ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

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7月21日(木)
このところやたら折り紙につきまとわれている。労働省の失業者対策プロジェクトから折り紙講座をやってくれと頼まれたのだ。
簡単な物しか折れないと言ったのだが、全員初心者だからそれで良いって。
てな訳で、93番のバスでチャカリタの駅まで行き、そこから又47番のバスを乗り継いで、UBA(ブエノスアイレス大學)獣医学部キャンパス内の会場へ。
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                 チャカリタの駅。右側の行列に並んでバスに乗った
チャカリタには広大な墓地がある。お墓の形式はレコレタのと同じだが、敷地の広さは数倍あり、中を車が通れる。UBAの獣医学部はこのチャカリタ墓地のそばにあるのだ。
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             獣医学部のキャンパスにいると市内とは思えないのどかな光景だ
開始は2時からだが、どうせ皆遅れて来るだろうと予想していたら、2時前にもう教室は満杯になってしまった。10人程度を予定していたのが、20人は軽く超えている。
さて、紙は足りるかな?え?切ってない・・・。
主催者に綺麗な包装紙を15×15cmに切って渡し、「これと同じ大きさの紙を用意して」と言っておいたのに、包装紙のままなのだ。UBAの学生が2人、切るのを手伝ってくれて何とか間に合わせた。
先ずは一番簡単な風船から。18~9才から60才くらいまでの男女が、悪戦苦闘しながら折っている。「せんせーい」と言う声があちこちから上がり、順々に見てあげながら、やっと全員折りあがった所で、私が自分の折った風船にフッ!と息を吹き込んだ。パッとふくらんだとたん、ドッと歓声が上がった。
めいめい先を争ってほっぺたを膨らませて息を吹き込み、膨らむとまるで子供みたいに大騒ぎして喜んでいる。もう一個ずつ風船を作ってから、今度は鶴に挑戦。風船で慣れたせいか、予想していたより上手に全員鶴を折り終わって終了。3時間以上立ちっぱなしで疲れたー。
アルゼンチンでは元々日本文化への関心が高まっていたところへ、日本の大震災後、各地で千羽鶴を折るイベントが行われているので、興味があったのだろう。大盛況に気を良くした主催者から、8月にもう1回やってくれと頼まれてしまった。
一時帰国の帰路に立ち寄ったアメリカの学校で子供達に折鶴を教え、アルゼンチンに戻って来たと思ったら、日本人学校のファミリーデーで折鶴係りを頼まれ、長崎県人会から原爆展用の千羽鶴を頼まれ、そして今回の折り鶴講座。
鶴、鶴、鶴。ヒー。夢にまで鶴が現れそう。それにしても、手先の不器用な私が何でこんな羽目に・・全く皮肉な話だ。
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  獣医学部キャンパス内にある、FEV(環境教育財団)のオフィス。ここで折鶴講習会をやった
by ruriwada | 2011-07-27 04:12 | Comments(0)
7月13日(水)
今日は夫が日亜学院で子供相手の課外授業があるので夕方まで帰らない。しめしめ、鬼の居ぬ間のおせんたく~、と、友人を招いて家でランチ。先日、日系人のお宅からギンナンを沢山頂いたので、おすそ分けしたら、大喜びされた。何しろこればかりは中華街でも売ってないから貴重品なのだ。
4時頃夫が、日亜学院で働いていて近所に住んでるN女史に、大荷物を持つのを手伝ってもらって帰って来た。そのまま夜まで飲み会となる。Nさんも私の友人ウワバミに負けず劣らずの酒豪だ。その上、エスキモーの村落に単身数年過ごし、トナカイの解体まで引き受けていた豪傑だ。と言っても外見は小柄でやせっぽち。どこにそんなパワーがあるのかいつも不思議に思っている
7月14日(木)
近所のナショナル銀行へ両替に行く。この銀行の人は皆感じが良い。日本では円高ドル安だが、ここではペソ安ドル高。1ドルが4.11ペソ。1ドル80円で換算すると1ペソが19.5円。5年前に来た時は1ペソが約40円だったのに。5年前と給料が変わらない我々にとってはペソ安さまさまだ。
7月15日(金)
月末に出かける旅行代金を払い込んだら、昨日両替したペソがなくなってしまった。給料を下ろすついでにペソへの両替を頼みにアレックへ行く。ここもレートは同じだった。
