ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

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5日目の9月10日は郊外の大きな小学校で150人の生徒に講演。やれやれ、サンルイス州での地方巡業?それともドサ周り?もこれでやっと終了だ。
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                        一度に150人の生徒なので、壇上で講義
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使用済みペットボトルでの工作に大喜びの子供達。アルゼンチンの学校ではあまり工作や実験が行われないと聞く
アナさんは週末を娘さん達と過ごすのでメルローに残る。Kさんは「ゴルフに行きます」と言うので、夫と二人で大学前のレストランで昼食を取った後、町中をぶらぶらしながらお土産を買う。
預けてある荷物を取りにホテルに戻ったら、Kさんがインターネットをやっていた。
「ゴルフ場が狭いのでやる気がしなくなったし、仕事が残っているので戻って来た」のだそうだ。チェックアウトは朝にしてあったが、部屋で休んでいて良いと言われ、夫はひと眠り。
私はKさんが日本へ向けて送るメールの日本語のお手伝い。コーヒーを頼んだら、今回もケーキをつけてコーヒー入りのポットを持って来てくれた。チェックアウト後だと言うのに、無料サービスしてくれたのには感激した。このホテル、シャワーなどの設備は悪いが、サービスは最高だ。
ブエノスアイレス行きのバスは夕方8時発だが、Kさんが「かあちゃんに土産を買って行かないと怒られる」と言うので、4時頃タクシーでバスターミナルに向かい、途中Kさんを下ろす。
二人でのんびり待合室で待っていたら、犬が2匹入って来て、前の座席の人がお菓子を食べてるのを足元に座ってじっと見つめている。しばらくしてそのおっさんは根負けしたのか上げていた。食べ物がなくなると犬は又行ってしまった。
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                    ねえ、ボクにもちょうだい
と、今度は2才ぐらいの子供を抱っこした若い女性が突然泣き声を上げ始めた。女性警官が2人寄って来て、色々話しかけていたと思ったら、その母子を小部屋に連れて行った。チケットでもなくしたのかな。
しばらくして、今度は薄汚い身なりの初老の男性がCDを持って私達のそばにやって来た。「ベジャ・ビスタ(美しい景色)何とかかんとか」言っているので、てっきりメルローの景色を入れたCDを売りに来たと思い、「ノー、エスパニョール」と言うと、今度は夫に話しかける。夫も手を振って「ノー、ノー」
男性が行ってしまったのでほっとしていたら、又戻って来て「kさんは来るのか?」
エエッ?「シー。・・・・あ!!博物館の・・」
何とあの手作り歴史博物館のオーナーじゃないか。
「思い出した?」と、ほっとした様子のオーナーに、あわてて立ちあがって平謝り。夫はキョトンとしてるので「博物館のオーナー」と言ってやったが、思い出せない様子。
何しろこの数日、大勢の人を紹介されたから無理もない。だいいちこの小父さん、どう見てもホームレスもどきだし、まさかこんな所に現れるとは夢にも思わなかったのだ。ビジャ・ビスタは博物館の住所だった。オーナーは「KさんにCDを渡してくれ」と言って帰って行った。やれやれ、どうも失礼しました。
その後少ししてKさんが来たので話したら、大笑いしてから、「どうしてぼく達がこのバスで帰る事を知ってたのかなあ?」と不思議がっていた。小さな町だから、すでに私達は有名人になってたのかもね。
8時ぎりぎりに、一緒に帰るエステルさんがやっと現れた。アナさんとテレサさんも見送りにやって来て、お土産を渡された。ブエノスアイレス行きミクロ(2階建て長距離バス)に乗る。座席がベッドになるカマスイートなので楽だ。私達夫婦は下の最後尾。
Kさんは通路反対側で、「ご主人のイビキがうるさいから、バス会社が一番後ろにしたんですよ」とにやにや。Eさんは2階。発車してすぐ食前酒のサービス。食事はワイン付きのチキンとサラダ。結構美味しい。デザートに大好きなフラン(プリン)があったので、夫の分も失敬。
食後、ウィスキーがいるか聞きに来たので、眠れるように頼んだが、持って来た時には眠ってしまっていたらしい。翌朝聞いたところでは夫が二人分飲んだそうだ。朝8時頃ブエノスアイレスのレティロのバスターミナル到着。あーつ・か・れ・たー。
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 地方を前の晩に出発して、早朝ブエノスアイレスのターミナルに次々到着する長距離夜行バスの列
