ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

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キトからグアヤキル(エクアドル最大の都市)経由でガラパゴスのサンクリストバル空港へ。空港の税関で入島税一人100ドル払う。手荷物は徹底的に検査される。食べ物の持ち込みに厳しいのだ。空港ロビーの梁に大きな鳥が止まっている。早くも、楽園へようこそみたいな感じ。
客はバンに乗せ、小型トラックが客の荷物を積み込んで先に出て行ったが、積み方がいいかげんで今にも落ちそう。やっぱりラテン系の国だ。船着き場に着くと、沖にサンタクルス号が停泊し、ゴムボートが迎えに来た。ライフジャケットを着けてもらってボートに乗り込む。船着き場の階段にはずらりアシカが寝そべっているので通れず、デッキから飛び乗る。
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                           船着き場を占拠しているアシカ達
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                           サンタクルス号までゴムボートで行く
サンタクルス号は乗客約90人、乗組員50人。船に3泊の予定だ。全員が乗船すると簡単な説明の後ランチ。ランチはバイキング形式だが品数は多い。果物の種類が多い。さすが熱帯。エクアドルのバナナは有名だ。
昼食後は乗客を英語とスペイン語に組み分け。スペイン語の方が勉強になるのだが、大事な注意点が分からないと困るので英語にした。グループ名はそれぞれ鳥の名前。私達はFrigate(スペイン語でFrigat・・グンカンドリ)。島内での過ごし方、これからの予定等の説明後船室に戻り、サイレンが鳴ると部屋に備え付けのライフジャケットを身につけて甲板に集合する、避難訓練。
船はその間に、バケリソモレーノ港から少し北上して、サンクリストバル島のセロブルーホ沖に停泊。グループ毎にバンガと呼ばれるゴムボートで島に向かう。
ここから先は足を踏み入れてはいけない「STOP」と書いた小さな立て札以外、人工的な物は一切なく、紙切れ一枚落ちていない。勿論桟橋もないからボートから下りると膝まで濡れながらの上陸だ。赤道直下と言っても、ペルー寒流が流れているから水は冷たい。気候も年中25度前後だそうだ。
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                セロブルーホの美しい浜
海の色は鮮やかなグリーンやブルーで、底まで透き通って見える。砂浜は真っ白で砂漠の砂みたいにサラサラ。ため息が出るほど美しく静かな光景だ。ガイドからスノーケルをつけてもらおうとしたが、よく入らない。
ガイドが「これはあなたの口には大きすぎる。もう少し小さいのにしよう」と言ったが、本当は部分入れ歯が外れそうで、口を大きく開けられなかったのだ。しかしそんなことは口が裂けても言いたくないから、あきらめて足ひれだけをつけた。
足ひれがこんなに歩きにくいとは思わなんだ。アヒル歩きをして海に入ったはいいが、波がきたとたん、ひっくり返ってしたたかに塩水を飲んでしまった。夫いわく「当分塩分を取らなくていいじゃないか」・・・ムムム。
あきらめて浜に引き上げ、皆が嬉々として波と戯れているのを指をくわえて見物。あ~あ。浜辺では沢山のアシカがのんびり昼寝中。子供アシカも沢山いる。授乳中のに近寄ったら吠えられたが、あとは皆温和しい。
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                                  授乳中のアシカ
夕食は8時からだがその前に歓迎のカクテルパーティがあり、私はピスコサワー、夫はワインをもらう。船の食事は無論ツアー代金に含まれている。ドリンクだけは別料金だが、これは無料。大きなエビが1匹づつサービスされる。
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              クルーの紹介
カクテルを飲みながら、全クルーが勢ぞろいして紹介と挨拶。夫が「みんなここにいて、一体誰が操縦してるんだ?」と、キョロキョロ。御心配なく。船は自動操縦です。
夕食はフルコースのセットメニューで、メインは魚か肉を選べる。夫はビフテキ、私は魚。美味しかった。ビフテキは堅かったそうだ。
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                                 私が食べたメイン料理
真夜中、突然夫の叫び声。「おい、起きろ!地震だ!」
えええ???何よもう!。船が揺れただけじゃない・・ムニャムニャ・・バタン、クー
朝起きたら、テーブルの上の物が全部床に落ちていた。
船の揺れはウォーターベッドに寝てるみたいで、気持ち良く眠れるよ。
by ruriwada | 2010-06-30 20:53 | Comments(2)
昨夜の高山病がうそのようにすっきり目覚めたが、今日はさらに高地に行くので、念のためにコカ茶をペットボトルに詰めて持参。朝、化粧をしようと、チューブ入りのクリームの蓋を開けたとたん、中身が半分ほど飛び出した。気圧が低いせいだ。ペットボトルも水を一杯入れると爆発するらしい。おおこわ!
