ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

<   2011年 02月 ( 8 )   > この月の画像一覧

2月15日
正月の、ベルグラーノの銀行強盗団が捕まった。こんなに早く全員逮捕するなんて、アルゼンチンの警察もなかなかやるねえ。全部で7人で女もいたのでびっくり。
指定の両替店へお金を下ろしに行くと、開店時間の10時も過ぎ、窓口には係りもいるのに、椅子に数人腰かけてるだけで並んでる人がいない。ラッキーと思って窓口に行こうとしたら、椅子のおばあさんが「私達も待ってる」と言う。
顔見知りの窓口の青年が私を手招きし、「システムが故障でいつ直るか分からない。5分ぐらいで原因が分かると思うが、出直すか待つかして下さい」と説明してくれた。やれやれ又かいな。銀行や両替店でシステム故障は日常茶飯事だ。
この前は2時間待っても回復せず、同じ青年が「電話するから家で待って」と言うのでいったん帰宅。閉店時間頃になって電話が来て、「今日中には直らないから明日来て」と言われた事がある。
今回は幸い1時間で回復した。
2月17日
サンマルティン線のサンミゲルで列車の追突事故があり、数名の死者と大勢のケガ人が出た。サンマルティン線は前回アルゼンチンに滞在していた時、夫が毎日通勤に使っていた列車だ。私も数回乗ったことがあるが、この線の衝突事故は15年間でこれで3回目だそうだ。
停止信号を見落としたらしく機関士が2人逮捕された。れいのごとく、マテ茶の回しのみでもしながら、おしゃべりに夢中になっていたのかも。この国の乗り物の事故の大半は運転手のおしゃべりに原因があるんじゃないかなあ。
なにしろコレクティボ(市内バス)に乗っていても、平行して走るバスの運転手同士が窓を開けておしゃべりする。その間全くのわき見運転だ。
事故車両に乗っていた妊娠8ヶ月の妊婦がショックで産気づき、3時間後出産、母子共に無事と言う、ミラクルエピソードのおまけつきだった。
2月19日(土)
今日の料理クラスは3人だけ。他の4人はペルーやブラジルへバケーションで出かけてしまったのだ。献立は海苔巻き寿司と握りずし。ワカメと卵のスープ。ネリダが自家製のブドウを沢山持ってきてくれたので、豪華なランチになった。
今日は人数が少ないので、みんなから「ご主人も一緒に食べませんか?」と言われた夫はいそいそと参加。
夫は料理中に台所をのぞきに来て、「お、うまそうだなー」と、よだれをたらしそうな顔をしていたのだ。
うちの亭主は年をとって(71才)、性欲、出世欲、金銭欲などからは開放されたようだが、食欲だけは一向に衰えない。それどころかますます意地汚くなってきた。
f0135018_1564616.jpg