by ruriwada | 2010-09-30 22:56 | Comments(2)
4日目(9月9日)もメルロー市内の小学校で講演。午前中に2クラス続けてやるので大忙しだ。長年会社勤めで子供に教える経験などなかった夫も、数をこなすうちに板について来た。私もゲームの点数つけやら、撮影、下準備の手伝いなどで忙しいが、孫達の年齢の子供相手なので楽しい。
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                               小学校での講演
終了後モゴテバジョの管理小屋で、皆でチキンのランチ。野菜サラダをパクパク食べてる私を見て夫が「このサラダ、どこで調理してた?」と聞くので「裏の水道よ」と言うと、「おい、止めとけ。牛のフン入り水だぞ。1月に来た時、水飲んでひどい下痢した。あの水を引いてるんだ」だって。 ゲ!モー遅いよ。
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         モゴテバジョの管理小屋
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                      この面白いガス器具で沸かしたお湯でお茶を飲んだ
昼食後、日本から私達が持って来た鯉のぼりを、夫と通訳のkさんとで苦心惨澹しながらモゴテバジョの中に立てる。8月に帰国した時、夫が土浦市の老舗の玩具屋で、蔵の中を探して貰って買ったもので、財団20周年記念のお祝いに寄付したのだ。
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財団のメンバーからは花束が財団理事長のアナさんに贈呈され、鯉のぼりの下で記念撮影。それがすむと、Kさんは滝を見に山登りに出かけ(滝はモゴテバジョ内だが、ここからは上るルートがない)、他の人達はモゴテバジョの中腹にある「牛のフン入り」水源地を見に行く。
水源地の周りには新たに柵が作られていた。ああ、良かった!お腹は大丈夫だろう。
水源地の少し上に古代人の住居跡の石積みが残されている。海抜1,500メートルのこんな不便な所に人が住んでいたのだ。水が湧き出しているからだろうか。財団ではここにリャマを放牧して増やす計画なのだ。
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                   古代人の住居跡
皆に別れてホテルに戻ってから近辺を散歩。ホテル下の道路にミニキオスコがあり、店主の小母さんが犬を散歩させていて、「あんた達は何をやろうとしているのか?」と根掘り葉掘り聞いてくる。
モゴテバジョの広大な山地は何十年もの間ほったらかしで、地元の住民たちは勝手に出入りして、あたかも自分達のものかのように使って来た。それが急に持ち主が現れ、しかも公園にして入場料まで取るようになったので面白くないのだ。
半年ほど前には放火騒ぎまであったとか。夫は後でそのキオスコにビールやミネラルウオーターを買いに行き、その小母さんと友達になったそうだ。これもボランティアの仕事?
アナさんはふだんはブエノスアイレス市郊外に住んでるが、この町に別荘があり、全員をアサドパーティに招待してくれた。
家に着くとアナさんの娘婿が広い庭でアサド(焼き肉)を焼いていた。婿さんはビニール製プール製造会社の若い社長で、一家は近くに住んでいる。庭にキツネが数匹やって来た。アサドの臭いに釣られたのだろう。キツネは遠くから見ると犬にしか見えない。野生だが地区の住民たちがエサをやるので、人家の庭にやって来るのだそうだ。
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                        アサドの匂いに釣られてやって来たキツネ達
しかしパーティに呼んで下さったのはいいが、他の人達は皆数人毎に盛り上がって会話に熱中。スペイン語の下手な私達夫婦は全く蚊帳の外で、ただ黙々食べるしか能がない。
アメリカでも何度もパーティに呼ばれた事があるが、アメリカの知人達は気を使って絶えず話しかけてくれたのだが・・
どうもアルゼンチン人達はしゃべる事に夢中で、他の事にはあまり気が回らないようだ。娘さん夫婦の子供は3人いるが、退屈しのぎに10才の長男に、ノートを破いて風船とツルを折って見せたら大喜び。折り方を教えて上げたら器用に折るのでびっくりした。
食事の後、娘さんが送りがてら新築中の家を見せに車で連れて行ってくれた。現在も持ち家があるのだが、山の中腹の広大な土地に堂々と聳え立つ大豪邸だ。
kさんの話では「建築費は日本円で4億円はかかってますね」だって。ショック。日本のちっぽけな我が家が眼に浮かんだ。なんで日本の貧乏人達が、こんな大金持ちの住む国のボランティアをしなくちゃならないのかねえ。大いに疑問だよ、まったく!
