ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

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ポルターガイストの住みついてる我がアパートにあって、唯一順調に動いていたテレビが昨日(7月28日)昼頃からつかなくなった。画面に「サービス停止中」の表示があるのを見ると、テレビの故障ではなく、どうやらケーブルに異常があるようだ。
案の定、我が家のインターネットはテレビと一緒だから、夫のパソコンはインターネットがつながらない。私のパソコンは・・?? つながってる。そんなバカな!
先日とうとう漏れ電波も使えなくなってオスカルに電話したら、「インターネット会社に電話したら、直ったはずだからと言うんで安心してた。ごめんね」と、飛んで来てくれた。そしてケーブル会社と、私の通訳付きで(オスカルは日本語を話せるが読めないので、私のパソコンの文字をスペイン語に通訳しなくちゃならいのだ)やり取りしながら、新しいネットワーク名をもらい、保存して、やっとこの問題ともケリがついたと思っていたんだけど・・
どうして私のだけ使えるん?と、接続先を開いてみたら、何と新たに作ってもらったネットワーク名が消えて、以前の漏れ電波に勝手につながってるじゃないの!
一体全体どうなってるの?ケーブル会社はネットワーク名が消えたり出てきたりするのは私のパソコンの問題だって言うけど。
私のはNECのビスタだけど、誰か教えてチョーよ。母コンピュータが接続不能の時は、Wifi使ってると、コンピューターが勝手に接続先を探してつながるの?
おまけにこれもしばらくしたら消えてしまって、元のもくあみ。アナログ人間の私にゃ、さっぱり分らん。

話を戻すと、テレビも夫のインターネットも今朝(29日)も使えない。で、いつもの如くポルテーロに聞きに行った。「あの、テレビが・・」と言いかけた途端、にこにこしながら、「シー、シー、このビルのケーブルが古くなったので全部新しいのと交換している。早くて今夜、明日の朝までには直るだろう」だって。
ん、もう!そうならそうと早く知らせてよ!ドアの開け閉めだけがあんたの仕事じゃないでしょ!と怒鳴りたいところをぐっとがまん。ならぬ堪忍するが堪忍。ホント、こんな国に4年もいたら、帰国する頃にゃ、私しゃあ、神様みたいに辛抱強くなっちまうね。
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ところで来月8月4日から1カ月、日本に一時帰国だよ。そんな訳で、私の「日本語と日本料理クラス」の生徒さん達が、24日に[Tancat]でランチを御馳走してくれた。タンカットはサンマルチン広場近くのパラグアイ通りにあるスペインパブ。スペインではタパス、アルゼンチンではピカンテと呼ばれる、いわば日本のおつまみがカウンターにずらり並んでる。
魚介類が多く美味しくて、私のお気に入りのパブの一つだよ。少々お値段が高めなんで滅多に行けないけどね。
by ruriwada | 2010-07-30 21:44 | Comments(1)
7月のセイボ会はレコレタ地区のキンタナ通りとモンテビデオの角の「Pur Sang」で「アミーゴの日パーティ」要するにアミーゴ達が集まってワイワイ騒ぐパーティ。
Pur SangはPurasangre (サラブレッド)からつけられた名で、有名なサラブレッドのオーナーが私邸を改装してパーティ会場として使われている。
中に足を入れた途端、そこは中世の貴族の世界。いや、キンタナ通りに面した入り口から、と言った方が正解かな。
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                        Pur  Sang の外観と看板
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                        一歩中に入ると別世界
早く着きすぎたので、マイクのテストをしている小父さんとおしゃべりしていたら、この小父さんがマイク持って急に歌い出した。それがめちゃ上手いんで、
「すごい。本物の歌手みたい」とお世辞を言ったら
「本物の歌手です」だって。ゲッ!
