ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

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2011年1月1日
去年に続き、今年もまた新年はダカールラリー見物で始まった。レース参加車はパレルモのプラサイタリアからリベルタドール大通りを通り、7月9日大通りに入って、オベリスク下に集結。オベリスクでパフォーマンスを披露した後、高速に入り、そこからが本番のレースになる。
市内を通る間はデモンストレーションだから、選手たちは余裕しゃくしゃくで、沿道の見物人達に色々サービスしてくれる。オートバイは前輪を高く上げて走って見せたり、ATV車の中には何度も往復して観客に手を振り、写真撮影に応じたりと忙しいのもいる。
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     7月9日大通りで裸の見物人。アルゼンチンでは上半身裸で街中を歩いてる人を大勢見かける。
夫と二人でリベルタドールからずっとルートに沿って歩き、オベリスクまで行ってみた。オベリスクに近づくに連れ、沿道は見物人でびっしりだ。オベリスクでは集まって来た車が色々ショーをやっているらしいが、人垣で見えない。周辺には数台のレース車が置いてある。
オートバイにカメラを向けたら、レーサーが手まねでサドルを指差し、乗って良いよと言う。ワオー、ラッキー!これがアルゼンチン人の良いとこなんだよなあ。青年達がおばちゃんに優しいのだ。おまけにチョーハンサムときてるから、ついデレデレしちまう。
でも万が一倒しでもしちゃ悪いから、乗った振りで記念撮影させてもらった。
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レースの最初はオートバイ、続いてATV車、バギー、4輪駆動車が交じり合って走行、最後がトラックだ。
元来た道を引き返し、リベルタドールのアパート前で見物することにした。夫は家に戻って窓から高見の見物。
アパートの角に信号があり、レース車は止まる必要はないのだが、ほとんどがわざと止まってくれる。止まったとたん、見物人がどっと駆け寄り、レーサーが笑顔で一緒に写真撮影に応じてくれる。サービス精神旺盛だ。
2時から6時まで立ちんぼで見たらさすがにグロッキー。最後のトラックレースは家に帰って窓から見物した。以下はアパート前での撮影
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by ruriwada | 2011-01-24 06:07 | Comments(2)
19日
アパート前の公園で朝から何やら囲いのような物を立てたり、箱状の物を並べたりし始めた。ポルテーロに聞くと、花火だって。そうか、もうそんな時期が巡ってきたんだ。毎年クリスマス前に市内の数ヶ所のショッピングセンターが同日にあちこちで花火大会をやるのだ。去年もうちのすぐ前でやった。
我が家はまさに特等席。50メートルと離れていない目の前で打ち上げ、しかも10階なので、丁度窓の高さで開くのだ。未だにインターネットは年中故障、停電も多いアパートだが、この花火見物だけはどんな欠点も補って余りある。
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                                      花火の打ち上げ準備中
夜9時を過ぎた頃から、眼下のリベルタドール大通りは車がびっしり隙間なく駐車し始めた。最初は上下両最端レーン、しばらくすると2重駐車、3重駐車が始まり、とうとう12車線のうち上下各1車線を残して、全て違法駐車。
10時に花火が始まると、その1車線さえ動かなくなって完全マヒ状態。通り抜けたい車が一斉に花火の音にまけじと警笛を鳴らすから、その騒々しさといったらない。いくら鳴らしたってテコでも動きそうにないし、ここの花火は30分ほどで終わるのだから、自分も見物してりゃ良さそうなものなのに。
日頃はこちらがイライラするほどのんきなアルゼンチン人だが、何故かこういう時だけやたらせっかちになるのがいるのだ。
休みなしにドカドカ花火をあげ続け、30分であっさり終了。さて寝ようと思ったら、今度は少し遠くでドカドカが始まった。あれはパレルモの方角だ。少し離れてはいるが、これも良く見える。結局、これも見終わってから寝た。
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23日
ここ数日暑くて日中は30℃を越すが、朝はたいてい20℃前後だ。しかし今朝は起きた時から異常な暑さ。クーラーをかけても冷えない。パソコンやりながら汗がダラダラ。それにしても背中が暑い。何気なく背後のヒーターに手が触れたら熱い。???
