ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

瑠璃通信15

メンドーサとアンデス山脈への旅 Ⅱ
翌朝7時半、英語のガイド嬢パウラがホテルに私達を迎えに来た。インディオの血が濃いのか色黒だが、美人で身長180センチ位のスタイル抜群の若い女性である。我が家の二女に面影が似てるので、初対面の気がしない。
ツアーバスにはスペイン語のガイドも乗っていて、こちらは太り気味でガラガラ声の一見怖そうな中年女性である。
普段は外国人観光客が多いが、セマナサンタ期間はアルゼンチン人が断然多いのだそうだ。したがって英語のガイド嬢は私達夫婦の専属ということ。
あっという間に町を抜けると、幹線道路の両側は一面のブドウ畑。その後方に茶色い山並み、さらにその後ろに雪を頂いた山脈が連なっている。アンデス山脈は3つの山脈からなってるのだそうだ。それにしても雄大な眺めだ。
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         4200メートルの山上へ向かうバスの中から見た景色
一時間ほどすると、バスは幹線道路をはずれ、くねくね曲がるわき道へ入って行った。渓流沿いの林の間に別荘やバンガロー、オステルが点在している。紅葉が始まっていて、赤や黄の木々の間に見え隠れする小さな家々はおとぎの国のようだ。
バスはその中の一つのオステルで止まり、3人家族を拾ってから、又幹線道路に戻る。この辺りの高度はすでに1000メートルを越す。
しばらく走ると木は消え、岩山に囲まれた赤茶けた荒野に入った。道に沿って川が流れてるが、これはアンデス山脈の雪解け水。乾燥地帯のメンドーサの重要な水源でもあるから、冬に雪が少ないと夏場に水不足になるとのこと。
川の岸はまっすぐに切り立った、高さ2メートルぐらいの壁がずっと続いている。所々にある縦の裂け目がなければ、人口の堤防かと思ってしまうが、水の浸食で出来た、全く自然の造形であった。
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                  アンデス山脈
高度2000メートルになると、道は峡谷の間を走る。川の他に、線路も道に沿って右側になったり、鉄橋を超えて左側になったりしながらずっと見え隠れしている。今は使われていないが、昔はこの線でチリから果物を運んだのだそうだ。
崖っぷちや、崖下、急流の側など、よくもこんな場所を走れたものだ。この線路を作るのだって並大抵の辛苦ではなかっただろう。アルゼンチン人のすごさを見せつけられて感服してしまった。
周囲の岩山の色は赤、緑、黄、ピンクと、変化に富んでいる。銅、鉄、鈴、石灰など含有する鉱物で色が違うのだ。アルゼンチンは鉱物の資源豊かな国でもあるのだ。石油も埋蔵量が豊富らしい。
政府の高官がワイロをもらって、外国資本に開発の権利を売り渡してしまったので、せっかく資源に恵まれながら、他国に利益を全部持って行かれてしまう、とアルゼンチン人の友人がこぼしていたのを思い出し、納得できた。
10時頃、二つ目の山脈を越えたあたりのレストランで休憩。他の人達は朝食を食べ始めたが、私達は朝食を食べてきたので、トイレだけ借りる。このトイレでブエノスアイレス在住の知人の日本人女性にぱったり出くわしてびっくり。全く世の中はせまい。
この後、バスは幹線から外れて旧道を行く。幹線の方はアンデス山脈をトンネルを通ってチリに抜けるルートで、トンネルに入る手前にアルゼンチン側の税関があり、チリから来た車の列が1キロ以上も続いていた。
旧道はトンネルが出来る前のチリとの貿易路で、4200メートルの山を越えて行く。チリのスペインからの独立戦争時、アルゼンチンの国民的英雄サンマルティン将軍がアンデス山脈を越えてチリに入り、チリの独立を手助けしたそうだ。
その時、別隊のラスヘラス将軍率いる部隊が超えたのが、このルートだそうだが、当時は道もなく、しかも夜半真っ暗闇の中を通ったと言うから、想像を絶する難業だったろう。
この道を私達のバスは上るのだが、舗装のない石ころだらけ、路肩の滑り止めもない狭い急勾配の道で、ヘヤピンカーブが至る所にある。
