ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada
7月28日(木)
朝5時頃目がさめた。それから数時間、バスの窓から見えるのは延々と続く低木の雑木林のみである。アルゼンチンの他の地域では必ず見られる牛の群れもない。乗務員のセニョリータに「あれ、何の木?」と聞くと、「オリーブの木。ラ・リオハは一大オリーブの産地で、数百キロにわたってオリーブ畑が続いている。ここ特有の巨大オリーブもある」って、嬉しそうに言う。
でも、下草が生い茂っていて、どう見ても畑には見えないよ。あまりにも広大で手入れが行き届かないのかなー。、
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                          どう見ても荒れた雑木林にしか見えないオリーブ畑
ラ・リオハの町に近づくに連れ、オリーブ畑のかなたに山脈が見え始めた。セニョリータがアンデス山脈ではないって、名前教えてくれたけど、覚えてない。バスは定刻通り10時20分に到着。
ツアー会社の迎えの車で3キロ走ってホテル・ナインドーに到着。第一プラサのそばにあり、この町唯一の5星ホテルだそうだ。
5星と言っても、ブエノスアイレス市内の豪華な5星ホテルから見れば、小奇麗だが1ランク落ちる感じだ。でも従業員は皆素朴で親切。
一風呂浴びてから昼食に出かけた。カフェは2軒ほどあったが、メイン通りをいくら探してもレストランがない!土産物店も見当たらない。
散々探し回ってやっと歩道に椅子テーブルが数脚並べてある店を見つけ、勇んで入ったら、そこはお惣菜屋。仕方なくお惣菜を買って帰りホテルの部屋で食べる。それにしても、人口20万都市の中心街にレストランがない?
風邪気味の夫は昼食後寝てしまい、私はホテルのフロントで、土産物を売ってる所がないか聞いたら、4ブロック先の第2プラサでフェリアが開かれてると言う。早速行って見たら、まだ準備中で4時からだと言う。
4時に出直したところ、売ってるのはオリーブとハム、チーズ、ワインばかりだ。バスのセニョリータが教えてくれた巨大オリーブを売っていたので、値段を聞いたら100g3ペソだと言う。
「3ペソ分」と言って5ペソ出したら、「お釣りがないので5ペソ分で良いか?」と来た。まったくもう、こんな田舎でも商売人はブエノスと変わらない。
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                        巨大オリーブ。右の普通の2倍はある
夜7時半頃やっと目を覚ました夫は「腹が減った」と、昼の残りのお惣菜を平らげ、夕食に行こうと言うと、「オレは腹一杯だ。あとは飲みたいだけだ」
ホテルにはレストランが二つあり、一つはバー、もう一つがディナー用。バーに行ったら、食べる物はサンドイッチとエンパナダだけ。ディナーの方へ行こうと言うと、夫は
「ホテルのレストランは高い。オレは飲むだけだ」としぶる。
ボーイさんに聞くと飲むだけでも構わないと言うので入ったが、夫はすっかりへそを曲げ、終始苦虫をかみつぶしたような顔で一言も口をきかない。しかもワインをさっさと飲んだ後は狸寝入り。
私もこんな憎ったらしい夫の顔を見て食欲が失せ、スープだけ頼んだ。ボーイさん達は私達をチラチラ見ている。さぞ変なカップルだと思ったに違いない。
夜中ふと気がついたら、全くの無音。繁華街なのに車の音一つ聞こえない。ラ・リオハは本当に田舎なんだなあ。以下はラ・リオハの町
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# by ruriwada | 2011-08-08 01:12 | Comments(2)
7月23日(土)
今日は大忙し。午前中は7人に日本語クラス。4年近く教えてるが、皆さんずいぶん話せるようになった。全員2世なので、両親が元気だった頃は日本語で話していたはず。ただ使うチャンスがなくて忘れていたのを、思い出す手伝いをさせて頂いた、というのが実情だろう。