照れ隠しに「写真撮っていい?」と聞いたら、「一緒に写してもらおう」だって。実に愛想がいい。てな訳で、一足お先にホンモノの歌手さんとツーショット。へへへ
持ち歌を聞いたら、フランクシナトラとかエルビスだって。ランチの最中に歌手さんが歌い出したんで、2曲くらい終わった所で、
「エルビスのラブミーテンダー歌ってくれる?」と、どこに行っても物おじしない、ま、早い話が図々しいオバタリアンの私が頼みに行くと、快く歌ってくれた。
しかもラブミーテンダーの歌詞の所では、私のすぐそばまで近づいて、私の顔を見ながら歌ってくれるサービスぶり。隣の席のKさんが「何だか、あなた専用の歌手みたい」と羨ましがることしきり。
さすがの図々しいオバタリアンもすっかり舞い上がってしまった。
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                        準備中のパーティ会場
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                        素敵なおじ様歌手とツーショット
食事の後はプレゼント交換。続いて、この素敵な小父さま歌手の歌でサロンはディスコ化。
幹事さん達が用意してくれたパーティグッズを頭に被ったり、首に下げたり、笛を吹き鳴らしたりしながら、日頃おしとやかな(?)な奥様方もほとんど全員踊りまくる。
本当に楽しかった。若い人達がディスコに行きたい気持ちが分かるなあ。
シャンペンをグラス4杯飲み、しかも踊りまくったので、さすが最後はへとへと。それでもその後、バスに20分乗って、ちゃーんとスペイン語の勉強に行ったのだからえらい
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                        やまとなでしこ達も大変身
by ruriwada | 2010-07-28 02:31 | Comments(2)
今月のパレルモレディースはパレルモビエホ(古いパレルモ)の「エル・フランセス」
ゴリッティ通りとタメス通りの角にある。パレルモビエホは古い石畳の残る閑静な住宅街で芸術家の多い地区だ。ブエノスのソーホーとも呼ばれている。
新進気鋭のアーティストやデザイナーの、モダンで個性的な店が数多く、また、おしゃれなカフェやバル(バー)が多いのでも有名な一画だ。
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                            「エル・フランセス」
前回滞在した2年間(2006年10月~2008年9月)はサンタフェ通り3936に住んでいたが、サンタフェ通りから数ブロック入った辺りがパレルモビエホなので、週末には良く散歩したものだ。
あちこちのミニ広場では絵描きさん達が大勢、自作の絵を並べてたむろしていて、自分の絵の前で立ち止まって見る人がいると寄って来て作品の説明をしてくれる。何人かの絵描きさん達と話したが、皆純朴な若者だった。
昔セントロ(5月広場周辺)で黄熱病が大流行した時、サンテルモやボカ地区の金持ちはこぞってこのパレルモビエホに逃げ出し、逃げ出したくても逃げる金のない底辺の人達だけが残されたと言う。住人が逃げ出した豪邸はやがて高級娼館となり、今ではタンゲリアやブティックホテルなどになっている。
              今回はパレルモビエホのゴリッティ通りの街並み
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ところでつい最近、アルゼンチンではゲイカップルの結婚を認めるか認めないかで議会は大紛糾。5月広場では連日賛成派反対派のデモで騒がしかったが、ついに認められた。サンテルモにはゲイ専用、レスビアン専用のホテルもあるそうだ。
ブエノスアイレスにはホモカップルがいっぱいいるらしい。
知人のアルゼンチン人男性が、「この国では女性が強いので、男性が早死にする」って言ってたけど、物心ついた頃からレディファーストを叩きこまれて、女性崇拝どころか女性恐怖症が高じてホモ化しちゃうのかも・・
by ruriwada | 2010-07-26 23:40 | Comments(0)
アルゼンチンに居る間に、せめて一曲でもタンゴの歌詞を覚えようと、タンゴ歌詞の本を買った。日本でもお馴染みのカミニートやクンパルシータも載っている。
意味が良く分からないと雰囲気がつかめないので、インターネットで調べて見た。カミニートは「恋人とよく歩いた小道(カミニート)。恋人が去ったのでつらい日を送って来た。自分も恋人の後を追って行くことにしたので、愛するカミニートに別れを告げに来た」と言うものだ。
良く言えばロマンチック。悪く言えば、失恋男の女々しい嘆きの歌。ふんふん、タンゴが演歌に似ていると言われる訳だ。
さてと、私の大好きなメディア・ルースは・・和訳名は「淡き光に」か。何ともロマンティックな響き。
コリエンテス384番地、愛のカクテル、ピアノ、すすり泣く蓄音器、答える電話、キスにダンスにシャンペン・・・ロマンティックなイメージをかきたてる言葉が続く・・部屋には何でもある・・なぬ?コカイン?
