ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

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8月21日(日)
家の窓から見える所にイベント会場があり、今月になってから「タンゴ ムンディアル」の大きな看板が出ている。8月16日から恒例の世界タンゴコンテスト大会が始まったのだ。
気になりながらも忙しさにかまけて覗きに行けないでいたら、日本語クラスの生徒さんから電話が来て、「16時から20時まで一般人も踊れるし、入場料無料だ」と教えてくれた。
日曜日、窓からイベント会場を見ると、車が沢山停まっている。日曜日だから早くからやってるのかも知れないと、夫を誘って先ずは散歩がてらに偵察に出かけた。
フロアの中央がしきられ、大勢のカップルがタンゴを踊っている。会場の片側はカフェと、カルロス・ガルデルの展示室、もう反対側にはタンゴグッズの店が並んでいる。
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                          フロアで踊る素人のカップル達
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                          タンゴ用の靴
フロア奥のステージではパンタジャにタンゴにまつわる映画の様なものを写しており、ステージ前には椅子が沢山並べられ、前列の方にちらほら人が座っている。会場内をしばらくブラブラしてからステージの方に向かうと、座席はいつの間にか満席状態だ。
前の方に立ち見で陣取って待っていると、タンゴショーが始まった。プロのダンサー7組が入れ替わり立ち替わり踊る。合間に楽団の演奏だけの時と、男性歌手が一人で歌う時もある。ものすごい拍手からして相当名前の売れてる人らしい。
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        一組づつ変わり番こに踊り、最後とアンコールだけ全員で踊った
今年の大会は約500カップルが登録したそうだ。去年の優勝者は日本人女性とアルゼンチン人男性のカップルだったと言う。コンテストにはプロは参加出来ないから、いわばタンゴ世界の登竜門だ。
昨日までは素人が踊りに行っていたが、今日の夕方からコンテストが始まるのだそうだ。最終審査はアレムのイベント会場「ルナ・パーク」で行われると言う。
たっぷり1時間のプロの踊りをタダで堪能して、夫と二人「得した、得した」
何事にも正反対の二人だが、貧乏根性だけは似た者夫婦だ。

帰りがけにアパートそばの美術館を覗いたら(ここはいつも無料)近代彫刻展をやっていた。まだ創作中の青年がいて、夫は「創作中も作品の一部だろう」と言うのだが、真相は?
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                  制作中?それとも人間も作品の一部?
そうかと思えば、古いパソコンを集めた、どう見ても粗大ゴミ置き場にしか見えない作品もあり、素人の理解の域を超えている。
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                       これが芸術?
アルゼンチンに限らずラテン系の国は芸術家が多いようだ。サンマルティン広場から7月9日大通りに至るアロジョ通りは軒並み画廊が並んでいる。5年前と変わらず営業してるところをみると、芸術愛好家が大勢いるのだろう。
by ruriwada | 2011-08-24 05:25 | Comments(0)
自分で好きでやってるんだから文句は言えないが、今月は超過密スケジュールだ。
月曜日はバスで片道約30分のセントロ日系で、タンゴのレッスン(3時~4時半)とスペイン語の勉強(4時半~6時)
火曜日は朝5時起きで、夫の朝食の用意と弁当(おにぎり)作り。6時半に夫を送り出し、11時から午後1時まで家でマキシとスペイン語と日本語の交換レッスン。
水曜の午前中は近くのスーパー「ディスコ」で高齢者割引があるので買い出し。
いつもは、「フビラダ(退職者)」と言えば、すんなり割り引いてくれるのだが、先日は新顔の青年店員が「フビラダ?」と聞き返して、しげしげと私の顔を見つめてから「証明書見せて」と来た。
パスポートのコピーを見せたら、笑顔で「OK」と言ってまけてくれた。思わず頬が緩んでしまったのは我ながら情けないが、女はいくつになっても若く見られたら嬉しいもんね。
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              ディスコから帰る途中、騎馬隊のパレードを見かけた。軍用車も沢山通っている。
              サンマルティン将軍の記念日らしい。
午後2時半から4時半までは日系2世のIさんに日本語を教える。彼女は実に熱心で、4年間、私の旅行中以外は欠かさずやって来られる。
土曜日は隔週毎に10時~1時、7人の日系人が日本語と日本料理の勉強に来る。先週の献立は鯛チリ鍋。ポン酢が手に入らないのでネリダが自家製のレモンを持って来た。数カ月前に沢山レモンを頂いたことがあるので、「え?どうやって保存していらしたの?」とお聞きしたら、レモンは一年中、次々に実がなるのだそうだ。アルゼンチンはやっぱり亜熱帯に属してるのかなあ?