                  おっかなびっくり巻き寿司に挑戦する生徒さん達
2月21日
夫のボランティア仲間のH氏が朝の9時にトランクを預けに来た。日本から釣り仲間が4人来るので、友人達が帰国する時、不用品を持って帰ってもらうのだそうだ。
夜行バスで昨夜コリエンテスを発ち、12時間かかって今朝ブエノスアイレス市内のレティロに到着。これからエセイサ空港(国際線)まで友人達を出迎えに行き、一緒にアエロパルケ(国内線空港)から飛行機でコリエンテスに帰ると言うことだ。
何とまあご苦労なこと。
午後はタンゴクラス。終了後おしゃべりしていたら、ぞくぞくアルゼンチン人達が入って来てセントロ日系は満員状態。日本語クラスがこんなに大盛況とはびっくりした。
2月22日
ニュージャパンに日本行きのチケット代を支払いに行く。ニュージャパンは鹿児島出身の1世の西田さん兄妹と妹のご主人でやはり1世の原田さんがやってる旅行会社で、4年前からずっとお世話になっている。
ブエノスには他にも日系人経営の旅行会社が数軒(宮本旅行社、鈴木トラベル、ぶんの旅行社など)あるが、日系の店はみな親切で誠実なのでどこも繁盛しているようだ。
2月23日(水)
コーヒーメーカーの受けカップを持ち上げたとたん、パリンと音がして底が割れてしまった。買ってからまだ1年半しか経たないのに、硬化プラスティックが劣化したのだ。
ヤカンも昨日から、注ぎ口の接着部分からザーザー水漏れが始まった。ヤカンが壊れたのはこれで3個目だ。1台目は半年で底がぬけた。2台目は取っ手の付け根から水漏れ。今回の3台目にいたっては、買ってからまだ1ヶ月だ。この国の製品は全くよく壊れる。
もしかして、我が家に住みついているらしいポルターガイストのしわざ?
ところでヤカンを買って来た時のこと、8分目ほど水を入れて火にかけた。沸騰したとたん、口から噴水の様にお湯が飛び出て、中身が半分以下になってしまった。次回から水を半分にしてみたのだが、やはり吹きこぼれる。
どうしてだろうとしばらく首をひねっていたのだが、ある日ふと気がついた。よく見たらフタに穴が開いてないのだ。夫が穴を開けてくれて使ったが、3個のうち2個に穴がなかった。
多くの人が同じ経験してると思うんだけど、誰も文句言わないのかなー?それともヤカンを使うのは外国人(特に日本人)だけ?
アルゼンチン生活100不思議の一つだ。
by ruriwada | 2011-02-28 02:04 | Comments(0)
2011年2月7日
3時から4時半までタンゴクラス。5時から6時半までスペイン語。ああ、いそがし、いそがし・・とか何とか言いながら、けっこう忙しいのを楽しんでるのだから始末が悪い。
タンゴクラス新入りの日本人青年は、何とKaZZmaさんと言うプロのタンゴ歌手だと判明。出身は大阪だが、東京で活躍しているそうだ。彼のホームページで歌を聴いたが、素晴らしい声の持ち主だ。大阪弁丸出しの気のいい若者で、とても感じが良い。
聴きたい人はヤフーで「KaZZma」と入力すればOKだよ。
2月8日
日本語を教えているIさん来訪。Iさんが「橋の上で少年が大きな体の男と戦ったとか言う話を子供の頃聞いた記憶があります。あれは何の話ですか?」と聞く。
「ああ、牛若丸と弁慶ね」と言うと、「そう、それそれ」
弁慶と義経の話をして、「義経が本当は日本では死なず、中国大陸に渡ってジンギスカンになったと言う伝説がある」と話すと、Iさんは「アルゼンチンにも似たような話があります。ビセンテロペスからサンイシドロ周辺には戦後、沢山のイギリス人、フランス人、ドイツ人が入植しました。ヒットラーが本当は自殺しなくて、恋人と一緒にアルゼンチンに逃亡し、名前を変えて潜んでいたと言う話が伝わっています」だって。
義経の話はロマンがあるけど、ヒトラーの方はちょっとゾッとするなー。
ヒトラーはともかく、戦後ナチスの残党が沢山アルゼンチンに逃げ込んだ事は事実らしい。現に大物ナチスが潜伏していたのを戦後かなり経ってから、イスラエルの機関に見つかって逮捕されたニュースを聞いたことがある。
f0135018_23555478.jpg

            アルゼンチンの銘菓「アルファフォーレ」日本人にはちと甘すぎる
2月10日
ボランティア仲間のFさんが仕事でバルデス半島から出て来て、夫に「一緒に飲みませんか?」と電話をかけて来た。ブエノス在住のHさんも一緒だと言う。
うちの亭主はとにかく外面が良くて家に人を呼ぶのが好きだから、結局はいつもうちで飲むことになる。そのくせ料理は全部女房まかせで、自分はひたすら飲む手伝いだけ。
3月2日から私一人でアメリカと日本へ1ヶ月行くので、これ幸い、ついでに冷凍庫の整理を兼ねて、有り合わせのご馳走を作って出した。どうせうちの亭主は、一人になったって料理なんぞしないからね。
1ヶ月後に戻って来たら、亭主がミイラになってたりして・・ウシシシシ。
2月12日
ネリダがわざわざバスで自家製の見事なブドウを届けに来てくれた。メンドーサで農園をやってるMさんと言う日系1世の人が日本から持って来たブドウの苗を分けてもらい、挿し木をして増やしたものだと言う。
ブエノスでは雨が多いので温室で作っているそうだが、なんと言う品種か、巨峰ぐらいの大きさの赤紫色のブドウで実に甘くて美味しい。
ところでメンドーサはアルゼンチンワインの一大産地で、特にマルベックが有名だ。毎年3月にはここでワイン祭りが行われる。
サンフアンでもワインを作っているが、先にメンドーサが有名になってしまったので、何とか主役の座を奪おうと州を上げて売り込みに必死だ。と言う訳で、同じ値段なら断然サンフアンのワインの方が美味しい。
2月14日(月)
今日もタンゴとスペイン語。KAZZMA君は残念ながら日本に帰国することになったそうだ。KAZZMA君の日本での活躍を祈ろう。最後に皆で記念撮影をした。
f0135018_2358558.jpg