エエツ!暖房が入ってる!何で暖房が入ってるのー?  ポルテーロに聞きに行くと、
「上階で改装工事をしてる。暖房が効くか試してる」「・・・」
そんならそうと連絡ぐらいしてよ。もう!
うちのアパートのポルテーロ達ときたら、年中冗談言ったり、余計なおしゃべりをしてるくせに、肝心の事は知らせてくれないのだ。
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クリスマスの飾りつけがされた「花の公園」
24日
クリスマスに招待してくれていたKさんの奥さんが緊急入院しちゃって、パーティはキャンセル、二人だけのイブになった。若い二人なら二人きりのイブも素敵だろうが、この年になっちゃ、シャンペン開けて乾杯したまではいいが、後が続かない。
黙々と料理を食べ、花火が始まるのを待ったが、昨年は日が暮れると同時にあちこちから花火が上がったのに、今年は遠くから見ると線香花火のようなのが散発的に上がるだけ。夫は10時には寝てしまった。
12時と同時に窓から見渡す限りの全域で一斉に花火が始まった。丁度通りかかった列車が汽笛を鳴らし続ける。やっとアルゼンチンらしくなって来た。あわてて夫を起こし窓を開けて花火見物。1時頃まで見てから床に入ったが、音からして3時ごろまで続いていたようだ。
29日
1000ドルをペソに替えてもらおうと国立銀行に開店前から並んで待った。大半の人が年金受給らしく別の窓口なので、すぐ私の番が来た。やったー、今日は速い。いさんでドル札を出したとたん、「ペソはない」「え?」
きょとんとしてたら、また、「ペソがない。ペソの買は今日はない」「じゃあ、明日は?」「明日もない」「どこで両替できるの?」「両替屋なら出来るかも・・・」
いつも親切な銀行なのに訳が分からん。とりあえず両替屋に行ったら、手数料は銀行より少し高いけど替えてくれた。帰宅後、ご主人が銀行員の友人に話したら、本当にないんだって。国立銀行にお金がないの?と唖然としてると、説明してくれた。
アルゼンチンには印刷の技術はあるけど、良質の紙がないので、ペソ紙幣はブラジルで印刷して輸入してる。そのルートの途中でトラブルが発生して入荷がストップしてるという訳なのだそうだ。
驚き桃の木山椒の木。アルゼンチンではびっくりさせられる事が多いけど、紙幣まで外国で印刷してるなんて!