とまあ、こんな具合で、これが1週間の決まったスケジュール。

今月はこの他に、18日は夫の上司から頼まれて、ブエノスアイレス大学獣医学部キャンパスで、労働省失業対策プログラムの2回目の折り紙教室(2時~4時)。前回は風船と鶴を教えたが、今回はアヤメの花と、箱とピョンピョンカエル。これがどう失業者対策と結びつくのか理解に苦しむが、なかなか好評なのだ。
夫の上司からは、他にもフロシキ講習会も頼まれたが、さすがにお断りした。フロシキ文化を世界中に広める運動をしてる人達がいるが、自分でも使わないのに他人に薦める訳にはいかないよ。
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   以前夫の上司から鯉のぼりを頼まれたが、大きいのは無理なので、可愛いのをプレゼントした。
   顔を覗かせている奴は無視してね。
  夫から聞いた下ネタジョーク。「便所が火事だ。やけくそだ」 …失礼
20日は夫が日亜学院で講演をするのでその手伝い。日亜学院は元は日系人子弟のための学校だったが、今は非日系人が大半を占めている。12才~15才の子供達40人程が、夫がプラスティックの容器で花瓶や玩具を作って見せると、キャーキャー大はしゃぎしながら真似して作っている。アルゼンチンの学校では工作や実験などはほとんど行われていないのだそうだ。

日亜学院の隣に美味しいパン屋さんがある。経営者は中国人だが、あんパンやメロンパン、クリームパンなど日本のと全く同じパンなので、夫は日亜学院に行くたび買って帰る。
私は今回初めて行ったのだが、この店はいつもシャッターが閉まっている。おまけに店名も何も書いてないから、通りすがりの人にはここが店だとは分からない。呼び鈴を押すとおばちゃんが顔を出し、「パンが欲しい」と言うと中に入れてくれる。
パン卸店なのだが、知っている人だけに焼きたてのパンを売ってくれるのだ。文字通りの穴場。
22日は茨城県の副知事が来られるので、空港へのお出迎えと夜の歓迎会。翌日はマキシとの授業があるので、市内観光とランチのお付き合いは辞退させてもらって、授業が終わってから、お見送りの予定。
25日はパレルモレディースランチ会。今月は幹事の一人なので欠席できない。
そして29日はセイボ会会員お宅のエンパナダの作り方講習会(10時~1時半)。終了後に列車、地下鉄を乗り継いで、セントロ日系でタンゴとスペイン語だ。

我ながらよく続くと思うが、アルゼンチンに来てからとても健康になり、疲れを知らないのだ。日本にいる時はわずか1キロ先へも車で行っていたのが、ここでは車を持ってないのでただひたすら歩く。そして毎夕食時には赤ワイン。これが健康の秘訣かも。
by ruriwada | 2011-08-22 03:24 | Comments(2)
8月1日(月)
2時頃ニュージャパントラベルに行っての帰り道、珍しく夫からケータイに電話があった。「セントロ日系から電話があって、今日はタンゴはないがスペイン語はある、先生が待っている」と言う。エエッ?そんなバカな。
先週はセシ先生のスペイン語が休みで、タンゴだけだったのだが、、秘書が「来週はクラスは全部休みだ」と言った。先生からは来週はありますと聞いていたので、「スペイン語も?」と、2度も念を押し、さらに私のスペイン語の聞き違いかと、スペイン語の堪能なタンゴの先生からも聞いてもらったら、確かに休みだと言われたのに・・・
それにスペイン語は4時半からのはず。
セシに電話したら、「グループレッスンは全部休みだが、個人レッスンはあります。でも時間はいつもの4時半からです」
まったく何がどうなってるのやら・・
セントロ日系の秘書たちは大学生のアルバイトが多い。先週の秘書が勘違いし、さらに今週の秘書が怪しげな日本語で伝えたので夫が誤解した、というのがこのこんぐらがりの原因らしかった。
急いで家に帰りセントロ日系に行く。
セシ先生が「大丈夫だった。換えてもらえた」と100ペソ札を渡してくれた。先日ナシオン銀行で1,000ドルをペソに両替してもらった時、銀行員が機械で数えて渡してくれたのだが、100ペソ札一枚の角がちょぴり欠けていた。
この国ではどんな汚い札でも流通してるのに、何故か少しでも欠けているのは受け取ってくれないのだ。セシのご主人が銀行員なので、取り替えてもらえるか聞いてもらったのだ。
100ペソ損せずにすんでラッキー!