                         美人で優しいあやか先生とkaZZma 君
by ruriwada | 2011-02-25 00:00 | Comments(0)
2011年2月1日
昨夜1時まで飲んだので二日酔いで頭が痛い。ウワバミの方はと言えば、あれだけ飲んだのに「フワー、良く寝れやしたー」と、憎ったらしいほど元気ハツラツで起きてきた。ま、15才も年が違うんだからしょーねえか。
朝食後、相変わらずバックパイパースタイルで、「ほんじゃま、お邪魔しやした」と帰って行ったが、今夜は日本から来た友人達とセントロのホテルに泊るそうだ。
2月2日
ゴキブリバスターズのお兄さん登場。毎月一度ゴキブリ駆除の薬を排水穴に撒きに来てくれるのだ。おかげで今回のアパートにはゴキブリがいない。サンタフェ通りに住んでた時もやっぱり毎月ゴキブリバスターズが来てくれていたけど、ゴキブリだらけだった。
電圧安定器がショートして、分解したら、ゴキブリの死骸がわんさと出てきたんでびっくり仰天したっけ。
ところでゴキブリはスペイン語でクカラーチャ。ソフトクリームはククルーチョ。よく間違えて恥をかいてる。
ポルテーロのカルロスが「大家に電話して欲しい」と言う。大家さん達が旅行するのでパスポートを頼んだらしいのだが、役所が先日それをうちに届けに来た。別のポルテーロのエドワルドが大家の住所を教えたのに、翌日またやって来た。
「大家はここには住んでいない」と言ったら帰って行ったのだが、今日またもやうちに届けに来たのだそうだ。カルロスは大家の電話を知らないそうで、私が大家に電話をかけ、カルロスと話してもらってようやく一件落着。
やれやれ、この国じゃ何事も一度で解決したためしがない。
f0135018_904122.jpg
f0135018_911232.jpg

街角風景。上はサンマルティン広場。下はそのそばのサンマルティン通り。観光案内所がある。
2月4日(金)
昼少し前、ウワバミが日本からの友人3人を連れて、「ウハハハ」と豪傑笑いをしながらやって来た。来る途中、ディスコ(チェーンのスーパー)で買い物した後トイレを使わせてと頼んだら、カギを2個渡してくれたと言う。
何で2個も?と首をひねりながら、ウワバミが友人達の後に続いて女子用トイレに入ろうとしたら、店員が「チコ(男子)はこっち」
てっきり男性と思ってカギを男性用と女性用の2個渡したらしい。
因みに、アルゼンチンの外務省がくれた身分証明書では彼女は「D(男性)」になっている。名前の最後が子(ko)で、スペイン語の名前で最後が0(オー)で終わるのは大抵男だし、彼女の写真を見て間違えたらしい。本人も「え?、ま、いいっか」ですませちまったんだって。・・ったく・・
日本からの3人は結婚しているが、3人とも旦那を日本に置いて後進国で単身2年間働いていた経験の持ち主だ。チョー元気印のオバちゃん達で、4人もそろえばまさにアマゾネス軍団。
さすがの夫も、私も入れて5人の熟女ならぬ猛女に囲まれてたじたじ。
3時間かけておしゃべりしながら飲み食いした後、一人が「約束があるから」と帰り、あとの3人を私がレコレタ墓地に案内する。エビータの墓を見てから、墓地近くのカフェに入ったが、うちで飲み足りなかったのか、ここでもウィスキーを飲んだのがいる。
カフェを出た後、誰かが数種類のビールを小さなカップに入れて飲ませる店があるから、そこで飲もうと言い出した。どう見てもみんな足元がふらつくほど酔っているので、「ダメ」と引っ張って家に連れて帰る。その後すぐ3人でホテルに戻って行ったけど、無事着けたのかなあ。
f0135018_981545.jpg
f0135018_985118.jpg