私達夫婦は夜中の12時頃ホテルに戻ったが、Kさんはアナさんから頼まれ、日本の銀行に問い合わせの電話をかけに行き、ホテルに戻ったのは真夜中2時過ぎだったそうだ。
やれやれ、早寝早起きの雑穀草食民族の日本人にゃ、この夜行性でタフな肉食民族との付き合いは大変だ。
by ruriwada | 2010-09-26 23:06 | Comments(2)
朝9時からメルロー大学で講演。夫の講演がすんだ後、軽食とコーヒーの休憩をはさんでkさん自身の講演がある。全くお恥ずかしい話だが、トイレに行った時、便器が汚いので中腰で用を足したら尿が回って下着がびっしょり。
外でお尻を乾かしていたら、Kさんが「人数が少ないから出て下さいよ」と呼びに来たので、さあ困った。「そんなこと、しりません」」などとダジャレを言う訳にもいかないから
「スペイン語だけでしょう?聞いても分からないし、眠くてしょうがないから」と、苦しい言い訳をして町中をブラブラ。サンルイス州はオニックス(メノウ)の産地なので、オニックスの小品を買った。100ペソを出すと、女店員がブエノスアイレスではお決まりの、偽札チェックもせずお釣りを寄こす。
「偽札チェックしないのね?」と思わず聞くと、「だって、そんなことしたら、お客様が気を悪くするでしょう」と笑ってる。
ホントはそうなんだよね。ブエノスアイレスが異常なんだよね。ここは良い所だなあ、ほんと。
終了後、アナさんが皆を手作り博物館へ連れて行ってくれた。当地に入植した農民達の当時の生活ぶりが、手作りの人形や家畜達で詳細に再現されていたり、年代毎の農耕用のトラクターや機械器具類の精巧なレプリカが陳列されている。
全て廃品を利用した、オーナー手作りの作品だそうだ。あまりの見事さに全員うなってしまったが、「これはアートではありません。歴史博物館です」と入口に明記してある。
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               オーナー手作りの歴史博物館
入り口にある実寸大の農夫像はオーナーの祖父の入植当時の姿だと言う。靴を毎日左右取り替えて履いて長持ちさせたと聞いて、思わず笑ってしまった。
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                           入植当時の祖父の実際の姿だそうだ
裏が工房と住まいになっているが、住居の方はちっぽけなLDKで(おまけに汚い)、そこから下りる階段の途中にトイレ、地下に粗末なベッドが置いてある。入場料は一応無料だが、入り口に募金箱が置いてある。
寄付だけで食べて行けるのかと、他人事ながら心配になったが、何と、近くに大きな農園を持ってる大金持ちだそうだ。外見はどう見てもホームレスの、この愉快でユニークなおっさんに別れを告げ、モゴテ・バジョに向かう。
モゴテ・バジョとは鹿毛の馬の山と言う妙ちくりんな意味だ。75万坪と言う広大な敷地の大半が白い雲母や花崗岩の岩山で、枯れ葉と岩が丁度馬の斑点に見えるからつけられたのだそうだ。
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                             モゴテ・バジョ
この公園の一角に民間人のレストランがあり、沢山の動物を放し飼いにしている。その中の牛たちが、公園内の水源にフンをするので、財団側が境界に囲いを作った事からぎくしゃくし、昨年10月に訪れた時には険悪ムードだった。
そのレストランで皆で昼食をとると言うから、きっと仲直りしたのだろう。夫が「地元と上手くやらないと成功しないよ」とアドバイスしたのが功を奏したのかも。
昼食後ホテルに戻りコーヒーを注文したら、女性従業員が二人分のケーキもつけてポット一杯のコーヒーを部屋まで持ってきてくれて、お金はいらないと言う。
数百人は泊れる大きなホテルで夏場は満杯になるそうだが、時期外れの今は私達を含めて3~4人しか泊っていないようだ。従業員は例の話好きのおじいさんマネージャーと2人の若い美人の計3人だけの、実にアットホームなホテルだ。
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                    私達が泊まったリンコン・カナディアル・ホテル
夜8時からはメルロー市議会館で講演。ゴミ問題は市にとっても身近な大問題だから市会議員ほぼ全員が出席して皆熱心だ。2時間の予定が質問攻めで、終わったのは夜11時。皆がこれから食事とカラオケに行こうだって。ふえー、かんべんしてよ。こんなタフな連中につき合ってたら、体がいくつあっても足りないよ、まったく。