ところで先生の話では、私達がラ・リオハに行ってた間、サルタで外国人観光客が2人殺されたそうだ。ツアーで相席したベルギー人が「明日はサルタヘ行く」と言っていたのでギクリとしたが、若いフランス人女性2人だった。
死体発見の翌日逮捕のニュースがあり、えらく早く解決したと思ったら、これが誤認逮捕。その翌日には釈放されたが、警察官から拷問されたと訴えていた。その後フランス大統領からクリスチーナ大統領に直接電話があり、政府はやっきになって捜査したらしく、すぐに数名が逮捕された。
4人が若いフランス人女性2人を暴行後射殺して死体遺棄、他に犯人の父親らが証拠隠滅、死体遺棄の手伝いをしたとかで逮捕された。この先が恐ろしい。犯人の一人は警察学校の生徒、その恋人の父親は現役警察官、他にも何人か警察関係者がいるらしい。仏大統領からの電話がなければきっと闇に葬られた事だろう。
被害者の携帯電話を犯人が恋人にプレゼントした事から足がついたそうだ。何ともお粗末でむごい事件だが、アルゼンチンには死刑がないそうだ。終身刑があるが、模範囚だと20年から25年で自宅軟禁になるという。
昨年パレルモ地区で、自分の家族を皆殺しにした老人が刑務所から出て自宅軟禁になったが、地区の住民の猛反対で刑務所に逆戻りさせられたという事件があった。
サルタは私の一番のお気に入りの場所で、そんな凶悪な犯罪が行われたとはとても信じられない思いだ。
by ruriwada | 2011-08-20 08:58 | Comments(0)
7月31日(日)
昨夜ラ・リオハを夕方6時20分に出たバスは予定よりも1時間早い朝7時にレティロターミナルに到着。夫はこのターミナルで数回ケチャップ強盗(実際は液体クレンザーの様な液体を服にかけられただけで、盗難の被害には遭った事はないが)にあって以来、トラウマがひどく、「ターミナルの外の通りを歩くのがこわい、タクシーにしよう」と言う。
タクシー乗り場は超長蛇の列。20分程待ったが、待つだけで1時間はかかりそうだ。あきらめて外に出て、絶えず背後を振り返って警戒しながらレティロ駅前のバス停まで行き、バスで帰った。
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           街角風景。ブエノスアイレスの街中には至る所に花屋のスタンドがある
「今回の旅行は何もハプニングがなかったわね」と言いながらアパートのロビーに入った途端、ポルテーロ(管理人)が「今朝5時からエレベーターが動かない。後ろのサービス用エレベーターを使ってくれ」
「えっ!どうしよう、裏口のカギを持ってない!・・・エドワルドが持ってるかも」
「今日は日曜だからエドワルドは自分の家に帰ってる」
エドワルドはこのアパートの管理責任者で、私達も予備のカギを預けてある。平日はアパート内の母親の家に住んでるが、週末は市外の自宅に帰るのだ。おまけにたとえエドワルドがカギを持っていたにしても、裏口のドアには中からチェーンがかけたままだ。
しばし夫と二人で呆然。ややあって、「とどめの一撃だな」と夫。
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                      街角風景。旧式なポストをあちこちで見かける
「修理は来るの?」とポルテーロに聞くと
「頼んだが、今日は日曜だし、市長選挙だから、いつになるやら・・」と、気の優しいポルテーロが困り果てたようにぶつぶつ。それから何度か目の前で電話をかけて「住人が部屋に入れないで困ってる」と催促してくれたら、2時間位したら行く、と言う。
仕方なくロビーのベンチに腰掛けて待ってると、1階下の紳士が裏エレベーターから降りて来て「おや?旅行ですか?」
ポルテーロが説明すると、「家に妻がいるから、私の家で待ちなさい」と言って下さった。
このご夫婦は二人とも英語を話せるので、顔を合わせるたび「困った事があったら、いつでも相談にいらっしゃい」と、とても親切だ。息子さんがタンゴダンサーで、日本へも巡業に行った事があり、とても親日家なのだ。