今日は市内ツアー。同行者はコロンビアのご夫婦二人。赤道直下なのに高度のせいか肌寒いぐらいだ。町行く人も殆どジャンパー姿。
キトはインカ帝国のクスコに次ぐ第2の都市として栄え、インカ帝国滅亡後、キリスト教布教の中心地として発展したのだそうだ。古い教会が沢山あり、世界遺産に登録されている。
スペイン人は土着のインディオの教育のために美術と彫刻の学校を建てたので、キトは芸術の都として知られるようになり、多くの芸術家を輩出したそうだ。
周りを山で囲まれたすり鉢状の底にあり、郊外は急な斜面で道が45度位の坂道だ。車はこの坂道を上って行くので怖い。
底部の平らな市内には金持ちが住み、高い場所ほど土地が安いので貧乏人が住んでるそうだ。標高3016メートルのパネシージョの丘上には天使のように翼を広げた大きなマリア像が立っている。
独立広場ではデモの最中。アルゼンチンじゃデモは日常茶飯事だが、エクアドルよ、おまえもか。広場に隣接する大統領府前には警官隊が立ち並んでいる。
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             大統領府前の警官隊。はるか後方の山の上に見えるのは有名なマリア像
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              大統領府の衛兵交代式を見る事が出来た。
広場では何人もの靴磨きの少年が箱をかかえて観光客の後をついて回る。夫もしつこくつきまとわれた。
しかし全体としてキトの住民は穏やかでのんびりして見える。広場中央のライオン像が鎖の一片を口にくわえている。スペインの支配から解き放たれた事を意味してるのだそうだ。
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市内ツアーの後は赤道記念碑へ。高さ30メートルの塔が立っていて、エレベーターで上ると赤道の村を360度見渡せる。
下りは階段を下りるのだが、塔は9層になっていて、各層にエクアドル各地のインディオの生活様式が部族ごとに展示されている。
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赤道をはさんで夫側が南半球、私は北半球。この後夫婦別れ?
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赤道記念碑の上から。真ん中の黄色い線が赤道を示している
昼食は又昨日と同じシーフードレストランへ。ホテルに帰る途中、けんか騒ぎ。若い女性が「パパー、パパー」と泣き叫びながら通りを走っている。日本じゃあまり見慣れない光景だろうなあ。
夕食はホテルの寿司店。3時からガラスケースの中にネタが並べられていたのだが、8時頃行っても、誰も先に食べた気配はない。あのネタ、鮮度は大丈夫かいなあ・・と思いつつ。それに日本人の寿司職人でもいるのかと思ったら、握ってくれたのはエクアドル人だった。美味しいと言ったら、嬉しそうだった。日本で就業したのか聞きそびれた。
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                  寿司職人
今日は道中ずっとコカ茶を飲んでいたせいか高山病にはかからなかった。酔い易い夫がかからないのが不思議だ。
本人いわく、「ワインで酔っぱらってるから高山病にはかからない」そうだ。
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                        エクアドル名物のマサパン人形
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ホテルフロントのデスクは全てガラス張りで中に赤い豆が詰まっている
by ruriwada | 2010-06-28 04:14 | Comments(2)
いよいよガラパゴスへ向け出発。午前1時半に来てと頼んでおいたが、1時少し過ぎに下りて行くともうタクシーが止まっている。運転手のエドワルドはアルゼンチン人にしては絶滅品種並みに珍しく、いつも時間前に来る。1月に日本大使公邸で新年会があった時拾ったタクシーの運転手で、親切で安いので時々頼んでいるのだ。
途中霧がひどくて一寸先も見えなくなった。こりゃあ幸先悪い。しかし心配したらキリがない。エセイサ近くまで来たらキリが晴れた。
ガラパゴスはエクアドルにある。アルゼンチンからパナマまで7時間20分、パナマからエクアドルの首都キトまで1時間50分だ。チリのサンチアゴ経由で行けばもっと近いのだが、2月のチリ地震後、我が団体ではサンチアゴ経由は認めないのだ。
ペルーのリマ経由もダメと言う事で、中米のパナマ経由にした。パナマ行きの飛行機COPAの乗務員は全員黒人女性。座席は狭く、腕も動かせないくらいだ
機内のテレビは常時映画をやっていて、飛行状態を示すものは一切ないから、いつ着くのかさっぱり分からない。一番安い飛行機だそうだから仕方ないか。
パナマでの乗り換えは簡単だ。入国審査も何もなく、まるで国内便のようにゲートを換えるだけだ。機内からだが、パナマ海峡を初めて見た。こんなに狭い海峡だったんだ。
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        キト空港前