午後6時からは3組の日系人ご夫婦をお招きしての食事会。ウンベルト家はエスコバル市に広大な屋敷があり、何度もアサドに招待して頂いた。ウンベルトの兄のリカルドはドクターで我が家のアパート近くに住んでるが、アルゼンチン人の奥さんがコルドバ市に大牧場を持っていて、アサドで使う肉はその牧場からの肉だ。
K夫妻は共に1世で、やはりエスコバル市住まい。長男はポインセチアや鉢物、次男とk氏はランの栽培を手広くやっておられる。日本じゃ想像もつかないような大規模のハウス栽培だ。
k氏は最近3ヶ月かけて日本の四国88ヶ所のお遍路参りを果たし、今日はそのお祝いを兼ねて、この4年間にお世話になったお礼の意味もある。
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                     最近我がアパートから眺める朝焼けが美しい
7月25日(月)
今日は朝からいきなりドバッと雨が降ったと思ったらすぐ止む、の繰り返し。ブエノスアイレスの下水管は細いので、にわか雨が降るとたちまち道路は川になってしまう。外出したくない気分だが、タンゴクラスがあるのでセントロ日系まで出かけて行く。
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    我が家をご紹介。奥がダイニングキッチン、その又奥に女中部屋と洗濯室がある
7月26日(火)
夫の講演日だが、昨夜夫の上司から「あまり早く来ないで」とメールが来たので笑ってしまった。初日のフェンス下もぐり、2度目の警報機騒ぎで、夫の事件が話題になったのだろう。
責任者が早く来ればいいだけなのに、いわば客人に遅く来い、というのがアルゼンチン流なのだ。
私も以前、セントロ日系に開始時刻より20分早く着いたら、責任者から「あまり早く来るな」と怒られたことがある。
という訳で、今日は先週より30分遅く、6時半に夫は出て行った。
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                         ブエノスアイレス名物の犬の散歩屋さん。
                         どうしてリードがこんぐらないかいつも不思議に思ってる
11時にマキシが交換授業に来た。スペイン語のセシ先生の話はほぼ聞き取れるようになったが、普通の会話、特に若い人達の会話は聞き取れない。マキシと交換授業を始めてから、かなり聞き取れるようになってきた。語彙もかなり違う。
マキシの方は日本語を習い始めてわずか5カ月だが、めきめき上達している。やはり若い人は違う。
マキシに「食べてみる?」と、おにぎりを上げたら、海苔を見て「海草?」「ええ」「中華街で見たことがあるけど、形が違う(海苔巻き寿司の事らしい)」
しばし、ためつすがめつしていたが、かぶりついたとたん、「甘くない。おいしい」と2個ぺろりと平らげた。黒い海苔を気味悪がる外国人が多いと聞いていたが、本当だった。
でも、日本語を習うには日本の文化も知らなくちゃ、ね。
7月27日(水)
11時にサン・マルティン市からKさんが原爆展示会用の折鶴を受け取りに来られた。その足で7ブロック先のFさん宅へ二人で向かう。kさんもFさんも長崎出身で、先日お二人を引き合わせた所、今日のランチにご招待して下さったのだ。
2時半にIさんが日本語の勉強に来る予定なので、私だけ2時においとまして家に帰る。
4時にIさんが帰ってから旅行の準備。

今夕から車中2泊ホテル2泊のラ・リオハへの旅行なのだ。
7時にタクシーでオムニブス・テルミナル(長距離2階建て夜行バスの発着所)へ向かう。
バスはアルゼンチン各地へ向けて、ブエノスアイレスを夕方から夜にかけて出発し、翌朝目的地に到着が多い。帰路は現地を夕方出発、翌朝ブエノスアイレス到着だ。
70位ある乗り場は朝夕は出発便、到着便がひっきりなしに出入りして壮観だ。5年前は掲示板もなく、乗り場が出発直前まで不明で難儀したが、今では電光掲示板が表示されてるので、言葉が分からなくても大丈夫だ。
ターミナルはスリ、置き引きが多発していたが、ターミナル内で働く人達の「安全を求めるデモ」が大規模に行われてからは警官の数が増やされ、以前よりは安全らしい。しかし油断は禁物。
私達が乗るのはウルキサ社のカマスイートで、夜8時20分に出発し、1200キロを14時間かけて、ラ・リオハに朝10時20分着の予定。