                 レコレタ墓地。下はエビータの墓
アマゾネス台風が去って一息ついてるとコメトーが配達に来た。コメトーとは日本食品を売ってる「カサ・ハポネサ」の配達専門部だ。バリオチノ(中華街)の「アジアオリエンタル」や「カサチナ」にコメトーと言うお米を卸している。
中華街では売っていないが、コシヒカリも取り扱っているので、毎月コシヒカリを10キロ届けてもらっている。ここでは本物の日本食を買える。暮れに届けてもらった伸し餅も日本のモチそのものだった。
by ruriwada | 2011-02-22 09:11 | Comments(0)
1月30日
日本庭園でタンゴと能の催しがあると言う。動きの早いタンゴと超スローの能がどう結びつくのかなあ? お知らせメールには開催時間が書いてないので、10時半頃、2人で散歩がてらに片道2キロ半を歩いて出かけた。11時半に着いたら、午後4時からだって。
庭園内のレストランで昼食を食べて時間をつぶそうと思ったら、レストランはバケーションで閉鎖中。仕方なくいったん帰って出直すことにした。途中で出会ったおまわりさんが、夫に「今朝走ってたね」!!
夫は最近走り始めたのだが、ちゃんと見てたらしい。日本人は滅多に見かけない地区なので目立つんだろうなあ。安全会議ではいつも「出来るだけ目立たない格好で」と口を酸っぱくして言われてるけど、これじゃ無理だよなー。
炎天下を往復5キロも歩いたので、家に着いたら二人ともくたくた。キンキンに冷えたビールを1缶ずつグイーっと開けて、昼飯がすんだと思ったら、夫は大イビキで寝ちまった。3時になって起こしたけど、「俺は行かん」
仕方なく一人で今度はバスに乗って行った。バスだと10分もかからず、しかも片道30円。冷房きいてないけど、やっぱバスは楽だねえ。
f0135018_2144753.jpg

                             日本庭園
庭園入り口には列が出来ていた。60才以上は無料なので、午前中来た時は夫が帽子を脱いで白髪頭を見せたら、係りが笑いながら「パセパセ(通りなさい)」とタダで入れてくれた。
今回は「60才以上なんですけど・・」と言ったら、やはりタダで入れてくれた。どう見てもおばあさんに見えるのかなあ。得したのに何だかガックリ。
会場の建物への入り口は長蛇の列だ。ほとんどアルゼンチン人で日系と見られる人はほんのちらほら。
f0135018_21452668.jpg

            「 能とタンゴ」の公演が行われた建物
係員が回ってきて、待ってる人達にパンフレットを配ってくれた。「情炎」と言うタイトルで源氏物語を題材にしてるらしい。周りの人が「日本人か?」と聞き、パンフレットの説明を頼まれる。
開演してすぐ琵琶を抱えた和服の人が二人登場したので写真を撮ったら、とたんに背後から肩をたたかれ、「写真はダメです」だって。ケチ!タンゴショーじゃ、たいてい撮影OKなのにー。
公演の内容はと言えば、タンゴの踊り、タンゴの演奏だけ、能の舞と謡いなどが交互に行われ、間に日本語による歌が入る。一応、情熱的なタンゴの踊りの後、嫉妬の炎を燃やした女のウラメシヤーの場面が続く。
恋人の浮気や裏切りにあったら、アルゼンチン人ならその場で血を見るような大ゲンカがおっぱじまる。陰にこもってウラメシヤ~なんて理解できないだろうと言うのが、アルゼンチン人と結婚している人の意見だった。
どう見てもカルメンと六条の御息所には共通点はなさそうだ。アイディアは斬新だが、無理があると言うのが正直な感想だった。でもこれは独断と偏見に満ちた我が個人的見解なので悪しからず。
f0135018_21472742.jpg