因みにエセイサ国際空港内での両替はかなり割高なので、必要最低限だけ両替することをお勧めする。
7月18日(月)
午後1時に長崎県人会会長のKさんがサンマルティン市から折り紙200枚を届けに来た。kさんの姪が日本人と結婚して土浦市に住んでおり、夫と私のスペイン語の先生だ。その縁でKさんには10年ほど前日本でお会いしたことがあり、アルゼンチンに来てから親しくしている。
来月8月初旬にブエノスアイレス郊外で長崎原爆展が行われることになり、会場に千羽鶴を飾るので、手伝って欲しいと頼まれたのだ。時間があれば200枚ぐらい折れるが、来週から5日ほど旅行するので、同じボランティア仲間で長崎出身のFさんにも半分引き受けていただいた。
2時にkさんFさんと別れてセントロ日系へ行く。今日はタンゴだけでスペイン語はお休み。先生がバケーション中なのだ。
7月19日(火)
夫は労働省の失業者対策講座での2回目の講義があるので朝6時に家を出る。11時からマキシとの交換授業。タンゴ仲間のNさんがこの金曜に帰国するが、なかなか時間の調整がつかずお別れ会が出来ないので、NさんとKさんをお呼びして、12時からマキシと4人でうちでランチ会にした。マキシの日本語の勉強にもなるしね。
中華丼の中身の、白菜、椎茸、タケノコ、キクラゲはこれまで食べたことがないそうで、「う~ん、こういうヘルシーな物を食べてるから日本人は太らないんだ・・」と、えらく感心していた。昼間からワインを1本空けて盛り上がって居る所に夫が帰宅。

夫の方は散々な目にあったらしい。
あれからスサナがフェンスの鍵もくれたので、正々堂々カギを開けて庭に入ったまでは良かったが、玄関のドアを開けたとたん、耳をつんざく様な大音響でアラームが鳴り出した。心臓が止まるかと思ったそうだ。
止め方が分からないので、手当たり次第ボタンを押したら、警察と消防車がやって来た。駆けつけた警官二人を手招きして、止めてくれと頼んだが、止められない。おまけに怪しまれて身分証明書の提示を求められる始末。
そこへやっと警備会社が来て止めてくれたという。先週の講義の後、警報機を取り付けたのだが、いつも一番早く来る夫に、取り付けた事も止め方も事前にスサナから連絡がなかったのだ。夫はスサナに「来週は何が起こるかね」と、嫌みを言ってやったそうだ。
ここ最近続けて、幼児のいたずらで鳴った警報で駆けつけた警官が、いきなりドアに発砲した事件や、職場から出て来た青年が警官に射殺された事件があったばかりなので、話を聞いてゾッとした。アルゼンチンじゃクールビズなんていらないよ、まったく。
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     街角風景。最近ブエノスアイレスの街中をやたら多くの観光バスが走りまくっている。
by ruriwada | 2011-07-25 07:50 | Comments(0)
7月10日
今日はブエノスアイレス市長選挙。結果はマクリ現市長が48%、次点が28&を獲得。50%を超えなかったので今月31日に決戦投票が行われることになった。マクリはクリスティーナ大統領の天敵だ。10月に大統領選を控えているクリスティーナは気が気でないらしい。テレビに写る彼女の顔は苦虫をつぶした様だ。
7月11日
1週間ほど続いた寒波が去って、今朝は10℃近くある。
朝9時少し過ぎにディスコに買い物に行ったらレジが込んでいた。今日は特売日ではなし、こんな朝早くから何で?と思っていたら、すぐ近くにある、もう一つの大型スーパー「カリフォー」が改造工事中だったのだ。
ブエノスアイレスで面白いのは殆どの大型スーパー前に、ボリビア系と見られるおばちゃん達の露店があり、野菜や果物を売っている。これがスーパーの物よりたいてい新鮮で安いから、季節の果物はこのおばちゃん達から買うことにしている。
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                                   街角風景、5月広場
電話の代金の支払いを忘れていて1回目の期限を過ぎてしまった。あわてて払いに行ったが、2度目の期限では4ペソよけいに払わなくちゃならない。いつもパゴ・ファシル(速い支払い)に行くファルマシアのおばさんから「忘れてたの?」と笑われてしまった。
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                                   街角風景、5月広場