長距離バスにはセミカマ、カマ、カマスイートの3ランクがあり、ランクごとにバスが別れている。
カマの座席は背もたれが45度くらいに傾き足も伸ばせるが、足が前の座席の下に入るので、窓側だとトイレに行くのがちょっと大変。
カマスイートは平らになって寝られる贅沢な作りだが、料金はそんなに差がない。バス会社は数社あり、各社がサービスを競っている。
たいてい、夕食はワインつきの温かいメインディッシュにケーキ、ソフトドリンクやコーヒー、紅茶、それに食前酒や寝酒のウィスキーが出る。朝はスナックセットかサンドイッチにコーヒーか紅茶。
アルゼンチンの道路はほぼ舗装されてるので振動もひどくなく、快適なバスの旅だ。料金は2011年7月11日現在、1200kmで487ペソ。日本円では9740円。
バスは定刻通りに出発。客室乗務員は感じの良い若い女性だった。乗ってすぐスナックが配られ、10時に夕食。食後1時間ほどして消灯、映画が始まった。寝酒の、夫はウィスキー、私はマリア何とか言うコーヒー味のカクテルを飲んで、訳の分からない映画を見てるうちにすぐ眠気が襲って来た。後はひたすら・・おやすみなさい!
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                                     ずらり並ぶ長距離バス
# by ruriwada | 2011-08-03 07:57 | Comments(0)
7月21日(木)
このところやたら折り紙につきまとわれている。労働省の失業者対策プロジェクトから折り紙講座をやってくれと頼まれたのだ。
簡単な物しか折れないと言ったのだが、全員初心者だからそれで良いって。
てな訳で、93番のバスでチャカリタの駅まで行き、そこから又47番のバスを乗り継いで、UBA(ブエノスアイレス大學)獣医学部キャンパス内の会場へ。
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                 チャカリタの駅。右側の行列に並んでバスに乗った
チャカリタには広大な墓地がある。お墓の形式はレコレタのと同じだが、敷地の広さは数倍あり、中を車が通れる。UBAの獣医学部はこのチャカリタ墓地のそばにあるのだ。
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             獣医学部のキャンパスにいると市内とは思えないのどかな光景だ
開始は2時からだが、どうせ皆遅れて来るだろうと予想していたら、2時前にもう教室は満杯になってしまった。10人程度を予定していたのが、20人は軽く超えている。
さて、紙は足りるかな?え?切ってない・・・。
主催者に綺麗な包装紙を15×15cmに切って渡し、「これと同じ大きさの紙を用意して」と言っておいたのに、包装紙のままなのだ。UBAの学生が2人、切るのを手伝ってくれて何とか間に合わせた。
先ずは一番簡単な風船から。18~9才から60才くらいまでの男女が、悪戦苦闘しながら折っている。「せんせーい」と言う声があちこちから上がり、順々に見てあげながら、やっと全員折りあがった所で、私が自分の折った風船にフッ!と息を吹き込んだ。パッとふくらんだとたん、ドッと歓声が上がった。
めいめい先を争ってほっぺたを膨らませて息を吹き込み、膨らむとまるで子供みたいに大騒ぎして喜んでいる。もう一個ずつ風船を作ってから、今度は鶴に挑戦。風船で慣れたせいか、予想していたより上手に全員鶴を折り終わって終了。3時間以上立ちっぱなしで疲れたー。
アルゼンチンでは元々日本文化への関心が高まっていたところへ、日本の大震災後、各地で千羽鶴を折るイベントが行われているので、興味があったのだろう。大盛況に気を良くした主催者から、8月にもう1回やってくれと頼まれてしまった。
一時帰国の帰路に立ち寄ったアメリカの学校で子供達に折鶴を教え、アルゼンチンに戻って来たと思ったら、日本人学校のファミリーデーで折鶴係りを頼まれ、長崎県人会から原爆展用の千羽鶴を頼まれ、そして今回の折り鶴講座。
鶴、鶴、鶴。ヒー。夢にまで鶴が現れそう。それにしても、手先の不器用な私が何でこんな羽目に・・全く皮肉な話だ。