中華街に買い物に行った夫がエビス顔で戻って来た。大きなマグロを解体中に行き合わせたら、顔見知りの店員が夫の顔を見て、「トロ?」と聞き、大トロの所を2キロも売ってくれたのだそうだ。これもこの国の不思議の一つだけど、マグロは赤身もトロも同じ値段なのだ。これは嬉しい驚きだった。
31日
ネウケン州で活動しているウワバミが友人を連れて遊びに来た。友人が日本から休暇でウワバミを訪ねて来たので、ブエノスアイレスまで出てきて合流したのだそうだ。レコレタの墓地を二人で見物した後、友人が奢るからとそばのレストランに入り、いざ支払おうとしたら、財布がすられた事に気がついたと言う。
ブエノスアイレスはまさに泥棒天国。殺人や誘拐などの凶悪犯罪は少ないけど、泥棒の数は浜の真砂ほどもいる。アルゼンチンに来て、なんらの被害にも遭わずに出国出来たら運が良いと思え、だよ、ほんと。
二人に大トロの刺身を出したら、歓声を上げていた。日本じゃ考えられないものね。
アルゼンチン人はオエーと言いそうなほど甘ったるい菓子を良く食べ(しかも大量に)、水代わりにワインを飲み、一人で500グラム位の牛肉をペロリと平らげるくせに、やたら肉や魚の脂肪を気にする。
鶏肉は皮を取って売ってるし(皮は頼むとタダでくれる)、鮭は脂の乗った部分は切り取って、頭や骨と一緒にアラとして売ってる。うちではいつもアラを買ってくるが、身がいっぱいついていて、実に美味い。しかも切り身の値段の10分の1。マグロもトロの部分は脂身なので、アルゼンチン人は買わないのだ。
日本人だけが大喜びで買うので、店員は日本人の顔を見ると「トロ?」と聞くのだ。最近はどうも中国人にもトロを買う者がいるようだから、そのうち手に入らなくなるかもなあ。

ウワバミとその友人は今夜は日系人のお宅に年越しパーティに呼ばれたと帰って行き、またもや夫婦二人きりで、12時と同時に始まった花火を眺めながら、除夜を過ごした。
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           街角風景  スペイン大使館(アルコルタ通り)
by ruriwada | 2011-01-17 01:59 | Comments(2)
2010年我が家の行く年
11月27日:
ボリビア旅行より戻る。エセイサ国際空港から市内までのタクシー料金は130ペソ。3年前は90ペソだったのに。これでも値上げは少ない方だ。2倍になった物が沢山ある。
28日
恒例の県人会の忘年会。場所は中華街にあるいつもの「フジサン」
以前は会食費はただだったが、2011年5月に県知事が來亜されるので、その接待費を貯めるために有料となった。それでも資金不足なので、各自品物を持ち寄って、ビンゴ大会も行う。
現在の県人会には1世は2~3人しかいないが、1世出身地の県がベカ(奨学金)を出して、2世、3世の若者を半年日本で勉強させてくれている。この制度をずっと続けてもらうために、県人会は知事を迎える準備にしゃかりきなのだ。
12月4日
私達の結婚44周年記念日。よくぞまあ、がまんしたものだと、自分を褒めてやりたい。もっとも、あっちも同じような事を思ってるだろうが。まあ、腐れ縁。そこで一句
「夫婦とはおなら嗅ぎあう臭い仲」・・お下品なこと言ってすんません。
午前中は7人の日系人に日本語を教え、夜はアパート裏通りのポサダにある、パタゴニア料理店「エル・サンファニノ」へ行く。トリュフを見つける豚の如く、安くて美味い店を嗅ぎ分ける天才の夫が見つけた店だ。いつも行列ができていて、なかなか入れないのが難点だが、開店10分前に行ったら、入れてくれた。
開店と同時に人がわっと入って来て、たちまち満員になってしまった。スペイン式バル(酒場)も兼ねていて、カウンターで立ったまま飲み食いも出来、持ち帰りも出来る。
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                                        エル・サンフアニノ

12日
我が家でボランティア仲間8人のパーティ。うち一人は我が家にお泊り。ブエノスアイレスから約1000kmのコリエンテスから飛行機でやって来たHさんは、自分で釣ったドラドを凍らせ、これまた凍らせたペットボトルで保冷してリュックにかついで持参。
ドラドは1メートルもの大きさの白身の川魚で味はマスに似ている。数が減って現在ではコリエンテス住民しか獲るのを許されていないそうだ。
13日