午後はセントロ日系へタンゴとスペイン語の勉強に行く。スペイン語の先生が昨日の選挙で使われた投票用紙を下さった。ザラ紙に候補者の名前が大きく印刷されていて、点線がひいてあり、手で切り離して封筒にいれるのだそうだ。
まるで新聞紙みたいな代物だ。所変われば品変わるとはまさにこのこと。
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                                     新聞紙の様な投票用紙
7月12日(火)
タンゴクラスで一緒のマキシから頼まれ、火曜日の11時からうちで日本語とスペイン語の交換授業をやることになった。
私は毎週水曜日と隔週土曜日に日本語と料理を家で教えている。ほとんど家で仕事をしている夫はその時間になると買い物や散歩に出かけて行く。これ以上夫に“家出”させるのは気の毒で、他の日には友人さえ家に呼ぶのを遠慮していたのだが、今月から毎週火曜日に夫が大学で講義をする事になったので、引き受けたのだ。
今日だけはマキシが友人を空港まで送るので、2時からにした。3時頃夫が帰宅。4時少し前、夫がマキシに見えないように遠くから合図する。そばへ行くと「いったい何時までやってるんだ」と小声で怒る。
マキシに「今日はこれまでにしましょう」と告げ、マキシが夫に挨拶の声をかけると、まさに好々爺の笑顔で挨拶。ところがマキシがドアを出たとたん、鬼の形相に大変身。
よくもまあ、一瞬でこんなに変われるもんだとあきれてしまう。
少したつと今日職場であったことをセキを切ったようにしゃべり始めた。朝いの一番に大學に着いたはいいが、敷地のフェンスにはカギがかかっていた。先日、事務のスサナが入り口のドアのカギはくれたが、フェンスのカギを渡し忘れたのだ。次に通訳のKさんが到着、生徒も2人やって来た。
夫はフェンスの下を犬のごとく這いつくばってもぐり、他の人達も後に続いたのだそうだ。夫はこの事を“おかあちゃん”に早く話したくてイライラしていたらしい。まったく、うちの亭主は精神年齢が5才児なのだ。
ともあれ、一件落着。
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    街角風景、5月広場
by ruriwada | 2011-07-21 22:40 | Comments(0)
7月6日
朝早くゴキブリバスターズ(フミガシオン=燻蒸消毒)が来た。1ヶ月に1回来て、排水口に薬を撒いて行く。以前は女性だったが、最近は男性が来るので、夫が留守の時は「ノーグラシアス」と言って断っている。
夫がいたのでやってもらったが初顔だ。浅黒く目つきの鋭い精悍な感じの人で、夫がいても怖い。人種偏見だと怒られそうだが、ブエノスアイレスでは油断大敵なのだ。

午後はIさんの日本語クラス。今日の話題はビセンテロペスのコスタ(海岸)問題。
ラプラタ川沿岸は本来は国有財産なのに、ずっと以前は沿岸に立ち並ぶ豪邸やヨットクラブなどが、川岸まで柵をして一般人が通れないようになっていた。ビセンテロペス市の住人達が結束して長年にわたって抗議を続け、市議会を動かし、柵を撤去して公園化した。
ところが最近、この一帯を開発する計画が出て来た。クリスマスイブに、開発反対派の議員達が浮かれていた間に、開発業者から買収されたらしい議員達が密かに集まって、開発を承認してしまったと言う。
住民があれよあれよと思う間に、幹線道路が作られ始め、公園の中に高層住宅がにょきにょき建ち始めてしまった。住民は工事現場でピケを張って抵抗を続けてるが、認可が下りてしまったので、警察も阻止できないのだそうだ。
まったく、政治の世界の汚さはどこの国も同じだ。
「おぬしもワルよのうー」・・黄門様にでも頼むしかないか。
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                                        カサ・ロサダ(大統領府)
7月8日
日本料理クラスの本日のメニューは「モツ鍋」。
先日サンホアニーノで食べたモンドンゴ(内臓を煮込んだ鍋料理)の内臓が柔らかく美味しかったので、これで日本のモツ料理を作ってみようと思ったのだ。結果は大成功。スープの味見の段階から皆が「おいしい」を連発。
アルゼンチンのモツは白くて薄くシワがよっていて、まるで伸縮包帯みたいだ。プリプリした感じだが柔らかい。味は日本のモツと同じ。
いつもは皆が帰ってから食べる夫だが、モツ鍋に目のない夫は、皆から勧められるまま、一緒に食事した。

今日は5月通りで500人のダンサー達による、踊りながらのパレードあると聞いていたので、皆が帰った後、5月広場まで行ったが、何もやってない。もうすでに終わってしまったらしい。