「私達は疲れているからホテルに戻る」と、さっさとタクシーを拾いに歩きはじめたら、「カラオケに行く」と張り切っていた通訳のkさんも、外国人を二人だけで深夜の街に放り出すのは気が引けたのか、自分も一緒に帰ると言う。
Kさんが途中でタクシーを停めて、パンチョ(ホットドッグ)を買ってくれ、タクシーの中で食べる。これが今夜の私達の夕食。
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                         メルロー市議会での講演
by ruriwada | 2010-09-23 09:48 | Comments(2)
早朝散歩をしていたらバスが着き、人が大勢下りて来た。キャンパス内で働いてる人達だそうだ。彼らの給料では車は買えないし、たとえ買えても、アルゼンチンでのガソリンの値上げが著しいので、バスがもっぱら庶民の足なのだ。
9時からラプンタ大学の教室で小学生22人に「ゴミの分別とプラスティックで遊ぼう」の講義。しばらくして高学年の子が大勢入って来たのでびっくりしたら、他の課外授業の子供達が間違えたらしい。
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                 アルゼンチンの公立の小中学生は皆白衣を着ている
終了後、大学で紙のリサイクルをやってるところを見て欲しいと言われる。構内の一角に工房があり、使用済み紙を溶かしてメモ帳等を作っている。和紙の手漉きと同じ方法だ。完成品も和紙のようだ。ペットボトルで作った作品類もある。
夫がわざわざ教えに行かなくても、自分達で近隣の子供たちを集めて教育すれば良いのにね。
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終了後、大学当局のインタビューを受ける
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ラプンタ大学では使用済み紙を再生して販売している。私達にはノートをプレゼントして下さった。
午後4時からサンルイス大学で今度は成人向け講義。夫は準備があるのでKさんと荷物を乗せて先に行ってもらったが正解だった。何しろ小さな町だからタクシーの台数が少なくなかなか来ない。20分はかかるのに来たのは4時。
着いたらもう講義が始まっていた(アルゼンチンにしては珍しく定刻に始まったらしい)。皆熱心で、講義の最中にしきりに質問してくる。ここでも終了後には大学当局のカメラインタビュー。
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             サンルイス大学
一休みする間もなく、8時発のバスでメルロー市に向かう。3時間位と言われていたのに、到着したのは真夜中12時少し過ぎ。向かえに来ていた現地責任者のテレサさんがサンドイッチを差し入れてくれた。
他の人達はアナさんの別荘に泊るそうで、kさんと私達夫婦だけ、夫の所属する団体が所有する自然公園「モゴテ・バジョ」に隣接するホテル「リンコン・カナディアル」に向かう。
ホテルに着いたが入口にカギがかかっている。しばらくベルを鳴らし続けたら、おじいさんが出て来た。マネージャーらしいが他には誰もいない。kさんとマネージャーが長話を始めた。最初は遅く着いたので怒ってるかと思ったが、そんな風には見えないし、どうも自分の事を色々言ってるようだ。
ひとしきりまくし立てた後、やっと部屋のキーを渡してくれたが、kさんの話では
「彼はこれまでの自分の経歴と現在の状況を全て話したのです。余程会話に飢えているらしい」だって。
まったくもう、こっちはまぶたがくっつきそうに眠いっちゅうのに!
ラプンタもそうだったが、メルローも星が実にきれいだ。天の川もはっきり見える。
それにしても連日深夜の到着では身がもたないよ。
by ruriwada | 2010-09-21 21:15 | Comments(0)
サンルイス①
2日に灼熱地獄の日本からブエノスに戻り、まだ時差ボケも治っていない6日、12時50分発の飛行機でサンルイス市へ向かった。搭乗者ゲート入口のX線検査で、夫がポケットにケータイを入れていてブザーが鳴った。全身スキャンの最中、通訳として同行のKさんが「彼は日本のテロリストです」と言い出した。
Kさんは四六時中冗談ばかり言ってる日系人だ。アルゼンチンだから係官の苦笑いですんだけど、アメリカの空港だったら即逮捕だよ。これじゃ先が思いやられるよ、全く、もう!