キト着は午後1時46分。迎えの車でHotel Merocureへ。4星のはずだが何故か表示は5星。部屋は広く快適で、コーヒー、紅茶のパックと湯沸かしポットあり。水もペットの小ビン2本サービスだ。
フロントから旅行会社からだと紙袋を渡された。土産の小物が3点、船内でのスケジュールと注意書きの他に高山病除けのコカ茶が2パック入っていた。キトは標高2850メートルの高地にあるのだ。
荷物を置いてすぐに外出。ガイドに教えてもらった民芸品マーケットに寄って見る。塀で囲まれた一角に100軒以上の小さな店が軒を並べ観光客がひしめいている。エジプトのスークを思い起こさせる。
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                        民芸品バザールの外壁
同じラテン系の国でもアルゼンチンとは明らかに売ってる品物が違う。レース編みや刺繍物が多い。売り手は皆インディオだ。エクアドルには沢山のインディオの種族がいて、いまだに原始人のような生活をしている部族もいるのだそうだ。
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   民芸品バザール
土産品を少々買ってから、いつものごとく、夫好みの安くて気取らないレストランを探す。円筒状の窓の少ないビルがあるので行ってみたらショッピングモールで、10階建て位だが階段は数階ごとに非常階段があるだけ。通路がグルグル、ラセン上に上まで続き、店が全て一軒ごと数センチづつ高くなっている奇妙なビルだ。面白い構造のビルを作ったものだなあ。
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                         らせん状のモール
ここの地下がレストランでしかもシーフード。夫が見逃すがずがない。上に大きなカニが乗った、魚介類山盛りの料理が現れた。ビール2本に料理2皿で税込たったの13ドル。ブエノスアイレスだったら100ドル以上するだろうなあ。ただしカニはスープに味が出てしまったせいか、中身はスカスカだった。その代わりスープの味は抜群。
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      盛り沢山の魚介類料理
真夜中、頭痛と吐き気で目が覚めた。やられた。高山病だ。以前4200メートルの山に上っても平気だったので、到着後歩き回ったりビールやワインを飲んでしまった。高山病にかからないための注意書きに「激しい動きをしないこと。酒類を控えること」とあったのに。鎮痛剤を飲み、差し入れのコカ茶をがぶ飲みして数分したら、頭痛も吐き気も治まってほっとした。
by ruriwada | 2010-06-25 08:57 | Comments(1)
6月はやたら忙しい。今日はチョープライベートな話題だよ。興味のある人だけ読んでね。
3-4日はサンタフェ州ロサリオで夫の講習会に同行。
6日は茨城県人会。これは年2回、中国街の日本料理店「ふじさん」で行われる。夫も私も茨城生まれじゃないが、30年以上つくば市に住んでるから立派なイバラギーズ。
7日は昼はタンゴレッスンとスペイン語の授業。夜は同期派遣のブエノスアイレス在住組の宴会。ネオケン州から我が親友「うわばみ」が泊り来たんで彼女も飛び入り参加。そこへ又又彼女の飲み仲間が2人飛び入り。
したたかに飲んで、家に帰ってから又飲む。運よく(?)ウワバミが風邪気味で12時でお開き。ま、飲むものがなくなったと言うのが本当の理由かな。
翌8日は昼は安全会議で夜は送別会。3カ月に一度、アルゼンチン各地から全員呼び寄せられて、危険情報と安全対策の講義と、任務を終えて帰国する連中の報告会が開かれるのだ。二日続けて飲んだから胃がおかしい。
9日は日本で貰ってる年金の現況届に必要な在留証明をもらいに領事館へ行く。領事館はうちから3キロぐらいだけど、夫の職場の近くなので、歩いて途中まで一緒に行った。帰りに道を間違え、結局往復8キロも歩いてしまった。まいったー。
11日は夫がサンテルモの市民保護協会(オンブズマンみたいな組織)で講演するので、手伝いのため同行。サンテルモ地域は古い石畳が数多く残る情緒豊かな地域だが、夜は盛り場と化し、危険地域だ。知人が車で夜通ったら、夜の女達が一杯たむろしていたそうだ。
12日は朝10時から我が家で日本料理教室。11時からアルゼンチンとナイジェリアのサッカーの試合が始まるので、皆気もそぞろ。テレビのあるリビングとキッチンを皆行ったり来たり。いやはや。
13日は若い友人二人が食事に来て、一人は泊る。若い女性の方は実に良く飲む。最近の日本女性は酒豪が多いんでびっくりだなあーもう。
14日はタンゴレッスンとスペイン語。タンゴクラスに若くてハンサムなアルゼンチン人男性が入会したぞー、ムフフ、やったね。
今日15日は日本語クラス(1人)の生徒が来る予定。
そして今夜、じゃない明日の朝1時半に家を出て、エクアドルに2泊した後、3泊4日のクルージングでガラパゴス諸島巡りだよ。22日にブエノスアイレスに戻る予定。
23日はセイボ会。
26日は日本語クラス(7人)。
28日はタンゴとスペイン語。
29日はアルゼンチン人への日本料理クラス。
30日はエスコバルで講習会だ。
フー、タレント並みのスケジュールだ。

夫は来亜前、医者からメタボを宣告され、こちらでも医者通いをしていたんだけど、毎日数キロ歩いたせいか、ぐっと痩せて、先日メタボ卒業を言い渡された。おめでとさん!