                   公演会場。能楽師 
                                    
31日
またもやウワバミ登場。
前回夫と派遣前研修が一緒で、ウルグアイ、エクアドル、ブータンに派遣され、現在は日本在住で、ウワバミの友人である熟女3人がアルゼンチンに遊びに来た。3人で各地を旅行した後ブエノスに数日滞在して、4日に我が家で歓迎会をすることになっている。ウワバミもネオケン州から出て来て、彼女達と合流する予定だ。
彼女は任務を終えて3月に帰国するのだが、3月には私が一時帰国することになっているので、ブエノスではもう会えないから、早めに来て我が家に1泊し、あとはみんなとホテルに泊ることになった。
私が今日の午後はタンゴクラスとスペイン語クラスがあるので、帰りは7時過ぎになる。
ウワバミは昼前に到着、昼食後荷物を置いて、「7時過ぎに戻る」と言ってどこかへ出かけて行った。
8時半頃ウワバミから電話が来て、「今Mさんと一緒なんですけど、連れてっていいっすか?」
共通の知人であるMさんは、うちから3ブロックほど先に住むハイミスで、ウワバミに負けず劣らずの酒豪。かくして我が家で4人での酒盛りが始まった。ウワバミもMさんも十数年間、アフリカや中南米で活躍して来たので話題が豊富で面白い。
夫は10時頃、「お先に失礼」と寝てしまった。あとは女3人、大いに飲み、しゃべりまくって、気がついたら夜中の1時。Mさんもどう見てもか弱いとは言えないけど、一応女性だから、ウワバミと二人で送って行った。
この地域は高級住宅街でリベルタドールには昼間はホームレスはいないが、2ヶ所で路上で眠ってる人達がいた。やはり夜間の一人歩きは男性でも危険だ。途中2ヶ所あるレストランはどちらも開いていて、満員だった。アルゼンチン人の夕食は深夜なのだ。もっとも、7時ごろにティータイムがあり、軽いスナックなどを食べてるようだが。

by ruriwada | 2011-02-17 21:50 | Comments(0)
22日
夫の前回の勤務先の社長一家を夕食にご招待したら、8才、5才、1才5ヶ月の3人の子供たちを連れてやって来た。この前この子たちに会ったのは、サンイシドロの豪邸に招待された時以来だから丁度1年ぶり。3人とも見違えるような成長振りだ。
長男のフェリクスに「あの、カエルのプール(庭のプールの表面が全部、緑色のカエルでおおわれていた)で泳いでるの?」と聞いたら、何と昨年10月にサンイシドロの豪邸から、中華街近くのベルグラーノのアパートに引越したそうだ。え?まさか会社が倒産?
でも聞く訳にもいかないしなー・・・。
ご主人が「私の年老いた父がベルグラーノに住んでるから」、続けて奥さんが「それに私の職場まで車で5分で行けるし」と説明してくれたのでほっとした。それにしても,よく引越しをする人達だ。
フェリクスは日本に非常に興味を持っていて、忍者が大好き。じゃじゃ馬の妹の事を「カミカゼ」と呼んでいる。気の優しいリトルジェントルマンである(スペイン語だと紳士はカバジェロ)。折鶴の折り方を教えて上げたら、一生懸命折っていた。
23日
インターネット会社のテクニコ(技術者)が2人やって来た。「テクニコが来たらすぐ電話して下さい。私が話します」と、オスカルから言われていたので、電話をかけ、話してもらう。
ルーターが不良品なのではなく、やはりインターネット会社の問題だったらしく、すぐに回復した。前にも言ったけど、反大統領の旗印であるクラリンの系列会社のカブレをつぶそうとして、色々妨害工作が行われてるのだそうだ。
10月に大統領選をひかえているので、スパイ合戦も盛んらしい。どこの職場でも政治の話は禁句だそうだ。この国では市や町でもトップが変わると、まず上位者の首の総すげ替えが行われるから、皆戦々恐々なのだ。
f0135018_3535155.jpg

 街角光景。アルゼンチンでは光熱費はドラッグストアで払う。入り口にパゴ・ファシル(支払い・簡単)と書いてあり、いつも店の前に行列が出来ている。買い物客は並ばず入れる。

24日
タンゴクラスはホアンが辞めてから男性はずっとS氏一人の状態が続いていた。ホアンは日本人のノビア(恋人)を見つける目的で入会したらしいのだが、女性陣は一人を除いて皆ミセスなので、あきらめて辞めたのだろう・・・と全員の意見が一致した。
なにしろ、ホアンは女性に紹介されるたび、メルアド、ケータイ番号を聞き、デートに誘っていたのだ。相手が結婚してると分かると、とたんに別の女性にアタック。お気に入りの女性には「離婚しないの?」と聞いたそうだから笑ってしまう。
この国の男性は人前で恥も外聞もなく女性を口説き、断られてもケロッとしてる。なんせ、口説くのは社交辞令と言われている国だ。口説かれないと怒る女性もいるとかいないとか・・
そこへ今日、一人の日本人青年が入会。アルゼンチン滞在は短期だが、本場でタンゴの手ほどきを受けたくて、と言う大阪弁の好青年だ。タンゴクラスに通う楽しみが増えた。へへへ。
28日
ベルグラーノに住むボランティア随伴仲間のNさんからランチのご招待。他にもTさんとFさん。Nさんもアルゼンチンは2度目で、前回も私たちと1年間一緒だった。ベルグラーノは大使館員、日系企業の駐在人など多くの日本人が住んでいる、比較的治安の良い地区だが、正月に穴掘り強盗団に入られた銀行もここにある。
f0135018_412229.jpg
f0135018_434422.jpg