「ありがとう。もう少しここで待ちます」と、お礼だけ言って待っていると2時間後に修理工がやって来た。30分程して、手動で動くようになると、ポルテーロが「とにかく、この二人だけでも先に部屋に入れてあげてくれ」と頼んでくれた。
修理工が1階ごとにボタンを押しながら10階まで行き、ドアを手でこじ開けて押さえながら出してくれ、無事、部屋に入る事が出来てほっとした。
エレベーターが直ったのは結局夕方だった。やっぱりこのアパートには、ポルターガイストが住みついてるのかもね。
このエレベータは側に非常階段がなく、乗ってる最中に停電や故障が起きたら、まさに缶詰状態で逃げ場がなく、以前から不安に思っていたのだが、今のアルゼンチンではこんなエレベーターは建築違反だそうだ。
とんだおまけつきのラ・リオハ旅行ではあった。
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                  街角風景。こんなポンコツ車が現役で走っている
by ruriwada | 2011-08-15 02:27 | Comments(1)
7月30日(土)
ブエノスアイレス行きのバスが出るのは夕方6時20分。それまで何もする事がない。昨夜ホテルのフロントで聞いたら、100キロ先にオリーブ工場があって試食と直売をやってるという。「もう少し近くには?」と聞くと、「25キロ先の大學でも見学と直売をしてる、朝8時からだ」と言う話だった。
9時頃フロントで大学行きのタクシーを頼もうとしたら、昨夜と違うフロントの青年が「私のパパが大學で働いてるから、やってるかどうか聞いてみる」と、電話で聞いてくれたら、今日は土曜だからやってないって。
さて、どこで時間をつぶそうかと思案してると、フロントにツアー会社から電話が来て「5時半にホテルに迎えに行く」と言う。
「OK、でも10時にチェックアウト・・」と言いかけたら、件の青年が「あ、5時まで部屋に居て良いですよ」と言ってくれた。
夫は部屋に戻って寝てしまい、私はフロントで土産物店を教えてもらって出かけた。確かに2軒あったが、一つはキオスコの奥に棚一列、ほんの申し訳程度に土産物が並べてある。どれもブエノスで売ってる物ばかりだ。
もう1軒も小さな店でろくな物がない。ブエノスでは売ってない、オリーブのパスタがあったので、我が家用とスペイン語のセシ先生用にと2個買う。セシのご主人は銀行員だが、仕事が終わった後、日本料理店で働いていた事があり、料理作りが趣味なのだ。
昼食は又、ホテルの真ん前の昨夜の店に入る。従業員が皆、あれ?と言う顔をしてにこにこ。今日は夫はパスタと赤ワイン、私はタマレスと大好物のサルタの黒ビールの大瓶でご機嫌。サルタのビールはとても美味しいがブエノスでは手に入らないのだ。
昼食後ホテルに戻り、フロントで博物館がないか聞いていたら、そばを通りかかった女性従業員が「いくつかあるけど4時まで全部閉まってる」「え?じゃ、教会は?」「教会も何もかも全部。4時までシエスタ(昼寝の時間)」
呆然としてる私に向かって、セニョーラは両手を広げ、首をすくめて見せて「寝るしかないわね」と、大笑いしながら行ってしまった。
その言葉通り、夫は部屋に戻って又寝てしまった。全く、良く寝るやっちゃ。そのうち脳が腐っちまうんじゃないかなー。
5時にロビーに下りて行くと、昨日のツアーで一緒だった3世代家族とばったり出会った。ブエノスに住んでるそうだが、とっくに飛行機で帰ったと思っていた。れいのチリ火山噴火の煙で朝の予定の便がキャンセルになり、夜の便にやっと乗れることになったのだそうだ。
火山爆発からだいぶ経つが、いまだにアルゼンチンでは煙の流れる方向で、飛行機が飛んだり飛ばなかったりしてるのだ。
バスターミナルに行ったら、ブエノスアイレスのレティロ行きのウルキサバスが2台並んでいた。一方は20分早く出るセミカマ、他方が私達の乗るカマスイートだろう。
表示が何もないのでどっちだろうとキョロキョロしてたら、「オーラ、また、会いましたね」と声をかけられ、びっくり。行きのバスのアテンダントのセニョリータが笑顔で「戻るの?どれ、切符見せて」
切符を見せると、「あ、そっちのバスよ。私はこっち。ブエンビアヘ(良い旅を)」と言って、先発のバスで出発して行った。
日本人が少ないから覚えていてくれたんだろうけど嬉しかった。こんなささいな出来事で旅の印象がぐんと良くなる。