気になって歌の背景を調べて見た。げえ!何だこりゃ。コリエンテス384番地は高級娼館じゃないか。
要するに大金持ちの助平男が高級家具に囲まれた部屋で、高級娼婦と密会して愛のひとときを過ごすと言うものだったのだ。ピアノも蓄音機も電話も当時の庶民には手の届かない超贅沢品。第2章に至っては、その娼婦館の宣伝だ。
「心配しないでお電話下さい。この部屋にはあなたの欲しい物は何でもあります。コカインまで(当時はコカインは合法だったそうだ)」だって!
まったく退廃そのものじゃんか。がっくり。あ~あ、知らなきゃよかった。やっぱし、タンゴは曲だけ聞いた方がいいのかもなあ・・
コリエンテス384番地は5月広場近く、5月25日通りとレコンキスタ通りの間だ。レコンキスタ通りは1年半前に一般道路を歩行者専用道に改装し、サンマルティン広場からコリエンテスまでの両側に、ずらりレストランやバーが並ぶ飲食店街だ。、アイリッシュバーなどバーも何軒かある。うわさによると、女性はこわくて入れない、マッチョなバーもあるとか・・ガウチョのオジサン達でもたむろしてるのかなあ。
で、今日はそのレコンキスタ通りを紹介
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      こんなレストランに入ったら、身ぐるみはがれそう
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by ruriwada | 2010-07-21 22:49 | Comments(2)
我が家のポルターガイスト電子レンジについては前に書いた。新品の電子レンジは好調だが、代わってWiFi(無線)と電気が狂いだした。夫のパソコンはケーブルで、私はWifiでインターネットをやっている。
ある日突然無線がつながらなくなった。パソコンの接続先リストを開けて見たら、一番上にあったはずの夫のネットワーク名が消えている。
その時は我が家のお助けマンことオスカルが駆けつけてくれて、2時間ぶっ続けで電話を掛けまくったあげく、インターネット会社が操作ミスで消してしまった事が分かった。その後数カ月は順調だったのだが、2カ月前に又消えた。
弱い漏れ電波を使っていると、ある朝「インターネットは接続されてません」の表示。ネットワークを開けて見ると、強い電波を出している「セキュリティー無効」の新しい名前がリストの一番上にある。これにつないだらすぐつながった。
丁度、パソコンに詳しいアルゼンチン人の友人が来たので話したら、「これは2~3メートル以内から出ている電波だ。きっとマリド(ご主人)のだろう」と言う。
「でも名前が違う」と言うと
「ネット会社の担当者が移動になると、新任が勝手に名前を変えてしまうことがよくある」
ええっ!まさかそんなことってありい?
因みに同じ日、スペイン語の先生のWifiもご主人のパソコンから消えてしまったそうだ。この新しい名前も消えたり又出てきたり。ここ2週間ほどはちゃんとつながってるが、果たして夫のかどうか確信がないので、セキュリティ設定ができないまま使っている。
インターネット問題が一応片付いたら、今度は電気。10日前の夕方6時、突然の停電。ポルテーロに聞いても、原因も回復の時間も全く分からないというつれないご返事。2時間ほどして同じアパートで点いてる家がある事に気がついた。ポルテーロに又聞きに行くと、「この建物には電線が2本入ってるから」
10時半まで待っても点かないのでベッドに入ったが、真夜中1時にやっと電気が点いた。それにしても片側だけとか、上下半々とかなら分かるけど、点いてる家が左右、上下、ランダムなのだ。よほどいいかげんな配線になっているらしい。
そして極め付きはエレベーター。夫が外出しようと、地階のボタンを押すと、エレベーターは2階で止まり下へ行かない。階段は裏口のサービス用エレベータのそばにしかないから、下りれない。
仕方なく又9階の(我が家の)ボタンを押すと、今度は11階まで上って止まった。おまけに電気も消えてしまった。まっ暗いので非常用ボタンも押せない。途方に暮れていると電気が点き、やっと正常に動き出したと言う。ポルテーロが気がついて直してくれたのだそうだ。
1昨日も私が家に帰るのに乗ろうとしたら、エレベーターが下りて来て止まったが、ドアが開かない。ポルテーロが色々やってくれたが直らないのでサービス用エレベーターで上った。ところが、勝手口のカギは持っていない。
夫がいるはずなのでベルを押したが、ベルがならない。ドンドン、ドアを叩き続けてやっと夫が気がついて開けてくれた。
その後もメインエレベーターは動いたり故障したりしていたが、7月16日(木)ついにご臨終。朝から修理してるが、今日中には直らないそうだ。