山側を見れば、いつ落石が起こるか、谷側を見れば、落ちたらあの谷底までまっしぐらだなあ、と生きた心地がしない。夫も同じ気分だったらしく「俺はこんなとこ二度と来ないぞ」だって。
 途中すれ違う車の乗客達がこちらに向かって手を下に向けヒラヒラさせ、こちらのバスの人たちも同じ動作をする。パウラが笑いながら「こわいぞ、こわいぞ」と言うゼスチュアだと説明してくれた。
 この道をつい最近までトラックの群れがチリまで往復していたと言うのだから、信じられない。まさに命知らずのトラック野郎どもに脱帽。
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 こんな怖い思いをすっかり吹き飛ばしてくれるほど、4200メートルの山頂からの眺めは素晴らしかった。遠くに7千メートル弱の、アメリカ大陸(北も南も含めた)最高峰のアコンカグアの真っ白い雄姿が見える。空の色がこんなに青く美しいことも初めて知った。
 パウラが「急いで歩いてはいけない。急な動作もいけない」と、くどいように言う。そうしないと、たちまち呼吸困難に陥るらしい。
30分程頂上にいたが、夫は「二日酔いの気分になってきた」と言う。私は何ともなかった。夫は車酔いしやすい体質だが、私は船でも平気。高山病は車酔いする人はなりやすいのだろうか。
 頂上にはアルゼンチンの国旗とチリの国旗が掲げられている。ここは国境なのだ。
下りは慣れたのかそれ程恐怖を感じなかった。急斜面を下り切った所に、インカの橋と言われる、天然のイオウが固まって出来た黄色い橋がある。温泉も出るそうだ。イオウで作った土産物類を売っているが、中に、男物の本物の靴にイオウをかぶせて売ってるのには笑ってしまった。こんな物買う人がいるのだろうか。
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                      イオウの橋
 道沿いの川をカヤックで下る人達がかなりいた。流れの速さによってコースがあるとのこと。ラフティング、スキー、キャンプ、ロッククライミング、それに温泉まであって、ここはアウトドア派にはたまらない魅力だろう。
 メンドーサに戻る途中、行きがけに寄ったレストランで軽い食事を取る。ツアー仲間のご夫婦とテーブルが一緒だったので話し始めたら、私達のアパートからほんの200メートル位の所に住んでおられることが分かった。
もっと早く分かれば親しくなれたのに、残念だ。ガイドが違うので私達3人は離れがちだったのだ。スペイン語ガイドのおばさんは、しゃべることしゃべること。ほとんどノンストップでしゃべり続けていたのだが、さすがに燃料切れしたのか帰りのバスの中では静かだった。おかげで良く眠れた。
 余談だが、トイレ(頂上にはない)を借りるチップ代が、山を下るにつれ安くなった。平地になると、トイレの入り口付近におじいさんが座っていて、側の看板に「トイレは無料ですが、私達はチップで生活しています」と書いてある。これではチップを上げないわけにはいかない。
夕方7時ごろホテル到着。明日のワイナリー見学にもパウラが来てくれるとのこと。二女に似ているので親しみがわき、向こうもその気持ちが伝わったのか、話が弾み、すっかり打ち解けた仲になった。
 近くのパブで簡単な食事をしてホテルに戻ると、ピアノの生演奏が始まっていた。弾き手は中年男性で、曲が終わって拍手すると、嬉しそうに「グラシアス(ありがとう)」と言った。このホテルは部屋はそれ程広くはないが、従業員が全員とても感じが良い。
ロビーの真ん中に何故かリンゴが山盛りに飾ってあって、夫がふざけてポケットに入れるまねをすると、フロントの男性が、「どうぞ、どうぞ、お好きなだけ取って下さい」と、笑顔で言う。
 部屋に戻ると、リボンで結んだ卵型のチョコレートが置いてあったので聞くと、ホテルからのプレゼントだとのこと。メンドーサと言う町はとても人情が良いようだ。ポリスに道を聞いた時も、メンドーくさがらずに、自分の手帳を破って地図を書き、懇切丁寧に教えてくれた。
 
by ruriwada | 2007-07-13 22:44 | Comments(0)