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ついに発見、みごとなビール腹の酔っ払いのオジサン達(パロボラチョ)メタボの夫も顔色なし
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  ロサリオ市で珍しい黄色いパロボラチョを見つけた。殆ど紅紫色でたまに白は見かけた事があるけど、黄色は初めて。
てな訳で、ガラパゴスへ行ってきまーす。
by ruriwada | 2010-06-16 00:02 | Comments(2)
ホテルで荷物を受け取り、講演会場のある「プラサ・モンテネグロ(黒い山)」まで数ブロックを歩いて行く途中、先程のおまわりさんに出会った。
「ホテルが分かったか?」と聞くので、「シーシー。グラシアス」と言ったら。「良かった」と喜んでいた。
この町の人達は観光ずれしてないので、外国人に対し実に親切だ。
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       会場そばの道をアルゼンチンでは珍しいトロリーバスが走っていた
プラサ内のカフェでサンドイッチを頼んだが、多すぎて半分は包んでもらい、帰りのバス内で食べる事にする。
会場のあるビルに入ると受付の青年が話しかけてきたが、夫は「アミーガ(女性の友達)を待っている」と、外へ出て行ってしまった。青年は何やらしきりに私の方を気にしている。
そばへ行くと、机の上の日本紹介のパンフを示して「日本人のチカ(女の子)がさっき置いて行った。あなたは何の用事か?」と聞く。
「夫が講演する。通訳が来るのを待っている」と答えると、「上に日本人のチカがいる。連れて行って上げる」と言う。この町の日系人がいるのかな、ま、話してみようか。
夫を呼び戻してガードマンの後をついて行くと、上に居たのは通訳のリサだった。チカと言うから若い女性を想像していたのだが、6才の息子がいて、現在妊娠7カ月の小母さんもチカなのだ。夫の講演時間が変更になったので、リサが夫のケータイに電話したが通じないので、受付に私達が来たら連れて来てくれと頼んでいたのだそうだ。
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                                 講演中の夫
聴講者は約200人。学生が多い。アルゼンチンでは最近がぜん環境問題がクローズアップされてきたので、皆熱心に聴いている。そこまではいいのだが・・・
実はこのイベント、サンタフェ州とロサリオ市の主催なんだけど、講演者からも入場者からも金を取るのだ。私達の分はむろん夫の職場が払ったが。
州民の環境意識を高めるイベントを有料にするなんて一体どうなってるの?しかも講演者からまで金を取るなんて!よほど州や市の財政がひっ迫してるのかなー・・・
リサの声は大きくて良く通るので聴きやすい。それに仕事熱心で事前に良く勉強するので、内容を良く把握しているからよどみがない。通訳には最適の人物で、夫の講演も無事すんだ。
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                              何故か道の中に門がたっている
講演が終わったのが4時半。ブエノスアイレス行きのバスの出発まで2時間ある。ターミナルまで4キロ位だから夫と私だけなら歩くが、何しろリサは妊婦。無理はさせられないのでタクシーを待った。
ところが30分待ってもタクシーがつかまらない。やって来るのは全部人が乗ってる。
場所を移して待ったがやはりだめ。あきらめてバスに乗ろうとしたら、ここのバスはカードを先に買わないと乗れない。そのカード売り場が分からない。