やっぱり、このアパートにはポルターガイストが住みついてるんじゃないかなあ・・
  先日私が住んでるリベルタドール大通り1100~3100(2km)番地を歩いたので、今日はリベルタドールの街並みのご紹介            
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                 アパートすぐそばの公園
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                 国立美術館(我が家から200メートル)
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                 装飾博物館
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               おや、聞いたたことがあるような店だなあ
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             リベルタドールの歩道はおしゃれな所が多い
by ruriwada | 2010-07-17 05:32 | Comments(2)
7月9日(金)はアルゼンチンの独立記念日。テレビでパレードを流していたので、午後から夫と5月広場へ行って見たが、何もやっていなかった。午前中で終わってしまったのかな?それとも他の場所?
夫が「地球の歩き方」を持参して、ついでに5月広場周辺の名所でまだ行っていない数カ所を見たいと言う。と言う訳で今日は二人だけの市内ツアー。
先ずはカフェ・トルトーニ。私は入ったことがあるが、夫はブエノスに3年近くも住んでるのに、まだ行った事がないどころか、場所も知らなかった。
「ブエノス最古のカフェを知らないでは大きな顔が出来ないから、今日は絶対入るぞ」と、大いにはりきっていたのだが、行って見ると行列が出来ていて、老ボーイが入店制限をやっていた。
あきらめて「光明の家(マンサナ・デ・ラス・ルセス)」に行き中に入ってみたが、学校の教室みたいな感じで、係とガードマンの二人しかいない。お二人さんは話しに夢中で、こちらには目もくれない。これを幸い、二人ともトイレを拝借してすぐ退散。
光明の家は100メートル四方のマンサナ(1区画)全部に亘る広大な建物だ。一回りしたら、正面入り口は反対側にあり、今日は休館日だった。昔はこの中にブエノス大学の前身の学校、下院議場などがあり、ブエノスアイレスの文化の中心地だったことからつけられた名前だそうだ(ルス=光)。
この後、5月広場のカビルド(市議会)へ。現在は博物館になっているが、ここのテラスで独立宣言がなされたのだ。ここも行列が出来ていたが、10分ほどで入れた。
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                  夫も私からの独立宣言?
次に元大統領バルトロメ・ミトレの私邸あと博物館へ回ったがここも閉館。遊歩道のラバジェ通りに出たら、また首なし人間がいた。前回見た2人は実に巧妙で、どこに首があるのか全く分からなかったが、今度のは背広の腕から首の部分までが長く、しかもワイシャツの襟の辺りが膨らんでいて、いかにもここに首がありますってな感じ。前のはプロで、今度のはきっとパクリだろう。
ラバジェでは10才位の少年が半分閉まった店の前でウロウロしている。見ていたら、私達の顔を見てにやりとしてから、棒を中に突っ込み、お菓子を下に落として、さっと手を入れて引っ掴むとすまして立ち去った。白昼堂々と、しかも人が見ている前でとはたいした度胸だ・・・おっと、感心してる場合じゃない。
後で知ったが、10才以下は罪に問われないので、親が子供に盗みをさせるのだそうだ。
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      右側のピンクの建物が大統領府(5月広場)
アパートから100メートルの、アヤクーチョとポサダの角まで来た時、反対側角のレストランの外テーブルで男二人の取っ組み合いが始まった。テーブルとイスが倒れ、その上に二人とも倒れ掛かってテーブルも椅子も脚が折れた。
あっけにとられて見てると、大きな怒鳴り声がしたと思ったら、一人が脱兎のごとく逃げ出した。あっと思った瞬間にはもうどこにも見えない。女性がハンドバックの汚れをはたきながら店に入って行った。外テーブルに座っていた女性のハンドバックを、男が引ったくろうとしたのをボーイに阻止されたらしい。