夫が「ついでだからカフェ・トルトーニに入ろう」と言いだした。トルトーニはブエノスアイレスで一番最初に出来たカフェバーで、観光の目玉の一つなのだ。私は平日に2度ばかり入った事がある。夫は何度か入ろうとしたが、週末のせいかいつも行列が出来ていてあきらめていた。
今日も30人ほど並んでいたが、夫は「今日は何が何でも入る。カフェ・トリトーニに入ったことがなくては、帰国してから友人達に大きな顔が出来ない」
10分ほど待って入り、カフェオレを飲む。古風でおしゃれな広い店内には、これまでに訪れた世界各国の有名人のサイン入りの写真や絵などが飾られている。格別に美味しいコーヒーと言う訳ではないが、博物館的観点からは一見の価値がある。
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                                   カフェ・トルトーニの入り口と内部
5月広場に戻ったら、カサ・ロサダ(大統領府)入り口に長蛇の列が出来ている。そうか、週末は中を見せてくれるのだ。早速列の後尾に並ぶ。並んでいる間に、5時15分前になると中から数人の衛兵が規律良く出て来て国旗のポールの下に不動の姿勢で立った。5時に国旗を降ろすセレモニーをやるのだそうだ。
夫が「写真を撮ってこい」と命令するので、行列は夫にまかせてカメラを持って駆けつける。5時と同時に国歌が鳴り響き、旗がするする下がり始めた。それをクッションのような入れ物の中にクルクルと手で巻き取ってゆく。全部収まると、それを掲げてカサ・ロサダの中に行進して戻って行った。
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                                           降旗のセレモニー
30分ほど待ってやっと庭に入り、又そこで10分程並んで建物の中に入る。エントランスの広間を抜けると、又もや行列。この先の内部を見るためには、ここで番号の書かれた色つきのカードをもらうのだそうだ。約1時間かかるという。
ここまで来たら、いまさら引き返せない。うんざりしながら並んでいたら、突然声をかけられ「何人か?」と聞く。「2人」と答えると、「カードをもらったが、見る時間がなくなったから上げます」だって。ケ・スエルテ(ラッキー)!!
周りの人達がにこにこしながら、「あなた達は並ぶ必要がない。このカードを持って、あちらの入り口で待ってなさい。色の名前と番号を呼んだら入ればいいのだ」と教えてくれる。観光客は地方の人が多いので親切なのだ。
お礼を言って入り口で待ったが、ここで又20分ほど待たされた。
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                                         カサロサダの内部
やっと入れて、ガイドの後をぞろぞろついて歩く。「絵と画家の間」には、アルゼンチン人の有名画家の絵がずらり。大小の会議室、大統領の執務室も見せてくれた。噴水のあるパティオもある。階段は総大理石だ。
7時少し過ぎ、見学を終えて出てきたら、建物全体がショッキングピンクにライトアップされていたのでびっくり。夜見たのは初めてだったのだ。
入場料は無料だった。これがアルゼンチンの素晴らしいところだ。国立美術館も無料。他の博物館、美術館も公営のは無料の所が多い。
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                                   ライトアップされたカサロサダ
by ruriwada | 2011-07-15 21:09 | Comments(0)
7月3日
ニューヨークに住む孫娘の3才の誕生日だ。朝起きて早々にスカイプでおめでとうを言う。シアトルにも2人の孫がいるが、滅多に会えないので、つい誕生日を忘れ、娘から怒られてばかりいる。
その点、この孫の誕生日はアメリカ独立記念日の前日なので覚えやすい。

鹿児島に住んでいる息子は35才、独身。滅多にメールを寄越さないが、偶然ツイッターをやっているのをネットで見つけ、こっそり読んで動向をスパイしている。
ええっ!事故ったって?
どうやら自慢のランクルはローンを残しておしゃか。本人と同乗者は奇跡的に無傷だったらしい。
この息子、4才の時には走行中の車のドアを開けて転落。ズボンにはくっきりタイヤの跡がついてたのに無傷だった。こういうのは運が良いというべきなんだろうか?