うろうろしてるうち、ふと背後を見ると夫の姿が見えない。ありゃりゃ、どこへ行っちまったんだろ。キョロキョロ見回していたら、数メートル後ろの人が指先を店の方へ向けて合図している。中にいると言ってるらしい。戻って店に入ると、いたいた。ウィスキーを買っている。のん兵衛なのでバスの中で飲むつもりだろう。
全くもう信じられない。ブエノスアイレス行きのバスに乗り遅れそうだと、焦りに焦っている時だっちゅうのに!しかも声をかけずに中に入ってしまうなんて。うちの亭主ときたらいつもこの調子のトラブルメーカーなのだ。
亭主の仕事はペットボトルのリサイクルだけど、女房としちゃ、本人を一番先にリサイクルしたいよ、ほんと。
やっとカードを買い、市内バスに乗れたが、ラッシュアワーにかかって超満員で時間がかかる。乗り遅れたら3人分を自費で買い直さなくちゃならないよー。神様、仏様・・いつもは全くの無信心のくせに、困った時だけ神頼み。
でもその効き目があったのか、ターミナルに出発数分前に滑り込みセーフ。やれやれ。
バスに乗り込んだと思ったら、7時には消灯されてしまった。映画が始まったけど、気色の悪いSF物で見る気がしない。真暗い中で昼の残りのつぶれたサンドイッチを頬張る。途中からバスがジャンプを始めた。途中で降りる人がいるので高速を降り、ガタガタの田舎道を走り始めたのだ。ふえー、腸ねん転を起こしそうだー。リサのお腹の赤ちゃんがびっくりして飛び出さなきゃ良いけど・・
終点のレティロに着いた時は心底ほっとした。リサの住所は同じ方向だから、ターミナルから3人でタクシーに乗った。大きな音で音楽をかけているので、運転手に「タンゴ?」と聞くと「ノーノー、フォルクローレ。ガウチョの歌。田舎の人はフォルクローレ。町の人はタンゴ」
陽気なおっさんで人は良さそうだが、全身で拍子を取って、踊りながら歌いながらの運転なので、はらはらのし通し。家に着いたのは夜の11時だった。
ふー、長い一日だった。
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                           国旗記念塔の上から見たロサリオの町
by ruriwada | 2010-06-13 05:08 | Comments(3)
朝食後、夫は昨夜到着した通訳のリサさんと打ち合わせ。リサさんだけ会場に先に出かけ、私達はチェックアウトした後、ホテルに荷物を預けてショッピングに出かける。お土産類はブエノスアイレスよりずっと安いし、皆商売抜きで親切だ。自分の店にない物は他の店を教えてくれるし、いくつか買ったら、端数は「プレゼントだ」と、まけてくれた。
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         ロサリオの遊歩道の下水は道の真ん中にあるポルトガル方式
道ばたでマニ(ピーナッツ)に砂糖をまぶして炒った物を売っている。これを前から一度は食べて見たかったんだ。だけど、ブエノスアイレスの埃っぽい炉端で売ってるは食べる気がしないもんね。
1袋(5ペソ)で買って、ついでに売り場のおやじさんとアミーゴを写真に写し、デジカメで見せていたら、たちまち周りに人垣ができた。
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                           マニ売りのおじさんとアミーゴ
「あなたたちも作っている所を写真に撮ってもらえ」と、やじうま連中が勝手におやじさんに交渉。おやじさんが「シー、シー」とわきへどき、木ベラを渡してくれる。そして通行人の女性を指して、「彼女にシャッターを押してもらえ」
ブエノスアイレスじゃ他人にカメラを渡すなんて考えられないけど、ここでは何故か素直に渡してしまう 
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                               私達もマニ売りに転職?