以下はラ・リオハの町
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見事なビール腹のパロボラチョ(酔っ払いの木)
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     裁判所
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     博物館
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     第一プラサ。横の建物がホテル・ナインドー
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     ホテル・ナインドーの正面
by ruriwada | 2011-08-13 04:04 | Comments(0)
イスチグアラスト公園を出た後、1時間半ほど走ってTALAMPAYA公園へ向かう。ここはレンガ色の峡谷である。入り口で入場料一人20ペソ払い、身分証を見せてパソコンに氏名を登録。別館で入場料の受け取りを見せ又もや名前をパソコンに入力、その後さらに奥で公園ツアー代金一人85ペソを支払って、何故か又もや氏名を入力。
何のために3度も氏名をチェックするのかさっぱり分からない。おまけにぺちゃくちゃおしゃべりしながらの作業だからのろいこと。
ここのレストランで昼食を食べた後、公園ガイドの車で峡谷に向かう。最初30分ほどは道を走っていたのだが、途中で峡谷の中に下り、あとはひたすら枯れた川底を走る。夏には雨が降るそうだけど、雨の時やその直後はツアーは中止になるのかなあ?
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                             紺青色の空を悠然と舞うコンドル
それにしても良く揺れる。両側に150メートル位の直角に切り立った壁がくねくねと屏風のように続く。全てピンクに近い赤レンガ色で実に美しい。サルタのカラフルな岩にも感動したが、ここはサルタとも違う景観でまさに絶景。
ピンクの壁に向かって立ち、大声を出すと、2~3秒後に2度3度、背後からエコーが聞こえる。
この峡谷内に古代人の岩絵が沢山残されている。住居跡らしい岩棚のそばの石の上には穀物を入れたらしい穴がいくつも掘られている。入り口でチェックが厳しかったのはこの遺跡のためかも。
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                             古代人の岩絵
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                             古代人の台所?
アルゼンチンでの4年間にアンデス山脈やその周辺地域をずいぶん旅行したが、これまで地球上にこんな不思議で魅力的な所があるなんて想像すら出来なかった。まだまだこの他にも色々不思議な世界があるんだろうなあ。
行きは景色に見とれていたせいかあまり感じなかったが、車の揺れが半端じゃない。何しろ石ころだらけの川底を往復4時間も走るのだ。夫いわく「ここはサイの川原だ」
まさに地獄行き。とうとうわき腹が痛みだした。でも地獄を経験しても見る価値のある風景であることは確かだ。
ホテル着は8時。朝7時に出発して13時間の強行軍だから疲れたー。お惣菜を買いに行く元気もない。仕方なくホテルのバル(バー)でサンドイッチでもつまもうかと、部屋に入ってふと窓の外を見ると、ん?ホテルの真ん前の店に人が入って行く。中が見え、椅子とテーブルがあってかなりの人がいる。
あ!レストランだ!昨日散々探して見つからなかったレストランが、目の前にあったなんて。二人ともどうして昨日は気がつかなかったんだろ?灯台下暗しとはこのこと。
店はレストランと言うより、田舎の食堂だ。夫はロクロ、私はキノコソースのビフテキを食べたが美味しくて、その上安かった。地獄道の最後はグルメでグー!