それにしても、いつまでも親に心配をかける奴ちゃ。誰でもいいから早く嫁に来てやってくれー。
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 便利グッズ : 椅子の背にハンドバッグを置いて盗まれる事件が多発するブエノスでは、ハンドバッグをテーブルにかけるグッズを売っている(日本でも売ってるらしいが)。ブエノスアイレス・デザインで見かけたので早速買った。

7月4日
タンゴとスペイン語を習いにセントロ日系へ。ここでボランティアをしていた青年ボランティアでタンゴ仲間でもあったAさんが、6月で任期を終え帰国してしまったので寂しい。タンゴ仲間のMさんも間もなく帰国だ。
NGOのボランティアは1年か2年、日系企業及び大使館関係の方は3年ぐらいで入れ替わるので、せっかく親しくなったと思ったらお別れだ。しかも世界各地への転勤だから、二度と会えない人が多い。会うは別れの始めなり・・・か。
今日のタンゴは先生の他に女性は私一人、男性が4人だったので踊り詰めで疲れた。おまけにもう治ったと思っていた、霜取りでの太もも筋肉痛が準備体操の時に又痛み出した。
あ~あ、年だなーーー肉体と同じく、脳みそも老化してるんだよね。スペイン語の単語を覚えないはずだ。
夫が「脳ミソが空っぽだからだ。おれの脳は一杯詰まってる」といばるから、「どうせ腐った脳ミソじゃないの」と逆襲したら、「腐ってたってないよりましだ」だって。全く、口の減らないご仁だ。
7月5日
夫は朝6時半に出かける。3月から延び延びになっていた、労働省による失業対策プロジェクトが昨日からやっと始まり、今日は朝8時から夫の講義があるのだ。場所はブエノスアイレス大学獣医学部キャンパス内にある、夫の派遣先団体の建物。
250人募集が締め切り時点で応募者が25人、夫のクラスは5名と言うことだったが、再募集をかけフタを開けてみたら、10名来たそうだ。しかし8時には生徒が集まらず、結局始まりは30分遅れ、中には1時間の遅刻者もいたそうだ。
生徒は若者から中年までの男女。知識も小学生並みから難しい質問をする者もいて、教えるのが大変らしい。生徒はこのプロジェクトに参加して単位を取れば、国からまとまった金をもらえるのだそうだ。

今日は危うく車に轢かれそうになった。交差点で横の信号が赤になっていたから渡り始めたら、渡りきらないうちに信号が変わったらしく、一斉に車が走り出したのだ。
一方通行の交差点では、進行方向にしか信号がないから、反対方向から渡る歩行者は、横の信号が赤なのを見て判断せねばならない。
しかし道路が広いから途中で変わってしまうのだ。そしてブエノスは車優先社会。日頃弱者に優しいアルゼンチン人達はハンドルを握ったとたん、君子豹変するらしい。歩行者の体すれすれに、スピードも緩めず走り去る車が実に多い。
“歩行者よ、そこのけそこのけ、車が通る”
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  アパート裏の美術館で「つなみ」と言うタイトルの作品が展示されていた
by ruriwada | 2011-07-09 03:05 | Comments(0)
2011年7月1日(金)
朝10時頃、通訳のリナから「今からうかがってもいいですか?」と電話がきた。
実は火曜日にリナからメールで「今週はヒマです。ご都合の良い日にうかがいます」と言ってきたので水曜に来るよう返信して、ケーキまで買って待っていたのだがとうとう来なかった。
ご主人に電話したら「私も何度もケータイにかけてるが通じない。連絡がついたら電話するように伝えます」と言うことだったのだが、その後ナシのつぶてで、もしかして事故にでも遭ったんじゃないかと心配していたのでほっとした。
「ケータイをスマートフォンに買い換えたら、使い始めは24時間チャージしなくちゃならない。その間はかけることも受けることも出来なかった。メールも見てなかった」と言うのだが、家に帰ってご主人から伝言を聞いただろうに。
日系人は顔は日本人だが、若い人の習性は完全にアルゼンチン人なのだ。
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    街角風景 ラス・エラス通りにあるアンティークなビル。一見綺麗に見えるが、今にも崩れ落ちそうな
    古色蒼然たる建物。年中修理をしながら、ちゃんと使われている
7月2日(土)
今朝も0℃だった(7時ごろ)。最近本当に寒い。夫は午前中中華街へ買出しに行く。二人で行くとコインが大量必要だし、夫も大分買い物が上手になったから、最近はいつも夫にまかせている。