撮影が終わると皆が順番に画像を見て、「日本への良い土産ができたね」と、大満足のご様子。みんなの笑顔に見送られ、マニを食べながら、ほのぼのとした気分でホテルに向かう。ところが二人ともホテルの名前を忘れてしまった。通りの名前もうろ覚え。その上この町の交差点には、ほとんど通りの名前が書いてない。さあ困った。
途方に暮れていたらお巡りさんが二人通りかかった。「どうした?」と聞くので事情を話したら、あれが何通り、これが何通りと、色々通りの名前をあげて教えてくれているうちに、「あ、その通りだ」と思い出し、無事ホテルに戻ることができた。
それにしても二人とも忘れるなんて情けない。ボケ老人2人のヤジキタ道中だよ、まったく。
by ruriwada | 2010-06-11 21:31 | Comments(2)
ホテル・ロサリオでチェックインすると、ボーイさんが「ついて来て」と外に出て行く。
「まさか外で寝るの?」と冗談で聞くと「道で?」とボーイさんも受けて、「ハハハ。心配しないで。別館ですよ」と、一軒先の別館へ入って行った。
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        ホテル・ロサリオ
ホテルに荷物を置いてすぐ、パラナ川そばにある、アルゼンチン国旗記念塔を見に出かけた。アルゼンチン国旗はベオグラード将軍が制定し、アルゼンチンで初めて国旗を揚げたのがロサリオなのだそうだ。記念塔の真正面にはギリシアの神殿を思わせる建物があり、ぽつんと置かれた炉の中で火が炊かれている。
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                             アルゼンチン国旗記念塔
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塔のてっぺんに登るエレベーターは一人2ペソ(約50円)。エレベーター係りの男性が「日本人か?」と聞いた後、自己紹介してから私達の名前を尋ねる。ロサリオは工業都市で、観光地じゃないから外国人が珍しいのだろう。
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                 国旗記念塔前の神殿みたいな建物
塔の上からはパラナ川の美しい眺めとロサリオ市内が一望できる。対岸はビクトリア市だ。下りる時もエレベーター係が色々話しかけてきて、「良い旅を」と言ってくれた。
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                             塔のてっぺんから見たパラナ川
今朝から7㎞位歩いたんで二人ともぐったり。ホテルで夕食を食べようといったんホテルに戻ったが、夕食は8時からだと言うので一休みすることにした。ところが元気を取り戻した夫が外で食べようと言い出した。ホテルの食事は高くてまずいと思い込んでいるのだ。
夕食をどこで食べるかで、夫ともめる。
しゃれたレストランでイタリアンやフレンチを食べたい私と、とにかく安い場末のレストランが好きな夫は、いつも食事の事でもめるのだ。
私が我を通すと、夫は仏頂面で無言で食事をするのが分かっているから、悔しいけど私が折れるしかない。
因みに夫の名前は「ただひこ」だが、あだ名は「だだっこ」
まったく、命名者を表彰したいぐらいだ。
さて、ホテル近くの、田舎町の定食屋と言った感じの店「Locelestino」に入った。モーソはビール腹の小柄な小父さん一人だけ。この小父さん、愛想は良くないが、いかにも朴訥な感じでとても親切だ。見回すと客の大半は男女とも一人客のご老人達で、皆モーソの知り合いらしい。そのうち老婦人が出て行ったが、ふと気がつくと椅子の背にコートがかけてある。
モーソにゼスチュアで知らせると、モーソが外を指さして、タバコを吸う手つきをする。なるほど店の外でタバコをくゆらせている。モーソが出て行って私達の方を指差し何か言ってる。と、彼女が笑顔で私に手を振る。やがて又入って来ると、私達に「店内でタバコを吸わせてくれないのよ」と言って、モーソを睨む真似をする。
夫がふざけてモーソに「ワインは飲んでもいいの?」と聞くと「ビノ(ワイン)シー、ノーフマール(喫煙ダメ)」と笑っている。
なんとものどかな田舎町の光景だ。
請求書を見て目をパチクリ。ワイン1本、ビール1本、ビフテキ、野菜サラダ、パスタで全部で45ペソ(約1,100円)。ブエノスアイレスの半額以下だ。しかもとても美味しかった。昼間のレストランも二人で60ペソだったから、やはり地方は安い。
夫は「ほらみろ、見た目がパッとしない店の方が安くて美味いんだ」と、大いばり。
はい、はい、よーくわかりました。
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                レストラン「Locelestino」カウンターの後ろにいるのがモーソ
夜中に目を覚まして外を見ると、工事中の塀の陰で男性が放尿中。一瞬日本にいるかと錯覚した。どこの国でも酔っ払い(多分)の行動は同じだね。
by ruriwada | 2010-06-11 08:05 | Comments(0)
6月3日、レティロのオムニブス(長距離バス)ターミナル午前9時発、サンタフェ州ロサリオ行きバスに乗る。ロサリオは州都ではないが(州都はサンタフェ)アルゼンチンで3番目に大きな町だ。ブエノスアイレスから320キロ。4時間なので水平に寝れる「カマ・スイート」ではなく、座席が45度ぐらいに倒れる「カマ」にした。座席も広くなかなか快適だ。食事はつかないが、コーヒーと水は飲み放題。勿論トイレ付。