1時間半程でサンルイスに到着。飛行機を下りたとたん、Eさんとばったり。Eさんも同じ飛行機に乗っていたのだ。彼女はアルゼンチン経済界大物の秘書だが夫の職場の経理も引き受けている。小さな飛行機だし、相撲取り見たいな体格の女性なのに、気がつかなかった。
夫の上司のアナさんが空港に迎えに来てくれていて、2台のタクシーでサンルイス市の隣町のラ・プンタ大学へ向かう。今夜は大学のゲストハウスに泊るのだ。ラ・プンタ大学は数年前に出来たばかりで、陸の孤島の様な原野の中にぽつん、ぽつんと大学の設備が点在している。
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                 ラ・プンタ大学のキャンパス
ラ・プンタは街全体が建造途上中で、建築中の家が沢山見られ、道路も半分はまだ未舗装だ。ラ・プンタ大学は学生数が400人程で、ほぼ全員が寮住まいだそうだ。食堂は構内の2カ所だけ。遊びたくても最寄りの町まで車で30分はかかるから、勉学に専念するにはもってこいだ。
大学のカフェテリアで昼食後、皆でサンルイス州の州庁舎へ。州庁舎も新築間もなく、丘の上に豪奢な建物が聳えている。サンルイス市の郊外には似たような家がびっしり並び、一大団地の景観。州政府が建てて売りだした家だそうだ。
アルゼンチンでは黒字の州は4つだそうだが、サンルイス州はその一つで、金持ちの洲なのだ。
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        右手のピラミッド様な建物が州庁舎
今日は州の主催の環境問題関係者の会議で、私達もこれに出席。終了後はソフトドリンクとエンパナダ、サンドイッチ、カナッペのパーティ。
パーティ後、テレビ局でキャスターと、夫の職場の人達及び大学関係者とのインタビューの生放送があるそうで、テレビ局に向かう。
9時からと言うので8時半頃から待っていたのに、副知事とのインタビューと、州議会会員達との討論会が飛び入りであり、こちらは後回しにされ、始まったのは11時。
奥さんも出てと言われていたので、めかしこんで行ったのだが、いざ本番になると5人分しかイスがなく、私とEさんは見物していてくれだって。がっかり。
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                            テレビ局内
でも、テレビ局内を見るのは初めてなので興味深かった。終わったのは真夜中過ぎ。タクシーで大学のゲストハウスに向かったが、何と運転手が道に迷ってしまった。道を聞こうにも周囲には家一軒ない。昼間大学へ向かった時カテドラル前を通った事を思い出し、運転手に言うと、「あ、分かった」
全くもう、しっかりしてよ。あんたの地元でしょ!
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ブエノスアイレスのを真似て最近作られたというカテドラル
部屋に戻ったのは真夜中1時近く。腹ペコのままベッドに横になっていると、別のタクシーで戻ったアナさんが、市内で買ってきたサンドイッチを差し入れてくれた。たちまち眠気も吹っ飛んでガツガツ食べる。
by ruriwada | 2010-09-16 22:17 | Comments(1)
アルゼンチンに戻って3日目の今日は日曜日。10日ぶりの晴れで気温が17℃。近辺の公園は人でいっぱい。ラプラタ川には無数のヨットが浮かんでいる。ブエノスアイレスにはもう一足早い春が訪れたのだ。
時差ボケでボケーっとしてると、窓の外がやけに騒々しい。クラクションがけたたましく鳴り続けてるので覗いてみると、片側6車線のリベルタドール大通りを100台位の自転車が占拠して走っている。しかもノロノロ、ジグザクしながら。
自転車群の背後は当然、車の大渋滞だ。自転車用の道路を作れと言うデモンストレーションだと聞いたことがあるが、迷惑もいいとこ。
地下鉄も相変わらずのスト続き。物価は昨年より30%上昇とか。もっとも政府の発表ではもっと少ないけどね・・
良く暴動が起きないものだと感心してしまうが、サッカーでうっぷんをはらしてるのかもね。
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あしたから1週間、サンルイス州へ、夫の仕事に同伴して出かけるね。ブエノスアイレスから西北へ約800KM。避暑地として有名な所だよ。
by ruriwada | 2010-09-06 06:32 | Comments(0)
いやー日本は暑かった。帰国前から「もうしょ、もうしょ」と驚かされていたけど、ほんと、
もう、しょーがないほど暑かったねえ。9月1日に灼熱の地獄から逃げ出して、冬のアルゼンチンに戻ってほっとした。
今回初めてコンチネンタルを利用したけど、アメリカで荷物の出し入れしなくていいから楽だねー。乗務員もわりと親切で、あまりうるさいこと言わないし。でも乗務員がしょっちゅう配膳室で飲んだり食べたりしてるんで、おかしかった。
2日の朝9時にブエノスアイレスの空港に着いたら、大雨。レミス(ハイヤー)の運転手の話だと、雨が1週間続いてるんだって。南部じゃ洪水だそうだ。
高速道路の料金所でクラクション鳴らし競争が始まり、夫が「これぞアルゼンチン!」と叫ぶと、運転手が「シー、シー」
エコノミーで24時間のフライトはさすがにしんどい。4時頃、ちょっと横になったら、翌朝8時まで眠っちゃったよ。
10時半には通訳のkさんがやって来て、夫と講演の打ち合わせ。月曜(6日)から1週間、サンルイス州へ出張の夫の手伝いで同行、と言う訳で、相変わらず忙しいアルゼンチンでの生活の始まり、始まり。
by ruriwada | 2010-09-04 06:43 | Comments(0)