ポルテーロに話したら、男が逃げて来て、エンジンをかけて待機していたバイクの後ろに飛び乗って走り去ったそうだ。これがアルゼンチンの悪名高いモトチョロだ。
モトチョロはオートバイに二人乗りの引ったくりで、一人が引ったくり役、もう一人はエンジンをかけたまま待機している。おもに女性やお年寄りを狙う卑劣漢で10代の若者が多いと聞く。友人の目撃談では、奪った後、バイクの上からアカンベーをしたと言う。
アルゼンチン滞在3年で初めて目の前で犯罪を目撃。しかも一日に2度も。
とんだおまけ付き市内ツアーだなあ、もう。
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                  大聖堂(5月広場)12本の柱は12人の使徒を表している
by ruriwada | 2010-07-16 09:40 | Comments(2)
ブエノスアイレスから約60キロのエスコバル市で日本語学校の生徒向けに夫の講義があるのでついて行った。バスでイタリア広場まで行き、エスコバル行きのセミラピドのバスに乗る。エスコバルまで1時間半。
エスコバルには花づくりの日系人が多く住み、9月には盛大な花祭りが行われる。ここには前回アルゼンチンに滞在した折に親しくなったkさんがお住まいで、何度も訪れた事がある。今回もバス停までkさんが迎えに来て下さり、kさん宅で昼食を御馳走になった。
夫が「帰りは列車にする。一度この線に乗って見たかったんだ」と言い出した。駅まで車で送って下さったKさんが、「本当に列車で帰るんですか?汚いですよ。バスの方が良いのでは」と心配して下さったが、頑固な夫は一度決めたらてこでも自説を曲げない。
駅のチケット売り場はホームの中にある。隣のホームへの陸橋はなく、線路の上を横切る。駅へは出入り自由で、野良犬も数匹ホーム内を我が物顔に歩き回っている。
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                 エスコバル駅構内をわがもの顔に歩き回るワンちゃん達
乗って見て納得、なるほど汚い。窓は透明プラスティックでしかもヒビが入ったり破れたりしている。天井の蛍光灯は金網で囲われている。蛍光灯が盗まれるのを防ぐためと、蛍光灯を割って暗くして強盗を働くのを防ぐためとか。
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                         蛍光灯は全て金網で囲ってある
ピストルをポケットに差した警官が2名デッキのそばに立っている。何やら不気味な雰囲気だ。走行中、焦げる臭いがしてきた。列車はディーゼルエンジンで、スピードが落ちると割れた窓から煙が入って来るのだ。
しばらくすると今度は強烈な悪臭。ゴミ捨て場のそばを通過したのだ。沿線にフォードの自動車工場があり、作業員らしい人達が10人程乗り込んで来て、デッキのドアそばでガヤガヤ。
やがて駅が近づき列車がぐんとスピードを落とすと、デッキの連中が全員隣の線路へ飛び下りて行く。何てせっかちな、乗り換え列車がすぐ来るのかな、と思っていたら、何と列車はスピードを上げて通過してしまった。
その少し先からビジャ(貧民窟)が始まり、線路際までびっしりバラックが密集していて、家の中まで丸見え。列車は止まると危険なので、徐行して乗客を飛び下りさせ通過するのだそうだ。
途中で原っぱを過ぎる時、子供が数人駆け寄って来たかと思うと、いっせいに列車に向かって石を投げ始めた。ビジャの子供達が列車の窓を割るゲームをするので、乗客が怪我をしないよう、窓は全てプラスティックにしてあるのだ。
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          線路は広軌なので列車の幅が広い。座席が2席と3席で一列に5席ある。
終点で、サンマルティン線に乗り換えた時は心底ほっとした。乗っている乗客の雰囲気もまるで違う。後で日系の友人に話したら唖然として、
「あの列車に乗ったんですか?ビジャのすぐそばを通るので、ブエノスアイレスで一番危険な列車ですよ。よくまあ無事で。二度と乗らないで下さい」と言われてしまった。道理で警官が乗っていたはず。
アルゼンチンに来て一番怖い経験をした。
因みに、エセイサ国際空港に向かう高速道路もビジャのそばを通るので、たとえ車がパンクしても走り続けなければいけない。路肩に車を止めたら最後、たちまち襲われて身ぐるみはがれしまうと言う話だ。