夫が環境問題会議で講演をするので、日系のリサさんが通訳として同行する予定だったが、都合で彼女は午後の便になった。ところが、午前中の私達のバス料金は片道70ペソ(約1800円)だが、午後発のリサさんのは同じ「カマ」なのに78ペソ。
なんと午後の分から値上げだって!しかも一気に10%以上も!開いた口がふさがらない。
ブエノスアイレスからロサリオまでは真っ平らな穀倉地帯が延々と続いている。所々に湖か湿地帯なのか、はたまた川なのか分からない所がある。何しろ川や湖に全く土手がなく、周辺は湿地t帯となって、平原の中に自然に消えているのだ。
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                  どこまでも続く穀倉地帯のあちこちにサイロが見える
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         湿原のような沼
途中のバスターミナルで5分程停車した時、夫が「腹が減った。なんか買って来る」と、下りてしまった。どんなひどい二日酔いでも食事を抜いた事がない大食漢の夫が、今朝は「食欲がない」と、青天のヘキレキのごとき事を抜かして、朝食を食べなかったのだ。
バスに置いて行かれては大変だから、乗降口で様子を窺っていたら、運転手が店の入り口で待っていて、夫に「早く乗れ」と手招きしているのが見えた。
夫いわく、「ついでにトイレに行こうと思ったが、運転手にバスの中でやれと言われた」
あたりまえでしょ!バスはトイレつきなのに。つい先日、トイレに行って列車に乗り遅れたっちゅうのに、全くこりないやっちゃ。
ロサリオには午後1時に到着。ロサリオ・ホテルまで4キロ近くあるが、今日は一日自由なので、町中見物を兼ねて歩いて行くことにした。時計の塔のあるオムニブスターミナルから、コルドバ通りを真っすぐ、パラナ川へ向かってブラブラ歩く。
途中、「Las Palmas(椰子の木)」と言う名の店で 昼食。店内至る所にサッカーチームのユニフォームやら選手の写真が飾ってあり、大きなスクリーンでは試合中継中。モーソ(アルゼンチンではウェイターの事)の話では、この町のサッカー選手のたまり場なのだそうだ。
モーソにホテルへの道を聞くと、こちらが恐縮するぐらい懇切丁寧に教えてくれた。見た目はごっつい感じだが、純朴で親切だ。
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       レストラン「Las Palmas」
by ruriwada | 2010-06-08 19:45 | Comments(2)
5月28日(金曜)の夕方、ふと外を見ると、前の公園に4個の気球が上がっている。好奇心の塊の私は早速カメラを持って10階からエレベーターに飛び乗った。と、夫が「まてまて、俺も行く」
2人で気球のそばまで行って見物した。
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                     部屋の窓から気球が見えた
気球にはどれも一人か二人が乗っていて、火が噴き出すと数メートル上がるが、それ以上は上がらないようにロープでつないである。一つは威勢よく炎だけは上がるが、肝心の気球は一向に上がらない。
イグアスの滝のあるミシオネス州の観光プロモーションで、明日、明後日の土日にイベントを行う準備だそうだ。イベントガールは美人揃いで愛想がいい。イグアスに行った事があると言うと、嬉しそうに「きれいでしょう。友達にも教えて下さい」となかなかに商売熱心だ。渡された用紙にサインしたら絵葉書とパンフレットの入ったバカでかいバッグをくれた。
夫は鼻の下をのばして国際親善に大わらわ。スペイン語の苦手な夫だが、美女と話すチャンスがあると何故か急に舌が滑らかになるのだ。もっとも、それが相手に通じているかどうかは不明・・・
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                     一番手前のはとうとう上がらなかった
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                     おー、上がった上がった
翌朝は大雨。気球は昨夜のうちに片づけたのか見えない。雨は終日続き、夜にはテントもたたんでしまった。ブエノスアイレスから約1,500㎞もの遠路はるばるトラックでやって来たのに気の毒だ。
日曜は晴れたが、公園は水だらけだし、風が強い。とうとう気球を上げるのはあきらめて帰って行ったようだ。
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この大きなトレーラーで12時間位かけてミシオネスからやって来たのだろう
ところで、ブエノスアイレから車で約1時間のピラールでは、気球旅行をさせてくれるそうだ。古い映画「80日間世界一周」のような訳にはいかないけど、町の上空を一回りするらしい。高所恐怖症の私には無理かも知れないけど、一度は乗ってみたいなあ。
by ruriwada | 2010-06-02 21:59 | Comments(2)
お祭りも終わったんで、いつまでも浮かれてはいられない。27日は夫の仕事の手伝いでホ・セ・セ・パスへ行った。ブエノスアイレスのレティロ駅からサン・マルティン線の列車で約30分。日系人向けの日本語補習校で子供達に、ゴミのリサイクルの講義をするのだ。