所属団体本部で随伴家族も含め、全隊員への安全対策講習会。3ヶ月毎にアルゼンチン全土に散らばっている隊員をブエノスアイレスに集め、生活上の安全についての講習会があるのだ。
パスポートの盗難も多く、その度に領事館に迷惑をかけることになるので、本部では口を酸っぱくして注意を喚起するが、アルゼンチンではいくら注意しても犯罪被害が絶えない。安全会議の翌日にパソコンをかっぱらわれた者もいる。
夜は中華料理屋で懇親会。地方から出てきた人たちはホテルに泊まり、翌日は中華街へ行って、地方では手に入らない和食の材料を買い込んで行く。地方組にとってはこれが一番の楽しみらしい。
14日
安全会議出席者の一人で我が親友の、ウワバミことKが泊まりに来た。彼女は気は優しくて純情なのだが、傍目には性別不詳。先日も女子用トイレから出てきた所をセニョーラ(ご婦人。この国のおばちゃんたちはおっかない)にどやし付けられ、「わたし、いちおう、女なんですけど・・」と言ったら、平謝りに謝られたそうだ。
昆虫学者なので職場はいつもジャングルの中。人恋しさから時々私に長電話をかけて来て、うちの亭主をイライラさせているが、夫の飲み友達でもあるので、彼女が来るのは亭主も大歓迎なのだ。
いつもより酒量が少ないので「どうしたの?」と聞いたら、昨夜、懇親会の後、二次会で明け方近くまで飲んだのだそうだ。さもありなん、やれやれ。
15日
Kとバスで中華街へ行き、買い物をするKと別れ、私はその近くに住む別の友人Nさんと別れの水杯ならぬコーヒーでデート。
Nさんは二男の進学の関係で、ご主人と長男をブエノスアイレスに残して帰国されることになったのだ。彼女は愉快な人で、いつも周りの雰囲気を明るくしてしまう貴重な存在だ。これから寂しくなるなあ。
在亜日本人の奥さん達とずいぶん知り合いができたが、2~3年ごとに別の外国への転勤を繰り返しておられるので、皆さんお子さんの教育が頭痛のタネらしい。
18日
夫は職場の人たちとブエノスアイレス大學獣医学部キャンパスでの野外ランチパーティに出かける。私も招待されたが、他に二つも用事があって行かれない。
午前中は7人の日系人に料理クラス。今日は全員の希望でお正月料理だ。子供達が巣立ってからのここ数年、正月料理など作った事がない。インターネットで作り方を調べ、事前に一度作ってみての、まさに付け焼刃。
3時からはパレルモ地区にある沖縄学生会館でセントロ日系の年末発表会。タンゴクラスは最初なので、料理クラスのみんなと正月料理を食べた後、すぐバスで駆けつける。トイレで靴と服を着替えたが、トイレはさながら楽屋裏だ。アルゼンチン人の若い女性たちが、四苦八苦しながら和服の着付けをし合っている。日本語クラスの子達で、劇に出るらしい。
タンゴを習いたての頃は、まさにダンゴ虫がコロコロ転がってるようなものだったが、そのうちアヒルの尻振り状態になり、3年目の今は何とかタンゴらしきものを踊れるようになってきた。
さて、笑顔一杯で舞台に出たまではいいが、観客の顔が目に入ったとたん、顔も体もガチガチ。見ていた友人は「しじゅう笑顔で素敵だった」と言ってくれたが、なあに、ほんとは筋肉が笑顔のまま固まってしまっただけなのだ。ともあれ無事終了。
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by ruriwada | 2011-01-15 09:02 | Comments(0)
11月26日(金)
ウユニは3700メートルの高地でしかも真夜中だから駅のホームはかなり寒い。駅舎には改札口がなく出入り自由なので、待合室で待つことにした。そばに座っていたおばあちゃんと、赤ちゃんを背負った(布にくるんで肩に袈裟懸けにかついでいる)若いお母さんが「どこから来た?」と話しかけてきた。
しばらくおしゃべりしてるうちに列車が到着、深夜2時過ぎだというのに大勢の観光客が下りてきた。アルゼンチンから来たのだろう。ほとんどヨーロッパ系の観光客だ。当駅で数両連結し、出発は1時間遅れの2時半になった。
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  なかなかモダンな列車なのに、トイレの穴から下の線路が見えたのには思わず笑ってしまった。窓を
  開けなくて良かった

私達の車両は二番目に料金の高いクラスで、座席が45度くらい倒れるセミ寝台だ。なかなか快適。毛布も配ってくれた。ローサの姉さんは通路反対側の隣り。ウユニの中学校の体育の先生だそうだ。
明け方、目が覚めてからの車窓には荒野が延々と続く。時折今は使われていないらしい駅舎跡を通る。たまに畑らしい土地が見えるが、乾燥しきっていて作物が本当に育つのかなあ?