まるで西部劇に出てくる列車強盗や駅馬車強盗の世界だよ。
by ruriwada | 2010-07-11 19:13 | Comments(1)
5月にビセンテナリオ(建国200年祭)の、国を挙げてのドンチャン騒ぎがようやく治まったと思ったら、先月から始まったサッカーのワールドカップで、アルゼンチンは狂騒の渦だった。だった、と言うのはドイツに負けてすっかり静かになったからだ。
アルゼンチンの試合のある日は、大半の店は試合中閉めてしまう。どうせ客が来ないからだ。道路もほとんど車が通らない。たまに通るバスはガラガラだ。
ブエノスアイレに限らずどこでも、広場に大きなスクリーンを設置。家にはテレビがあるだろうに大勢広場に集まって来て、空色と白(国旗の色)のストライプ入りグッズで身を固め、笛や太鼓でドンチャン騒ぎを演じるのだ。
テレビは世の中で一番大事な事はサッカーだみたいに、連日朝から晩までサッカーの話しばかり。日本で昔、誰かが「一億総白痴化」と言った事があるが、アルゼンチンではまさに国民総白痴化とでも言うべき熱狂ぶりだ。
準々決勝の対ドイツ試合の日には、アルゼンチンの熱気を肌で味わおうと、夫と二人でサンマルティン広場へ出かけてみた。広場には一番下に巨大なスクリーンが設置され、階段をはさんだ両斜面は数千の人で埋め尽くされていた。周囲には臨時の柵が張りめぐらされ、入り口で警官が大きな荷物の中身をチェックしている。
老若男女ほぼ全員、体のどこかに国旗柄の布や帽子を身につけている。試合開始前はラッパを吹き鳴らし、太鼓をたたき、紙吹雪を飛ばしてのまさにドンチャン騒ぎだ。
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中央の階段を大勢のマスコミ関係者がカメラやマイクを持って行ったり来たりして、観客の様子を写し、それが全面のスクリーンにリアルタイムで放映される。
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              夫は隣にいたへそ出し娘とツーショットでご機嫌
夫もアルゼンチン国旗柄の応援帽子を持参して被る。夫は色が黒く髪が真っ白なので日本人には見えないのか、誰もカメラを向けなかったが、夫が私に帽子を被せたとたん、何人もの報道カメラマンから写されてしまった。
きっとどこかの局のテレビで放映されて恥をさらしたに違いない。アナ恥ずかしや。
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                       私もとうとうフーリガンの仲間入り?
一点を失った時は悲鳴の渦。前半戦終了と同時に私達は広場を出て家に帰ったのだが、半数近くの人達もぞくぞく去って行く。試合運びを見て負けを予想し、家やレストランで見る事にしたのだろう。
帰る道すがらの商店はレストラン以外は全部閉まり、ドアには国旗がかかっている。道路には走行中の車はほとんどない。いつもは大渋滞のリベルタドール大通りも乗用車は皆無、たまにバスが通るが客は一人もいない。ワールドカップはまさに国を挙げての大イベントなのだ。
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   並木のこちら左側が12車線、右側が3車線の大通りが空っぽ
ドイツに負けてどんな騒ぎが起きるか心配だったが、意外にも冷静だった。と言うよりガックリ来てシュンとなったのかな?
選手達の帰国を国民は好意的に迎えたようだ。アルゼンチン人に聞いたら、「彼らは良く戦った、賞賛に値する、ドイツチームは素晴らしいゲームをした、潔く負けを認めよう」と言うことだった。
中南米の某国では負けて帰国した選手団は国民総ブーイングで迎えられたそうだが、アルゼンチン人を見直したよ。
ともあれ、町は平穏を取り戻した、じゃなく、いつもの喧騒に戻ったと言うべきか。
by ruriwada | 2010-07-08 20:58 | Comments(2)
朝食を6時半にすませ、7時にサンタクルス号とお別れ。ゴムボートでサンタクルス島に渡り、バスで40分かけてダーウィン研究所へ入る。ここでは亀達の保護が行われている。特に象亀が多い。150才位の最長老のジョージがいる。ピンタ島最後の生き残りで、繁殖を試みたが、とうとう子種に恵まれなかったそうだ。
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           最長老のゾウガメ、ジョージ。推定年齢150才。どうやって数えたんだろう?