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  獣医学部キャンパス内にある、FEV(環境教育財団)のオフィス。ここで折鶴講習会をやった
# by ruriwada | 2011-07-27 04:12 | Comments(0)
7月13日(水)
今日は夫が日亜学院で子供相手の課外授業があるので夕方まで帰らない。しめしめ、鬼の居ぬ間のおせんたく~、と、友人を招いて家でランチ。先日、日系人のお宅からギンナンを沢山頂いたので、おすそ分けしたら、大喜びされた。何しろこればかりは中華街でも売ってないから貴重品なのだ。
4時頃夫が、日亜学院で働いていて近所に住んでるN女史に、大荷物を持つのを手伝ってもらって帰って来た。そのまま夜まで飲み会となる。Nさんも私の友人ウワバミに負けず劣らずの酒豪だ。その上、エスキモーの村落に単身数年過ごし、トナカイの解体まで引き受けていた豪傑だ。と言っても外見は小柄でやせっぽち。どこにそんなパワーがあるのかいつも不思議に思っている
7月14日(木)
近所のナショナル銀行へ両替に行く。この銀行の人は皆感じが良い。日本では円高ドル安だが、ここではペソ安ドル高。1ドルが4.11ペソ。1ドル80円で換算すると1ペソが19.5円。5年前に来た時は1ペソが約40円だったのに。5年前と給料が変わらない我々にとってはペソ安さまさまだ。
7月15日(金)
月末に出かける旅行代金を払い込んだら、昨日両替したペソがなくなってしまった。給料を下ろすついでにペソへの両替を頼みにアレックへ行く。ここもレートは同じだった。
因みにエセイサ国際空港内での両替はかなり割高なので、必要最低限だけ両替することをお勧めする。
7月18日(月)
午後1時に長崎県人会会長のKさんがサンマルティン市から折り紙200枚を届けに来た。kさんの姪が日本人と結婚して土浦市に住んでおり、夫と私のスペイン語の先生だ。その縁でKさんには10年ほど前日本でお会いしたことがあり、アルゼンチンに来てから親しくしている。
来月8月初旬にブエノスアイレス郊外で長崎原爆展が行われることになり、会場に千羽鶴を飾るので、手伝って欲しいと頼まれたのだ。時間があれば200枚ぐらい折れるが、来週から5日ほど旅行するので、同じボランティア仲間で長崎出身のFさんにも半分引き受けていただいた。
2時にkさんFさんと別れてセントロ日系へ行く。今日はタンゴだけでスペイン語はお休み。先生がバケーション中なのだ。
7月19日(火)
夫は労働省の失業者対策講座での2回目の講義があるので朝6時に家を出る。11時からマキシとの交換授業。タンゴ仲間のNさんがこの金曜に帰国するが、なかなか時間の調整がつかずお別れ会が出来ないので、NさんとKさんをお呼びして、12時からマキシと4人でうちでランチ会にした。マキシの日本語の勉強にもなるしね。
中華丼の中身の、白菜、椎茸、タケノコ、キクラゲはこれまで食べたことがないそうで、「う~ん、こういうヘルシーな物を食べてるから日本人は太らないんだ・・」と、えらく感心していた。昼間からワインを1本空けて盛り上がって居る所に夫が帰宅。

夫の方は散々な目にあったらしい。
あれからスサナがフェンスの鍵もくれたので、正々堂々カギを開けて庭に入ったまでは良かったが、玄関のドアを開けたとたん、耳をつんざく様な大音響でアラームが鳴り出した。心臓が止まるかと思ったそうだ。
止め方が分からないので、手当たり次第ボタンを押したら、警察と消防車がやって来た。駆けつけた警官二人を手招きして、止めてくれと頼んだが、止められない。おまけに怪しまれて身分証明書の提示を求められる始末。
そこへやっと警備会社が来て止めてくれたという。先週の講義の後、警報機を取り付けたのだが、いつも一番早く来る夫に、取り付けた事も止め方も事前にスサナから連絡がなかったのだ。夫はスサナに「来週は何が起こるかね」と、嫌みを言ってやったそうだ。
ここ最近続けて、幼児のいたずらで鳴った警報で駆けつけた警官が、いきなりドアに発砲した事件や、職場から出て来た青年が警官に射殺された事件があったばかりなので、話を聞いてゾッとした。アルゼンチンじゃクールビズなんていらないよ、まったく。