レコレタ墓地のある公園では毎週末、色々なパフォーマンスが行われる
29日
料理クラスの今日の献立はナスの豚挽き肉詰めとナスの味噌ころ。生徒の一人ネリダさんが大きな農園を持っていて、今が旬のナス料理を教えて、という要望なのだ。普通のスーパーで売ってるナスは巨大でしかもパサパサしてるからあまり美味しくない。
中華街のナスは小さいがヒョロ長くて詰め物には向かないが、ネリダさんが持参したナスは日本と同じ物だ。ネリダさんは時々自分の畑で取れた野菜類を持って来て下さるが、どれも日本の物だ。
1世達が100年近く前の移住時に日本から持って来たタネの子孫で、純日系野菜たちなのだ。以前見事な生シイタケを沢山頂いたが、とうとう菌が取れなくなって、今年でシイタケ栽培は終わりとか。日本から持ってきて上げたいが、検疫上無理だろなあ。

珍食物 モコチンチ。梅干より一回り大きいサイズの乾燥桃。お湯に浸してジュースとして飲む。ボリビア名物
f0135018_465538.jpg

by ruriwada | 2011-02-14 04:13 | Comments(0)
2011年1月13日
日本大使公邸での新年会に出席。去年は夫がメルローに出張中だったので私一人で参加したが、今年は夫も一緒だ。
ボランティアの大半が日本で平々凡々定年まで勤め上げた人達だから、大使館主催の行事に招待されるなど、一生に一度の事だろう。
ボランティア達は年に1度のこの日のために、皆、背広やドレスを一着日本から持ってきていて、楽しみにしているようだ。パラグアイから来た知人の話じゃ、パラグアイの大使館では招待してくれないらしい。背広を持ってきたのに着るチャンスがなかったとぼやいていた。
アルゼンチン滞在が4年目の今年は、招待客や大使館員に大勢知り合いがいたので話がはずんだ。美味しい日本料理もたらふくご馳走になって、余は満足じゃー
アルゼンチン人の寿司職人もいて、大好きな海老も握ってくれたよ。
14日
朝8時に夫はセントロに泊っている、ペルーから来た友人のM氏を中華街に案内すると言って出かけて行った。昼過ぎ、そのM氏とパラグアイのWさんを連れて帰って来て、我が家で一緒に昼食兼飲み会が始まった。
Wさんも夫と派遣前訓練の同期で、休暇でアルゼンチンに来ていたのだ。うちと同じ姓なので、夫のことを兄さんと呼んでいる。と言っても、もういい年のオバちゃんだけどね・・。
f0135018_2272622.jpg

我が家では最近、イカの一夜干にはまっている。中華街でイカを買い、塩を振って数時間干せば出来上がり。これが実に美味い。夫はこの他にイカの塩辛も作っている。アルゼンチンでこんなことやってるなんて何だか可笑しい?