塩が混じっているらしいまだらに白い地域もある。
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       こういう風景が延々と続く
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                       古い駅舎あと
突然水が見えたと思ったらフラミンゴの群れだ。かなり大きな湖(Poopo湖)が沿線に広がり、1万羽はいるかと思われるフラミンゴの大群が湖一杯に優雅な姿を見せている。丁度朝食の時間なのだろう。鮮やかな紅色を見せて飛んでるのも数羽いる。感動で胸が震えた。列車にして良かった。夫のゴネ得と言うべきか。夫のワガママにこの時ばかりは感謝感激。
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コーヒーとサンドイッチの軽食が出て、しばらくしてオルロに到着。
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                 終点のオルロ駅
駅のホームで声をかけてきたウンちゃんのタクシーで、3人でバスターミナルへ向かう。ローサの姉さんはオルロの親戚に行くのだが、Kさんから、私達のバスが発車するまで見届けてと言われたのだそうだ。
駅からバスターミナルまで約10分の間、ウンちゃんは、日本人観光客が大勢来ると言って、知ってる限りの日本語の単語を並べ立てる。
ブエノスアイレスではこう言うタクシーが一番危ないんだけどなあと心配していたが、Kさんが言っていた値段より安かった。日本びいきの人の良いウンちゃんだったんだね。
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                                      オルロの町
10時出発のラパス行き定期バスに乗りこんだが、ローサの姉さんは立ち去らない。夫が「もういいから」と言いに行っても、「バスが出るまで見届けろと言われたから」と、頑として聞かない。バスの中から見ていたら、バスが動き出すと同時に帰って行くのが見えた。何だか胸がジーンとしてきた。
アルゼンチンと違ってボリビアは白人系が少なく、ほとんどインディオとの混血なので、顔だけ見てると、日本の田舎にいるような気がしてくるよ。
午後2時ごろラパス着。Kさんが車で迎えに来てくれていて、すぐプラサホテルへ向かう。乗ってすぐKさんにケータイを借りて、N君に電話する。ラパス在住の青年ボランティアのN君と昼に会う約束をしていたのだ。
N君は「今プラサホテルにいます。朝9時ごろご到着と聞いていたのに、まだチェックインなさっていないので心配してました」だって。ホンとだよね。5時間の遅れだもの。
ロビーにはN君の他に、やはりボランティア仲間のYさんも待っていた。Kさんにお礼を言ってチェックイン。ゲゲゲ、フロントはあの意地悪ボーイだ。ま、明日はブエノスに帰るからコカ茶はもう必要ないからいいや。
部屋に荷物を置いてすぐ、N君、Yさんを誘って4人で日本料理店ケンちゃんへランチを食べに行く。夫は「高地でアルコールを飲んだらどうなるかの実験をするぞ」と称してワインとビールを9日ぶりに飲む。私もビールを一口飲んだら、頭がフラフラした。高地って酔いが早いって本当だね。
たらふく日本料理を食べ、若い二人と楽しく歓談。N君たちが1月にブエノスに来ると言うので、再会を約束して別れた。明日はブエノスに帰るのだが、ホテル出発が朝の4時なので、早く寝なくちゃ。
ベッドに入ったと思ったら、バリバリ、ドドドーンと賑やかな音が始まった。窓の下の空き地で花火が始まったのだ。10日間のボリビアの旅、最後の夜の思いがけないプレゼントだ。
ハプニング続きの旅行だったけど、楽しかったなあ。

追記: 年明けにボリビアで暴動が起こり、N君たちのブエノスアイレス訪問はオジャンになってしまった。
by ruriwada | 2011-01-10 21:59 | Comments(0)