by ruriwada | 2011-08-12 02:45 | Comments(0)
7月29日(金)
ツアーバスが7時に来ると言うので、7時からのホテルの朝食を昨夜フロントで6時半にしてと頼んだら、快く承知してくれた。行って見ると大勢人がいる。なーんだ、皆ツアーに出かけるんだ。ギア(ガイド)が迎えに来て小型バスに乗る。同じホテルからおばあちゃん、中年夫婦、孫娘の3世代一家と私達、他のホテルで3人乗せ出発。他に大型観光バスも来ていたから、他の客達はそっちの方だろう。
早起きしたせいか他の人達は出発早々寝てしまい、ガイドが私相手にスペイン語だがゆっくり話してくれるので殆ど分かった。3時間ほどしてISCHIGUALASTO公園入り口に到着。ここで入園手続きと博物館見学をするはずだったが、まだ係りが来てないとかで、駐車場に停まっていた十台ほどの車と合同して公園ツアーに出発。
この公園内には有名な「Valle de Luna月の谷」がある。公園内は全て無舗装なので、前を行く車の埃を浴びながらの走行。月の谷はボリビアにもあったが、ここのは大規模でしかも本当に月の世界はこんな風かなと想像してしまう不思議な光景だ。
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                                                 月の谷
すり鉢を伏せた様な小山が見渡す限り無数に続いており、そこらじゅう奇岩だらけ。その中に「球場」と呼ばれる場所があり、野球の球ぐらいの真ん丸い石が沢山転がっている。自然と言うのは人間の想像を超えた不思議な造形をするものだ。
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                                              カンチャ(球場)
ガイドがしきりに「スブマリノ(潜水艦)」と言うので、はて、こんな山の中に何で?と思っていたら、何と潜水艦の形の岩だった。その他、モンヘ(修道士)の形やオンゴ(キノコ)型の岩がそびえている。
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                オンゴ(きのこ)
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                スフィンクス
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                スブマリノ(潜水艦)
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                モンヘ(修道士)
見物ポイントは5ヶ所あり、それぞれ現地のガイドが説明してくれ、いっせいに車を連ねて移動する。どうやら見学時間が決められているらしい。他の車の人達が日本人が珍しいのかしきりに話しかけてくる。
途中で夫が一人遅れ、さてはと思っていたら、案の定岩陰で立ちションしたらしい。女はそうはいかないから5時間もトイレをがまん。公園入り口に戻ったとたんトイレに駆け込んだ。
ここで入園料一人35ペソ(外国人は70ペソだが、私達はアルゼンチン在留の証明書を持ってるので国民扱い)払う。野生の狐が数匹ウロウロしている。観光客がエサでもやるからだろう。ここの博物館は小さいが恐竜が一体ある。近辺で見つかったものだそうだ。因みにこの公園はサンフアン州との国境にあり、月の谷はサンフアン側だ。
by ruriwada | 2011-08-10 22:13 | Comments(0)
7月28日(木)
朝5時頃目がさめた。それから数時間、バスの窓から見えるのは延々と続く低木の雑木林のみである。アルゼンチンの他の地域では必ず見られる牛の群れもない。乗務員のセニョリータに「あれ、何の木?」と聞くと、「オリーブの木。ラ・リオハは一大オリーブの産地で、数百キロにわたってオリーブ畑が続いている。ここ特有の巨大オリーブもある」って、嬉しそうに言う。
でも、下草が生い茂っていて、どう見ても畑には見えないよ。あまりにも広大で手入れが行き届かないのかなー。、
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                          どう見ても荒れた雑木林にしか見えないオリーブ畑
ラ・リオハの町に近づくに連れ、オリーブ畑のかなたに山脈が見え始めた。セニョリータがアンデス山脈ではないって、名前教えてくれたけど、覚えてない。バスは定刻通り10時20分に到着。
ツアー会社の迎えの車で3キロ走ってホテル・ナインドーに到着。第一プラサのそばにあり、この町唯一の5星ホテルだそうだ。
5星と言っても、ブエノスアイレス市内の豪華な5星ホテルから見れば、小奇麗だが1ランク落ちる感じだ。でも従業員は皆素朴で親切。
一風呂浴びてから昼食に出かけた。カフェは2軒ほどあったが、メイン通りをいくら探してもレストランがない!土産物店も見当たらない。
散々探し回ってやっと歩道に椅子テーブルが数脚並べてある店を見つけ、勇んで入ったら、そこはお惣菜屋。仕方なくお惣菜を買って帰りホテルの部屋で食べる。それにしても、人口20万都市の中心街にレストランがない?