16日
初めてNHKの大河ドラマ「お江」をパソコンで見た。最近では海外でも殆どの日本のテレビやラジオの番組をパソコンで、リアルタイムで視聴出来るようになったのだ。もちろん、タダだよ。
日本にいた時は欠かさず見ていた「笑点」も見れるんで、夫は大喜びだ。でも、笑点が始まるのは日本時間の夕方5時半だから、こちらでは朝の5時半。起きるのがちょっとつらい。
朝のラジオ体操も「みなさん、おはようございます」を夕方聞きながら、二人で毎日、オイチニオイチニとやっていたが、やっぱりラジオ体操が夜なのはピンと来ない。と言う訳で、現在ラジオ体操の方はリアルタイムでなく、パソコンのお気に入りに登録したのを見ながら、朝やっている。
19日
週1回欠かさずやって来るIさんに日本語を教えている最中、オスカル、モニカ夫婦がやって来た。夫のパソコンのモデムからのWIFI(無線)が、またもや年末から消えてしまい、私のパソコンは漏れ電波をずっと使っていたんだけど、これが電波が弱くて年中消えてしまう。
さっそく、我が家のお助けマンことオスカルに電話したけど、あいにくマルデプラタに休暇で出かけてしまっていた。昨日かけ直したら、今日駆けつけてくれたのだ。二人とも日焼けで真っ黒。アルゼンチン名物のアルファフォーレをお土産に頂いた。アルファフォーレはマルデプラタが発生の地なのだそうだ。
オスカルがカブレビジョン(インターネット会社)と長々電話でやりとりしている最中、今度はウンベルトがやって来た。ウンベルトは日系2世だが日本留学の経験があるので日本語が達者。定年後は通訳の資格を取り、夫の仕事を色々手伝ってくれている。
彼はブエノス在住の成功した日系の一人で、エスコバルの広大な敷地に住んでいる。
時々泥棒に入られているが、昨年9月には、侵入した泥棒が台所仕事中の奥さんに包丁を突きつけ、パソコン、ケータイ電話、現金を奪っていったとか。そのショックのせいかどうか、その後間もなく、奥さんが急性胃潰瘍で手術する羽目になってしまった。
大きなシェパードを2匹飼っておられるが、これが何とも愛嬌の良いワンちゃん達で、ま、早く言えばバカ犬。この時も、ワンともなかなっかたらしい。それどころか、強盗に尻尾を振っていたりして・・
それはともかく、千客万来の一日だった。
f0135018_2284874.jpg

街角風景。ベルギー広場。ブエノス市内には各国の名前がついた広場がある。
by ruriwada | 2011-02-11 02:42 | Comments(0)
1月4日
夫がいなくなった翌日は早速我が家で1品持ち寄りパーティ。タンゴクラスの仲間だが、唯一の男性はバケーションでマルデプラタへ行ってしまったので、女性だけ総勢6名の華やか(?)でチョー賑やかなパーティとなった。女3人で姦しいんだから、6人となりゃ・・あとはご想像におまかせ。
亭主がいないからダウンしたらうちで寝ていって良いよと言ってあるので、いやはや皆飲むこと。11時半から5時半まで飲み続け、食べ続け、話し続け。いやー久しぶりに楽しかったなあー。
9日
またまた我が家で、今度は料理クラスの新年会。
「今日は皆でアルゼンチン料理を作って持って行くから先生は何もしないで下さい」と言われ、一応海苔巻き寿司だけ用意した。こちらは総勢8名だが、誰も飲まない。私が「ビール飲むけど、一人で飲むのは嫌だから誰かつきあって」と言ったら、二人がコップにほんの少しだけ飲んだ。
料理クラスの生徒は全員日系2世。陽気で楽しい人達ばかりだが、日本の戦前の女性のような奥ゆかしさだ。最近の日本の女性たちの飲みっぷりを見たら、目を回すに違いない。
パーティのお開きの時には、持参してきたシャンペンを開けて皆で乾杯して飲んだ。乾杯はパーティの最後にするのがこの国の習慣だそうだ。まさに、ところ変われば、だ。
f0135018_21474496.jpg

ブエノスアイレスのあちこちの公園に、夏の間中、市がパラソルを立てて市民に提供している。女性はビキニ、男性は下着一枚で、まるでビーチみたいだ。私の大好きな草薙君を逮捕した日本の警察とは大違いだ。
この国だったら、やはり真っ裸は怒られるだろうけど、みんなが大笑いして一件落着だろうなあ。

10日
朝7時ごろ、夫が無事メルローから帰って来た。メルローは昔は高原の気候で避暑地として有名だったが、ここ数年はブエノスより暑いらしく、夫は顔も腕もココア色。首筋は皮が剥けている。おまけにホテイ様みたいな腹になっている。
ホテルそばの安食堂で、毎日臓物のアサドを腹一杯食べていたのだそうだ。せっかく半年前にドクターからメタボ卒業を告げられたと言うのに、やれやれ、これじゃ元のモクアミだ。
12日
パラグアイからS氏、ペルーからM氏が休暇旅行でアルゼンチンにやって来たので、我が家で歓迎会を開く。全員、夫のボランティア仲間だ。中南米の人たちは、アルゼンチンに来るのが夢だそうだけど、日本人の駐在員やボランティアも例外じゃない。
ブエノスアイレスは南米のパリと言われているぐらい、美しく荘厳な建物が多く、芸術面でも充実している。その上、日本人にとっては嬉しいことに、和食の材料が何でも手に入る。
と言う訳で、夏休み中には沢山の日本人ボランティアが近隣国からアルゼンチンにやって来るのだ。
ボリボアは私たちが旅行から帰った直後に暴動が起きて、ボランティアは旅行禁止になったから、我が家を訪れる約束だったボリビア在住の人たちは来られない。残念だ(本心だよ)。
ついでに言っておくと、來亜した大半の日本人観光客がスリや置き引きの被害に遭っている。日本人は泥棒王国アルゼンチンのドロちゃん達にとっては、よほど美味そうに見えるカモらしい。
f0135018_2149720.jpg