11月25日(木)
ウユニ塩湖は南北100キロ、東西250キロ、面積は12,000k㎡で、琵琶湖の約20倍の広さだ。海抜は3700mでこれまでの停泊地で最高の高さだが、高山病の兆候はない。1週間以上高地にいるので体が順応してきたんだろうね。
今日は昼食をホテルで食べ、2時にガイドが迎えに来て、夜8時のラパス行きのバスが出るまでガイドのオフィスで待つ予定・・・のはずだった、が・・フンドシはしめてないから外れようがないが、予定はまたもや大外れ。
朝食後、夫が急に「こんりんざい、俺はバスでは帰らんぞ」と言い出したのだ。「あんなバスに又乗ったら、今度こそ脳みそが遠心分離されて脳出血を起こす」だって。
夫は体格も良く、日頃「俺は体力だけは誰にも負けんぞ」と威張ってるくせに、バスの揺れにはすぐネを上げるのだ。
「帰りのバス代払ってあるのにもったいない」と言うと「一人でバスで帰れ。俺は何日かかっても、いくら費用がかかってもいいから列車で帰る」と、まあ、日頃の貧乏根性からは考えられないようなお言葉。
うちの亭主は一度言い出したらきかない。頑固と言うより、ダダをこねてる3才児そのもの。何しろ亭主の名前はタダヒコだが、身内ではダダッコと呼ばれてるのだ。
塩湖でケンカ別れしてもしおがないし・・なあんてダジャレを言ってる場合じゃない。だいいち、何かあったら寝覚めが悪いしなあ。こりゃもう一緒に列車で帰るしかなさそうだ。
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                                   私たちが泊まった塩のホテル
フロントに聞きに行くと、オーナーが問い合わせてくれ、今夜1時半発のオルロ行きがあるって。
オーナーがガイドのローサに電話、ローサがラパスの日本人スタッフKさんに電話、Kさんから私に電話が来た。事情を話し、払い戻しはいらないからバスをキャンセルし、列車でオルロまで行き、オルロからはバスで行きたい旨伝えた。(トホホ。ああ、バス代がもったいない)
「ローサに切符が手に入るか聞いてもらう。後でこちらからフロントに電話をかける」とKさんが言う。ところがオーナーは「これから町へ買い物に行く」だって。
「電話が来る予定だけど」と言うと、「ここで待っていて、自分で電話に出てください」」と、さっさとガールフレンドと出かけてしまった。もう一人の客の日本人青年は早朝ツアーに行ってしまい、従業員は全員宿舎に戻ってしまったらしく、ホテル内は静まり返ってしまった。
フロントの隣室は土産物売り場になっていて、品物が沢山置いてあるのに誰もいなくなってしまうなんて。もっとも、車で30分以内には家一軒ないような所へ来る、そんな酔狂なドロボーなんていないだろうね。
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                                                 ホテルのロビー
退屈なのでホテル内を二人で片っ端から覗いて回ったが、物音ひとつしない無人のホテルは不気味なものだ。アガサクリスティの「そして誰もいなくなった」を思い出しちまった。時々電話が来たが、私が出ると、相手は怪訝な声で、すぐ切ってしまう。
2時間ほどしてやっとKさんから電話がきた。私がすぐ出たので、一瞬戸惑った様子だったが「え?そんな所で電話番させられてるんですか?」と笑っていた。
「今夜1時25分発の列車のチケットをローサが買ってくれた。丁度ローサの姉さんがオルローに行くので、一緒に連れて行ってくれる。真夜中の1時に姉さんが来るから、それまで事務所に置いてくれると言ってる」とのことでほっとした。
正午になったので、100メートルほど先のダイニングルームへ行ってみたら、厨房にコック兼ウェイターのおじさんがいた。ああ、良かった、人がいて。
昼食後又、無人のフロントに戻って待っていたら、昨日の酔っ払いのおじいさんが入って来た。少々きまり悪そうにしていたが、きちんと挨拶したのを見て夫が「なんだ、まともな爺さんじゃないか」だって。
