国。犯人はプロのサッカー選手じゃないかと、友人達と大いに盛り上がったが、反米の人が多いアルゼンチンの国民は、ブッシュのSPを出し抜いたと、拍手喝采だったようだ。
by ruriwada | 2007-08-02 23:56 | Comments(0)