午後からチャリティーコンサート。会場はGellyにお住まいの、セイボ会のメンバーのデパルトサロン(デパルトはアパートの事)。ブエノスの近代的高級アパートには大抵イベント用のサロンがある。その他、プールやジム、バーベキュー用の炉とパーティー用スペースを備えている所が多い。
アパートと言っても日本流に言えば億ションだ。
コンサートはセイボ会主催で、フォルクローレの第一人者であるラウル・オラルテ氏が協力、売り上げは全額日本の震災支援に寄付して下さるとのこと。日本へもツアーで行ったことがあるのだそうだ。
とにかく素晴らしいの一言。南米の音楽は総じてリズム感に溢れ、つい踊りだしたくなる。ケーナを聴くと、アンデス山脈の、まるで海が上にあるかのような、ラピスラズリー色の雲一つない澄み切った空、その中を悠然と羽を広げて旋回するコンドルを思い出す。
楽器はチャランゴ(ウクレレ位の大きさのギター)、ケーナ(笛)、サンボーニャ(ケーナを大きさを全部変えて並べたようなもの)、チャスチャス(木の実などを一杯くっつけてチャカチャカ音を出す)、太鼓を取替えひっかえ演奏。
その他、ご愛嬌に尺八も吹いて下さった。アナタという名の耳障りな音を出す笛も吹いて見せてくれた。ラウルさんの他にギター一人、電子ピアノ一人、計3人だ。
曲も日本人に御馴染みの「コンドルは飛んで行く」や、日本の「浜辺の歌」「さくらさくら」も演奏してくれての大サービス。
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             奥からサンボーニャ、チャスチャス、ケーナ
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GELLYはアルコルタから一つ入った超短い、行き止まりの道だ。アルコルタ通りのこの近くは大使館が立ち並ぶ高級住宅地で、散歩には最適。片道2キロあるが行きも帰りも歩いた。気温も朝は0℃だが日中は10℃を越すので気持ちが良い。
久しぶりに素晴らしい音楽を生で聴けて心ウキウキ。
トドス・コンテンタス。(余は満足じゃ)
by ruriwada | 2011-07-06 01:50 | Comments(0)
6月25日
今月のセイボ会は日本人学校でのバザー。イベントの一つとして千羽鶴を日本の被災地に贈るそうで、私は折鶴を教える担当をおおせつかった。戸外での作業なのでメチャ寒い。冬至と同時にブエノスアイレスは寒気が到来したのだ。
友人のMさんがホッカイロを差し入れして下さった。別の友人に「貼って」と、お尻の方のズボンを少し下げたら、「こんな人前で」と、友人の方が真っ赤になっている。
でも、こんな寒いところに数時間もいなくちゃならないんだから、そんなこと言っちゃいられない。聞くは一秒の恥、じゃなくて貼るは一秒の恥。

バザーには知人が大勢来ていて、皆喜んで折鶴作りに参加して下さる。
陽気な中年K兄弟も私の隣に座り込んで冗談を言いながら折って下さった。
「兄貴よりボクの方が上手いでしょう」と弟のウンベルト。
兄のリカルドは外科医。「外科医は手先が器用なはずじゃないの」とからかうと、リカルドは「人間を縫い合わせるのは簡単だけど、折り紙は難しい」だって。
ソニーの人が来て、「鶴を折ってくれた人に上げて下さい」と、“アルゼンチンと日本の心は一つ”、と書いてあるバッジを沢山寄付して下さった。
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先日私に藤沢蘭子のタンゴのCDを下さったご夫妻も来ていたので、お礼を言うついでに入手先をお聞きしたら、ご主人がインターネットから取り出して、CDにして下さったのだそうだ。ジャケットはどう見てもプロの仕上がりなので改めて感心してしまった。
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夫はもっぱら準備のための力仕事のお手伝い。それがすむと買い物に専念してもらった。
プルネ(アルゼンチンの革製品ブランド)の皮製のリュックサックを50ペソで買い、大もうけだと大喜びしてるが、ワインを何杯も買って飲んでるので、あまりお買い得になったとは言えなさそうだ。
古本を40冊ほど買い込み(しかもそのうち15冊は分厚い文芸春秋)、夫は買ったばかりのリュックサックに詰め込んで帰る。海外にいて一番の楽しみは日本語の本を読むことなのだ。
家に帰って良く見たら、私が提供した古本も夫が買ってきていたので笑ってしまった。夫も読んだはずなのに、ろくすっぽ確かめずに買ったのだろう。