それにしても象亀はでかい。これなら人でも乗れそう。浦島太郎が乗せてもらったのは象亀に違いない、きっと。
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                              ゾウガメ。畳一枚位ある
ウミガメは大きさ毎に子亀が分けられて飼育されていて、まるで亀の幼稚園だ。                   
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                                 ウミガメの幼稚園
 イグアナのオスが隣の囲いのメスに気があり、しきりに網戸越しに覗くがメスは完全無視。オスの涙ぐましい仕草を見ていると、思わず「グッドラック」と応援してやりたくなった。
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          ねえ、こっちに来てよー。メスの気を引こうと必死のイグアナ君
ダーウィン研究所へ日本が多額の寄付をしてると、ガイドが言う。日本のNPOの事務所を見かけたので、訪ねてみたが留守だった。
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                          島には巨大なサボテンが一杯生えている
ダーウィンの進化論はガラパゴス諸島を元に書かれたそうだ。この、地球上の他の世界から隔絶されたような島々にいると、ふと古代の世界に紛れ込んだような錯覚が起きる。
この素晴らしい世界は本当に人類の貴重な財産だ、大切に守って行かなくては。
見学を終え、バスは又、上陸した港に戻る。
この港にはペリカンが沢山いて、空に飛び上がり少し旋回したあと、急降下して嘴を水に突っ込む。そのとたん、周囲を飛び回っていた鳥達(スズメより一回り大きい)がペリカンの頭に乗る。
ペリカンは魚と一緒に海水を飲み込む。数秒クチバシを海中に入れたままじっとしていて、それから水を吐き出すのだが、その時小魚も一緒に出るのだそうだ。小鳥たちはそれを狙っているのだ。共存共栄と言うより、おこぼれちょうだいの鳥たちだ。
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                急降下直前のペリカン
この港から小型連絡船での空港のあるバルトラ島に向かう。サンタクルス島とバルトラ島間はまるで川のように近い。
小さな空港は人でごった返していた。ここからキト行きの飛行機に乗り、グアヤキルで下りる。ツアーガイドの迎えの車でウニパックホテルへ。ホテルの窓からグアヤス川が見える。機内で昼食が出たので、ホテルにチェックインするとすぐ市内見物。
グアヤス川沿いは数キロに亘ってペデストリアンデッキ風になっていて、様々な凝った造形物が立ち並んでいる。建物はケバケバしい原色が多く、まるで遊園地だ。
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                                グアヤス川沿いの遊歩道
民芸品バザールは3キロ先なので、さすが歩く元気はなく、ホテル近くのショッピングセンターに行ったが、日本のアメ横のような雰囲気で、ごたごたしていて怖い感じ。衣類や生活用品がほとんどで土産物はない。
グアヤキルは夜は危険だと言われていたので、早めに戻り、ホテル隣のモールで、エクアドル料理を食べれるレストランを探す。ガードマンが教えてくれたレストランでエビの串焼きを食べたが、美味しかった。その上格安。エクアドルは養殖エビの一大産地だそうだ。
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                       エクアドール名物のエビの串焼き
翌日のパナマ行き飛行機の出発は朝の6時半。3時にチェックアウト。昨日のガイドが迎えに来てくれて空港に向かう。空港で出国税一人28.27、計56.54ドル払う。キトから出国だと一人40.8ドルだそうだ。
パナマ空港からブエノスアイレス行きは一時間の待ち時間。のんびり構えていたら、搭乗時間をとっくに過ぎてるのに人がいない。
ゲートが変わっていて、すでに皆乗り込んだ後だったのだ。私がトイレに行ってる間に放送があったらしいのだが、夫が聞き逃したのだ。
「そう言えばそんな事を言ってた様な気がする」だと。全く頼りないったらない。
パナマからブエノスアイレス行きの座席は非常口のそばで、足が伸ばせるので助かった。何しろパナマ航空は座席の幅がこれまでで最も狭いのだ。
エセイサ空港からのタクシーは3月末には108ペソだったのが、118ペソになっていた