風邪気味の夫は昼食後寝てしまい、私はホテルのフロントで、土産物を売ってる所がないか聞いたら、4ブロック先の第2プラサでフェリアが開かれてると言う。早速行って見たら、まだ準備中で4時からだと言う。
4時に出直したところ、売ってるのはオリーブとハム、チーズ、ワインばかりだ。バスのセニョリータが教えてくれた巨大オリーブを売っていたので、値段を聞いたら100g3ペソだと言う。
「3ペソ分」と言って5ペソ出したら、「お釣りがないので5ペソ分で良いか?」と来た。まったくもう、こんな田舎でも商売人はブエノスと変わらない。
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                        巨大オリーブ。右の普通の2倍はある
夜7時半頃やっと目を覚ました夫は「腹が減った」と、昼の残りのお惣菜を平らげ、夕食に行こうと言うと、「オレは腹一杯だ。あとは飲みたいだけだ」
ホテルにはレストランが二つあり、一つはバー、もう一つがディナー用。バーに行ったら、食べる物はサンドイッチとエンパナダだけ。ディナーの方へ行こうと言うと、夫は
「ホテルのレストランは高い。オレは飲むだけだ」としぶる。
ボーイさんに聞くと飲むだけでも構わないと言うので入ったが、夫はすっかりへそを曲げ、終始苦虫をかみつぶしたような顔で一言も口をきかない。しかもワインをさっさと飲んだ後は狸寝入り。
私もこんな憎ったらしい夫の顔を見て食欲が失せ、スープだけ頼んだ。ボーイさん達は私達をチラチラ見ている。さぞ変なカップルだと思ったに違いない。
夜中ふと気がついたら、全くの無音。繁華街なのに車の音一つ聞こえない。ラ・リオハは本当に田舎なんだなあ。以下はラ・リオハの町
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by ruriwada | 2011-08-08 01:12 | Comments(2)
7月23日(土)
今日は大忙し。午前中は7人に日本語クラス。4年近く教えてるが、皆さんずいぶん話せるようになった。全員2世なので、両親が元気だった頃は日本語で話していたはず。ただ使うチャンスがなくて忘れていたのを、思い出す手伝いをさせて頂いた、というのが実情だろう。
午後6時からは3組の日系人ご夫婦をお招きしての食事会。ウンベルト家はエスコバル市に広大な屋敷があり、何度もアサドに招待して頂いた。ウンベルトの兄のリカルドはドクターで我が家のアパート近くに住んでるが、アルゼンチン人の奥さんがコルドバ市に大牧場を持っていて、アサドで使う肉はその牧場からの肉だ。
K夫妻は共に1世で、やはりエスコバル市住まい。長男はポインセチアや鉢物、次男とk氏はランの栽培を手広くやっておられる。日本じゃ想像もつかないような大規模のハウス栽培だ。
k氏は最近3ヶ月かけて日本の四国88ヶ所のお遍路参りを果たし、今日はそのお祝いを兼ねて、この4年間にお世話になったお礼の意味もある。
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                     最近我がアパートから眺める朝焼けが美しい
7月25日(月)
今日は朝からいきなりドバッと雨が降ったと思ったらすぐ止む、の繰り返し。ブエノスアイレスの下水管は細いので、にわか雨が降るとたちまち道路は川になってしまう。外出したくない気分だが、タンゴクラスがあるのでセントロ日系まで出かけて行く。
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    我が家をご紹介。奥がダイニングキッチン、その又奥に女中部屋と洗濯室がある
7月26日(火)
夫の講演日だが、昨夜夫の上司から「あまり早く来ないで」とメールが来たので笑ってしまった。初日のフェンス下もぐり、2度目の警報機騒ぎで、夫の事件が話題になったのだろう。
責任者が早く来ればいいだけなのに、いわば客人に遅く来い、というのがアルゼンチン流なのだ。