夫の上司のアナさんも同行。ホセ・セ・パスはプラサ付近には近代的なショッピングセンターもあるが、鉄道駅前は終戦直後の日本を思わせるような(これは夫の感想。私はそんな事を覚えてるような年令ではない…念のため)、ごちゃごちゃとしてうらさびれた雰囲気。ゴミも散らかり放題だ。
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                    ホセ・セ・パスの駅前通り
町の至る所に段ボール箱が置いてあり、中に犬が寝ている。商店主たちがエサをやったり予防注射をしたりして面倒を見ていると言う、いわばセミノラワン公たちの家。ここは犬に優しい街のようだ。
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歩道のあちこちに段ボール箱が置いてあり、犬が寝ている。
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                 プラサの面白い形の木。この街の並木はこれが多い
日本語補習校はかつては大勢いただろう大きな学校だが、ここも例に洩れず、日系人の子弟は年々減少するばかりで、今は20人位しかいない。そのうち日本人の姓だけ残して、日系人はアルゼンチン人に同化してしまうだろう。
同胞が集まって一大コミュニティを作っている中国系とは大違いだ。
子供達は午前中はスペイン語の学校へ行き、終わるとここへ来て日本語と日本文化を習っているのだそうだ。日本語は良く分からないので、通訳付きでの講義だが、簡単な実験やゲームをしながらなので、みな楽しそう。
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授業開始の合図は昔懐かしいベル
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              子供達はペットボトルのリサイクル工作を楽しんだ        
ランチと、終了後のコーヒーにケーキをごちそうになり、鉢植えのお土産まで頂いてしまった。ここの日系人は大半が鉢植えの栽培農家だそうだ。
さて、レティロ行きの列車に乗ったのはいいが、夫が急に「トイレ」と言って下りてしまった。車内の人達が「5分しかない。トイレは駅の入り口で遠いから間に合わない。早く止めろ」と言うので、あわてて列車の乗り口から身を乗り出して(ドアは走行中も開けっ放し)叫んだが、夫は「大丈夫だ、5分で戻る」と駆けて行ってしまった。
夫は荷物を全部車内に残していったので、下りて待つには一度じゃ運びきれない。「どうしよう」と、アナさんと二人でおろおろしてるうちに、列車は出発してしまった。
ケータイで「終点のレティロ駅で待ってる」と告げ、腰を下したが、何事にもあわてないアルゼンチン人のアナさんも、こんな日本人がいるとは想像もしなかったようで、笑い転げている。
車内の人達が「15分後に出る列車がある。それを逃すと一時間待たなくてはならない」と親切に教えてくれる。
しばらくして日が暮れはじめたが車内は点灯しない。お互いの顔がやっと見える程の暗さになって、「電気がつかないね」と、他の車両を見たら、前後とも電気がついている。車内はいつの間にかアナさんと二人だけになっていた。危険なので他の車両に移ったら、ここの乗客が又、「次の列車は・・」と始めた。
日本人は珍しい上にガラガラだったので、乗客は皆このトイレ騒動を目撃していたらしい。
アナさんが「彼は有名人だ」と、また大笑いしている。
レティロ駅に着いて、二人で手分けして大荷物を運んだ。アナさんが「こんな沢山の荷物を持って駅で待つのは危ない。タクシーで一緒に行って上げるから、家で待った方が良い」と言うので、何度もケータイにかけたのだが、その後は全然つながらない。
アナさんが駅員に聞いてくれると、間もなく着く列車があると言う。それに乗っていなかったらタクシーに乗ると言って、アナさんに荷物番を頼んでトイレに行った。トイレの中には女性が2人いて、一人は掃除道具を抱えて個室の前をふさぎ、入り口の女が「金を払え」と言って、壁の張り紙を指差す。
そこには「清掃の給料はありません。あなた方の寄付で生活しています」と書いてある。仕方なく1ペソ払うと、個室の前の女がさっとのいて「どうぞ」と言う。トイレの後を流す蛇口は外してあって、掃除の女がバケツに水を入れて待っている。
田舎の小さな駅のトイレならともかく、レティロは日本で言えば東京駅に当たる最大のターミナルだ。失業対策か知らないが、これではあまりにもみっともない。
大体、列車の料金が1時間で1ペソ60センタボなのに、トイレで1ペソも払うなんて、どう見ても理屈に合わない。ま、トイレでフンガイしてフン詰まりにでもなったら困るから、がまん、がまん。
おっと、脱線して(列車ではなく話が)しまったけど、トイレから出ると丁度次の列車が着いた所で、夫が現れたのでほっとした。夫はアナさんに平身低頭謝まっている。「アナがあったら入りたい」・・・と言ったかどうか。
因みに、ホームに取り残された夫の方も駅員や乗客が「奥さんは行ってしまった。これに乗ればレティロの駅ですぐに会える」と、声をかけてくれたそうだ。アルゼンチン人は一般的にとても親切なのだ。
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            列車内には色々な物売りが乗り込んでくる
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             サンマルティン線の列車の椅子は右と左で向きが全部逆
by ruriwada | 2010-06-02 00:09 | Comments(0)