自分だって酔っ払ったら何やらかすか分からんのに。まさにサルの尻笑いだね。
「トイレに行きたくなったら、ここを使うといいよ」と、案内してくれたりして、なかなか愛想が良くて親切だ。おじいさんとおしゃべりしてるうちにガイドが迎えに来てくれ、この一生忘れがたい不思議ワールドのホテルに別れを告げた。
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                                        ツアー会社事務所。隣は自宅
ウユニ市内のツアー事務所に荷物を置いて市内見物に出かける途中、地図を片手に思案中の日本人青年と出会った。「中南米を一ヶ月歩き回っている。安いホテルを探して数軒回ったが、安いところはインターネットが使えなくて」と言う。いまやインターネットは必需品だ。
ツアー会社で聞いてみたらと、一緒に事務所に戻り、ローサが調べてくれたが、ガイドブックに載ってるようなホテルは皆高い。もう少し自分で探して見ますと言う青年と一緒に又事務所を出て、途中で分かれる。
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                                   ウユニ市内
市内の目抜き通りでは大規模なフェリアが行われていた。週2回ここでフェリアが開かれるのだそうだ。一通り見て回ったが、土産物は少なく、生活雑貨が主だ。鶏類も生きたのを売っている。
エエッ?パスポートも売ってるのー? 開いて手に持ってる数冊のパスポートを目を近づけて良く見てみたけど、写真も貼ってあって、どうみても本物だよ。盗品を偽造パスポート用に使うのだろうか。それにしても堂々と売ってるとは、びっくりしたな、もう。
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                                                  フェリア
夕食はフェリア近くのレストランでピザとスパゲティを食べる。食事代を払う時、財布を見たらボリビが残り少ない。オルローからのバス代はボリビしか使えないと聞いていたので、両替屋に入る。
小さな、何だか怪しげな雰囲気の両替屋だったが、1ドル=6.85ボリビ(銀行では7ボリビ)で替えてくれた。ボリビアの人はあまりあくどい事はしないのだそうだ。すれていないのだろう。
その後事務所に戻る。事務所の隣はガイドのローサの自宅になってるらしく、しきりのドアから子供やお母さんが出入りしている。運転手はローサのご主人の弟だそうだ。10時頃全員自宅に引っ込み、事務所には二人きりになる。12時ごろ夫が「列車が早く出るかも知れないから、黙って出よう」と言い出した。
「ドアにカギをかけずに出るわけにいかない」と言っても、「それじゃ言って来い」と聞かない。自分で言いに行けば良いのに、嫌なことはいつも私に押し付けるのだ。仕方なく声をかけたら、しばらくしてお母さんが現れ、「1時にここを出るから。大丈夫」と、眠そうな声で言って、すぐ又引っ込んでしまった。
しばらくすると又夫がそわそわし始め、「本当に1時に姉さんが来るか当てにならない。列車の時間も信用できないから出よう」と言う。さすがに頭に来て
「そんなら自分で駅まで行って聞いてくれば」と突き放すと、ふくれっ面で出て行ったがすぐ戻ってきた。「野良犬がいっぱいいて怖い」そうだ。
1時に事務所の人達が起きてきて、その中の一人がお姉さんだそうで、一緒に駅に向かう。なるほど犬が何匹もウロウロしていたが、こちらが3人のせいか、遠巻きにほえるだけで寄っては来なかった。
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                         ウユニ駅
by ruriwada | 2011-01-05 22:20 | Comments(2)