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     街角風景。最近ブエノスアイレスの街中をやたら多くの観光バスが走りまくっている。
# by ruriwada | 2011-07-25 07:50 | Comments(0)
7月10日
今日はブエノスアイレス市長選挙。結果はマクリ現市長が48%、次点が28&を獲得。50%を超えなかったので今月31日に決戦投票が行われることになった。マクリはクリスティーナ大統領の天敵だ。10月に大統領選を控えているクリスティーナは気が気でないらしい。テレビに写る彼女の顔は苦虫をつぶした様だ。
7月11日
1週間ほど続いた寒波が去って、今朝は10℃近くある。
朝9時少し過ぎにディスコに買い物に行ったらレジが込んでいた。今日は特売日ではなし、こんな朝早くから何で?と思っていたら、すぐ近くにある、もう一つの大型スーパー「カリフォー」が改造工事中だったのだ。
ブエノスアイレスで面白いのは殆どの大型スーパー前に、ボリビア系と見られるおばちゃん達の露店があり、野菜や果物を売っている。これがスーパーの物よりたいてい新鮮で安いから、季節の果物はこのおばちゃん達から買うことにしている。
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                                   街角風景、5月広場
電話の代金の支払いを忘れていて1回目の期限を過ぎてしまった。あわてて払いに行ったが、2度目の期限では4ペソよけいに払わなくちゃならない。いつもパゴ・ファシル(速い支払い)に行くファルマシアのおばさんから「忘れてたの?」と笑われてしまった。
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                                   街角風景、5月広場
午後はセントロ日系へタンゴとスペイン語の勉強に行く。スペイン語の先生が昨日の選挙で使われた投票用紙を下さった。ザラ紙に候補者の名前が大きく印刷されていて、点線がひいてあり、手で切り離して封筒にいれるのだそうだ。
まるで新聞紙みたいな代物だ。所変われば品変わるとはまさにこのこと。
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                                     新聞紙の様な投票用紙
7月12日(火)
タンゴクラスで一緒のマキシから頼まれ、火曜日の11時からうちで日本語とスペイン語の交換授業をやることになった。
私は毎週水曜日と隔週土曜日に日本語と料理を家で教えている。ほとんど家で仕事をしている夫はその時間になると買い物や散歩に出かけて行く。これ以上夫に“家出”させるのは気の毒で、他の日には友人さえ家に呼ぶのを遠慮していたのだが、今月から毎週火曜日に夫が大学で講義をする事になったので、引き受けたのだ。
今日だけはマキシが友人を空港まで送るので、2時からにした。3時頃夫が帰宅。4時少し前、夫がマキシに見えないように遠くから合図する。そばへ行くと「いったい何時までやってるんだ」と小声で怒る。
マキシに「今日はこれまでにしましょう」と告げ、マキシが夫に挨拶の声をかけると、まさに好々爺の笑顔で挨拶。ところがマキシがドアを出たとたん、鬼の形相に大変身。
よくもまあ、一瞬でこんなに変われるもんだとあきれてしまう。
少したつと今日職場であったことをセキを切ったようにしゃべり始めた。朝いの一番に大學に着いたはいいが、敷地のフェンスにはカギがかかっていた。先日、事務のスサナが入り口のドアのカギはくれたが、フェンスのカギを渡し忘れたのだ。次に通訳のKさんが到着、生徒も2人やって来た。
夫はフェンスの下を犬のごとく這いつくばってもぐり、他の人達も後に続いたのだそうだ。夫はこの事を“おかあちゃん”に早く話したくてイライラしていたらしい。まったく、うちの亭主は精神年齢が5才児なのだ。
ともあれ、一件落着。
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    街角風景、5月広場
# by ruriwada | 2011-07-21 22:40 | Comments(0)