私も以前、セントロ日系に開始時刻より20分早く着いたら、責任者から「あまり早く来るな」と怒られたことがある。
という訳で、今日は先週より30分遅く、6時半に夫は出て行った。
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                         ブエノスアイレス名物の犬の散歩屋さん。
                         どうしてリードがこんぐらないかいつも不思議に思ってる
11時にマキシが交換授業に来た。スペイン語のセシ先生の話はほぼ聞き取れるようになったが、普通の会話、特に若い人達の会話は聞き取れない。マキシと交換授業を始めてから、かなり聞き取れるようになってきた。語彙もかなり違う。
マキシの方は日本語を習い始めてわずか5カ月だが、めきめき上達している。やはり若い人は違う。
マキシに「食べてみる?」と、おにぎりを上げたら、海苔を見て「海草?」「ええ」「中華街で見たことがあるけど、形が違う(海苔巻き寿司の事らしい)」
しばし、ためつすがめつしていたが、かぶりついたとたん、「甘くない。おいしい」と2個ぺろりと平らげた。黒い海苔を気味悪がる外国人が多いと聞いていたが、本当だった。
でも、日本語を習うには日本の文化も知らなくちゃ、ね。
7月27日(水)
11時にサン・マルティン市からKさんが原爆展示会用の折鶴を受け取りに来られた。その足で7ブロック先のFさん宅へ二人で向かう。kさんもFさんも長崎出身で、先日お二人を引き合わせた所、今日のランチにご招待して下さったのだ。
2時半にIさんが日本語の勉強に来る予定なので、私だけ2時においとまして家に帰る。
4時にIさんが帰ってから旅行の準備。

今夕から車中2泊ホテル2泊のラ・リオハへの旅行なのだ。
7時にタクシーでオムニブス・テルミナル(長距離2階建て夜行バスの発着所)へ向かう。
バスはアルゼンチン各地へ向けて、ブエノスアイレスを夕方から夜にかけて出発し、翌朝目的地に到着が多い。帰路は現地を夕方出発、翌朝ブエノスアイレス到着だ。
70位ある乗り場は朝夕は出発便、到着便がひっきりなしに出入りして壮観だ。5年前は掲示板もなく、乗り場が出発直前まで不明で難儀したが、今では電光掲示板が表示されてるので、言葉が分からなくても大丈夫だ。
ターミナルはスリ、置き引きが多発していたが、ターミナル内で働く人達の「安全を求めるデモ」が大規模に行われてからは警官の数が増やされ、以前よりは安全らしい。しかし油断は禁物。
私達が乗るのはウルキサ社のカマスイートで、夜8時20分に出発し、1200キロを14時間かけて、ラ・リオハに朝10時20分着の予定。
長距離バスにはセミカマ、カマ、カマスイートの3ランクがあり、ランクごとにバスが別れている。
カマの座席は背もたれが45度くらいに傾き足も伸ばせるが、足が前の座席の下に入るので、窓側だとトイレに行くのがちょっと大変。
カマスイートは平らになって寝られる贅沢な作りだが、料金はそんなに差がない。バス会社は数社あり、各社がサービスを競っている。
たいてい、夕食はワインつきの温かいメインディッシュにケーキ、ソフトドリンクやコーヒー、紅茶、それに食前酒や寝酒のウィスキーが出る。朝はスナックセットかサンドイッチにコーヒーか紅茶。
アルゼンチンの道路はほぼ舗装されてるので振動もひどくなく、快適なバスの旅だ。料金は2011年7月11日現在、1200kmで487ペソ。日本円では9740円。
バスは定刻通りに出発。客室乗務員は感じの良い若い女性だった。乗ってすぐスナックが配られ、10時に夕食。食後1時間ほどして消灯、映画が始まった。寝酒の、夫はウィスキー、私はマリア何とか言うコーヒー味のカクテルを飲んで、訳の分からない映画を見てるうちにすぐ眠気が襲って来た。後はひたすら・・おやすみなさい!
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                                     ずらり並ぶ長距離バス
by ruriwada | 2011-08-03 07:57 | Comments(0)