これまで何度も書いたけど、パロボラチョ(酔っ払いの木)は面白い木だよ、ホント。晩春から夏中咲いてる。
by ruriwada | 2011-02-07 22:02 | Comments(0)
何やかや雑用が多くて、ブログを書くヒマがないのが悩みのタネ。

1月2日
テレビでは朝から銀行強盗の話ばかりだ。31日の晩から1日にかけて強盗が銀行の貸金庫室に直接侵入。全部ではないがかなりの数の貸金庫が壊され、中身が持ち去れたのだ。1日は銀行が休みで、犯行が判明したのは今朝。
その銀行に貸金庫を持ってる人達が押しかけ、銀行側が対応に大わらわしている様子が映っている。
その手口と言うのが・・銀行の壁に穴を開けて侵入したのだと言うから、不謹慎だが思わず大笑いしてしまった。アルゼンチンには未だにこんな古典的強盗団がいるのだ。ピンクパンサーも顔負けだよ。
数日後判明したところによると、半年前に隣を借り、穴を掘り続けていたらしい。テレビでは隣の家の床にぽっかり空いた穴があり、人が出たり入ったりしているのを見せていた。ガードマンは気がつかなかったのかと不思議だったが、ガードマンの話しでは物音がしたが、気にもしなかったらしい。何しろ31日の夜は町中が浮かれ騒いでいたからだ。
1月3日
今日からセントロニッ系のスペイン語が始まった。私の先生のセシはブエノスアイレス大學語学部教授だが、最近大出世して学部長になられたから、今は生徒には教えていない。教えるのは大學教授たちに対してだけ。
私はセシがセントロ日系で以前教えていた時からの生徒なので、例外的に教えてもらっている。ああ、それなのにそれなのに。一向に上手くならない。
何しろ脳がさび付いてるから、覚える量より忘れる量の方が多いのだ。
先生は第1級なのに生徒は落ちこぼれ。お忙しい中を時間をやりくりして教えて下さる先生に申し訳ない。

夫は今夜の夜行バスでサンルイス州のメルロー市に1週間の出張。バンザーイ、我が天下だ。亭主の居ぬ間の何とか。大いに羽を伸ばしちゃおう・・・まてよ、あいつ一人で無事行けるかなあ?
なんせ全ての事を女房まかせで、一人で旅行などしたことがないごじんだ。オムニブス(長距離バス)ターミナルまで送って行こうかと言ったのだが、夜9時出発なので、「女一人で夜道を帰る方が心配だ」と、まあ、涙が出そうなほどお優しい事を言ってくれたので、アパート前でタクシーに乗るのを見送った。
9時半、夫から「今やっとバスに乗れた」と電話が来た。え?とうに出発したかと思っていたのに。
夫の話だと、いくら待ってもメルロー行きのバスが来ない。出発時間がとうに過ぎても来ないので、聞いたら、ずっと前から目の前に停まってるバスがそうだと言われた。メルローが終点じゃないので行き先名が違っていたのだ。
カマスイートの長距離バス(アルゼンチンではミクロと呼ぶ)は全座席ゆったりしたベッドになるので、乗客数が少なく、全員乗るまで待っていたらしい。夫が乗り込むとすぐ、バスが出たのだそうだ。
アルゼンンチン人が時間を守らないと、いつもブーブー言ってるご本人が30分も遅刻じゃしょうがないじゃないのよ、まったくもう。
ともあれ、無事出発出来たようでほっとした。

街角風景。アルコルタ通り
f0135018_22411540.jpg

                                      ブエノスアイレス大學法学部
f0135018_22431547.jpg
f0135018_22443941.jpg
f0135018_22461828.jpg

我が家はアルコルタ大通りの終点とリベルタドール大通りがぶつかる地点にある。ここから日本庭園までの、
両大通りに挟まれた約2.5キロには広大な公園と、サウジアラビアやスペイン初め、各国大使館が軒並み並んでいる。
by ruriwada | 2011-02-05 22:52 | Comments(0)