by ruriwada | 2010-07-07 08:47 | Comments(4)
今日はフェルナンディーナ島のプンタエスピノーサに上陸。この島は一番若い島で、溶岩だらけの黒い島だ。浜はまだ砂にはなっていなくて、細かい貝のカケラで出来ている。サボテンが所々に生えている。火山で島が出来ると、一番最初にサボテンが生えるのだそうだ。
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                     この島の海岸はまだこんな貝の砕片状態
この島でショッキングな事実を目にした。母親を失った赤ちゃんアザラシが飢え死にしかかっていて、おとなのアザラシを見かけると、必死で起き上がり側に寄って行く。おとなのアザラシは臭いをかいで、自分の子でないと分かると、さっと行ってしまう。
象亀の様な絶滅に瀕している種は人間が手厚く保護しているが、原則として動物の生死は自然にまかせてあるので、助けてはいけないきまりなのだそうだ。
理屈では分かっていても見るのはつらい。心の中で「ごめんね」とつぶやいて側を離れた。この島には海イグアナがうようよ。海イグアナは溶岩と同じ色なので見分けがつかない
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                       海イグアナは溶岩と同じ色
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左手には海イグアナと溶岩トカゲが混じっている。大きななカニも一杯いる。美味しそう..なんちゃって 海イグアナは  
海に潜って海藻を食べるベジタリアンだ。溶岩トカゲも沢山いて、イグアナの背中に乗っている。イグアナにたかるハエを食べてるのだそうだ。イグアナの子供も親の背中に乗っているが、両種とも色が同じなので、大きさで判断するしかない。
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                       イグアナの親子
今日の昼食はエクアドル高地の郷土料理。トウモロコシの皮で包んだ、アルゼンチンのウミタの様なもの、子豚の丸焼き、バナナの揚げ物など、どれも美味しい。
ブタの頭がお皿に乗っていたのでカメラを向けたら、コックさんが指を振って「まてまて」と言う。え?写しちゃいけないの?と思ったら何のこっちゃない。自分も一緒に写せと言うのだ。思わず吹き出してしまった。
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「どちらがブタ?」なんて失礼な事を言ってるのはどこのどいつだ?
午後は断崖絶壁で知られる、イサベラ島のプンタ・ビセンテ・ロカの周辺をゴムボートで巡りながら、島や海の生物を観察。ウミガメが無数に泳いでいる。世界で唯一熱帯に生息するペンギンもいる。3羽のペンギンが三角関係のバトル中、と言ってもお互い威嚇するだけ。見ていて微笑ましい。
ボートが洞窟の中に入ったら、スノーケリング組の頭がプカプカ浮いている。ここは特に冷たいそうで、全員ウェットスーツを着けてのスノーケリングだが、後で全員ガタガタ震えながら船に戻って来た。
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              サンセットを眺めながらカクテルを味わう
夕方6時頃、サンデッキでサンセットカクテルがふるまわれた。明日で船ともお別れ。沈みゆく夕日を眺めながら、イギリス海峡の小さな島国「カナルアイランド」からの一人旅の女性とダベリング。3日間船を共にするうち、自然とグループが出来て、私達はたいていこの女性と、オーストラリア人夫妻、やはり一人旅のイギリス人女性と食事のテーブルが一緒だった。
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                            船の仲間達
オーストラリア人夫妻のご主人はアデレード市の歯医者さん。待てよ、確か15年前我が家に1カ月ホームステイしたライアンは確かアデレードからで、その後歯医者になったはず・・名前を言って聞いてみたら、何と「同じ病院で働いていて良く知ってる、彼に最後に会った時、婚約指輪をしていたから近いうちに結婚するだろう」だって!
びっくりしたなあもう。本当に世の中せまい。しかもこのご夫婦、下船後はブエノスアイレスに数泊する予定だそうだ。
(後日談だが、ブエノスに戻ってから電話が来て、我が家に食事にご招待した)
まったく、人生どこでどうつながっているか分からない。
by ruriwada | 2010-07-05 09:21 | Comments(2)