うちの亭主は頑固で甘ったれで自分勝手で頭にくることが多いけど、私が感謝してる事が一つある。それは荷物がどんなに多くて重くても、けして私に持たせようとしないこと。見かねて「少し持つ」と言っても「いい」と言ってきかない。
ハンドバック一つの私のそばを夫が大きな荷物を抱えて汗を流して歩く図は、どう見ても女主人とサーバントだ。周囲からはすごいカカア天下だと思われてるんだろうなあー。
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         珍光景。世界不思議発見にも出たことがあるが、車の上にペットボトルが置いてあるのは
               「この車売ります」のサイン
6月26日
ここ数日、ブエノスアイレスのサッカーの名門の一つ、リベルが負け続けで、ファンが怒ってフェンスを壊してスタジアムに乱入し、抗議をしてる様子をテレビで放映していたが、今日の試合で負けるとBグループに落ちると言う。
テレビで見てても分かるほど異常な熱狂で始まった試合。会場周辺は普段より多い警官が配備されているようだ。試合はリベルが負け。
終了後間もなく、観客席に向けて放水が始まったのにはびっくり。フアンの機先を制するつもりらしいが、効き目はあまりなかったようだ。ファンが暴徒化して、スタジアム内を手当たり次第に破壊しまくっている。
普段は礼儀正しくて弱者に優しい若者達が、こんなにも暴力的になるのかと唖然。ラテン系は熱しやすいと聞いてはいたが、納得した。アルゼンチンには痴情のからんだ事件が多いというのもうなずける。
ラテン系の国ではサッカーの試合を巡って戦争にまでなったことが実際にあるそうだ。
たかがスポーツなのに、理解に苦しむ。これも肉食系と雑穀系の違い?
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                                街角光景。ミにパトカー
6月27日
タンゴクラスに男性一人が入会。今や女性2人に男性5人になってしまった。タンゴは完全に男性主導の踊りなので、女性からすれば色んなタイプの人の踊り方に慣れるからラッキーだが、こんなおばあちゃんのお相手ばかりさせられる若者にはちょっぴり気の毒。
ところで今年は10年来の寒波だそうで、毎朝0℃前後の寒さが続いている。
「今朝も寒かった」と言うと、ホアンが「寒くなかったよ。ボク、起きたの11時だから」
全くもう。毎晩明け方近くまで遊んで昼頃まで寝てるやつらとはつきあいきれん。
6月29日
午前中は両替屋へ。私達の団体だけなのかどうかは知らないが、ドルは1ヶ月に5000ドルまでしか下ろせない。ペソには制限がない。国民がペソを信用せずにドルを持ちたがるのが理由らしいのだが・・
アルゼンチンでは3年前には1ドル=約3ペソだったのが、現在は4ペソを越えている。日本は円高ドル安が続いているが、ここではドル高ペソ安だ。それだけペソの価値が下がっているのだ。円に換算すれば、1ペソが40円だったのが、今じゃ20円だ。
建国200年を記念して、5種類の記念コイン(1ペソ)が出たのだが、市場に出回っている。発行当初、夢中で集めまくっていたが、40枚以上貯まってアホらしくなって来た。
午後、日本語を習いに来たIさんに「日本じゃプレミアムがつくから記念コインは市場には出ないけど、アルゼンチン人はコインの蒐集はやらないの?」と聞くと、
「さあ?コインを集める余裕がないからじゃないかしら」との返事だった。
2006年ー2008年にブエノスにいた時はコイン不足が深刻で、その一番の理由が「アルゼンチンでは銅が高いから、貧しい人達がコインを集めて溶かして売ってしまう」と聞いた。
今回滞在中にはコイン集めに苦労したことはない。溶かしにくい材質にしたのか、よほど大量に発行したのか?・・
最近、地下鉄と全線バス共通のカードが発行されて、コインなしでバスに乗れるようになったのが原因かも。このカードは最初郵便局でIDを見せて作ってもらい、バスの切符売り場や地下鉄の窓口でお金を入れる仕組みだ。
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  記念コイン。全部アルゼンチンの観光地である
上左から MAR DEL PLATA, EL PALMAR, GLACIAR PERITO MORENO
下左から PICARA DE TILCARA, ACONCAGUA 一番右は裏(共通)
by ruriwada | 2011-07-02 04:07 | Comments(1)