ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

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翌24日やっとアパートの中に入ることが出来、借りる事が決まった。27日(月)に大家さんと私達、大家と借家人両サイドの不動産屋立ち合いで契約を結び、翌火曜日の入居の予定。やれやれ。
自分のアパートに移れるのは嬉しいが、一か月近く滞在したホテルを去るのは少し寂しい。この「グランホテル・ブエノスアイレス」は前回アルゼンチン到着時にも1カ月お世話になった。従業員は3年前とほとんど同じで、皆私達の事を覚えてくれていて、「アミーゴが戻って来た」と、大歓迎してくれた。
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               右がグランホテル・ブエノスアイレス 左はシェラトンならぬシェルトン
4星だが部屋は狭く設備も完備とはいかないが、従業員は皆とても親切で愛想が良く、とてもアットホームなホテルである。
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十数人いるフロントとボーイさん達はみんな私のアミーゴ
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             コックさん達。ここの朝食は3年一日変わらない
ベッドメーキングのメイドさんは18年このホテルで働いてるそうで、毎日会うたび大きな体で嬉しそうにハグとベソをされる。数日間私が風邪を引いた時も、「風邪が移るから」と断っても、一向に気にせず、ベッドに寝ている私の頬にブチュッとして行く。そして「熱はないか?」「喉はまだ痛いか?」から始まって、「ちゃんと食べたか?薬は飲んだか?」と、まるで母親。
私より15才は年下なのだが、溢れるような母性本能はまるでイタリアのお母さん「マンマ・ミーア」そのもの。
すっかり良くなったと言ったら、大喜びして、何と唇にキスされてしまった。まさに自分の子供扱いだ。私がいなくなったらきっと泣いちゃうかも。
日本の5円玉を上げたら、自分の首から十字架のついたネックレスを外して、私の首にかけてくれた。5円玉では釣り合わないので、あとで沖縄のお守りのシーサーを上げたが、彼女は最初の5円玉の方が嬉しかったらしく、時計に紐を通して5円玉をぶら下げてるのを見せてくれた。
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マンマ・ミーアのような母性本能溢れるメイドさん
by ruriwada | 2009-10-25 07:57 | Comments(0)
2009年10月23日 アパート探しの顛末
アルゼンチンに来て10日間の語学研修が終わるとアパート探しが始まった。1日目は午後からA不動産屋が全員をワゴン車に乗せて9件ほどの物件を見せて回る。二日目は午前中はB不動産屋がワゴン車で同じく9件みせてくれた。この車がおんぼろで、車が止まる度に座席がずれて、後部座席に座っていた3人はその都度、前のめりにつんのめる。アパート探しはまさに命がけ。
午後はC不動産。C氏は前回アパートを借りた時の不動産屋で、日系人。へんてこりんな日本語で時々言ってることが分からないが、親切で他の事でもずいぶんお世話になった。
今回も夫の職場に最も近いのがCさんの物件だったのでお願いした。ところがいざ契約の段になってから大家との連絡がつかない。
焦っていると、今朝になって「大家がウルグアイに住んでる娘さんの病気で急遽ウルグアイへ行ってしまった、いつ帰って来るか分からない」とCさんが電話してきた。ゲゲ!
午後Cさんが「ごめんね、ごめんね」と言いながらあたふたとやって来て、他の物件を紹介するという。
場所は良し。警備もよし。ところがエレベーターで9階まで上がりカギを差し込んだが開かない。大家側の不動産さんのキーでも開かない。カギ穴がもう一つあって、部屋を掃除した女性がそこのキーを二つとも持って帰ってしまったらしい。大家さんは田舎に住んでいて駆けつけて来るわけにはいかない。すったもんだのあげく、Cさんが部屋の様子を説明してくれた限りでは、こちらの条件は全部クリアしているので、明日また出直すことになった。アーつ・か・れ・た-
by ruriwada | 2009-10-24 00:52 | Comments(2)
2009年10月19日 今日もまたデモ隊と出会った。一年前より頻繁にデモが行われているようだ。夫の職場が今回は株式取引所の旧館内で私も同行させてもらった。ビルには政府関係のオフィスがいくつも入っているが、アルゼンチンの特権階級のクラブメンバー達が株取引を行っているようだ。部外者立ち入り禁止で警戒が厳重だが、夫の同僚が交渉してくれて館内を隈なく見せて頂いた。
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                旧証券取引所内にはこのようなサロンがいくつもある
150年前に建てられた総大理石のビルの中はさながら王宮並みの豪華さと博物館のような内装と絵画に彫刻。エレベーターの豪華さにもびっくり。アルゼンチンは昔はこんなに豊かだったんだなーと、ため息が出た。
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階段だけでもホテルの2部屋分くらいの広さ
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                豪華なエレベーターが数基ずらりと並んでいる
その後上司にタクシーでオリボスまで連れて行かれ、日本食のランチを御馳走になった。日本食レストラン「SAKIKO」の道路向かい側は大統領の家で、高く長い赤レンガの塀が続いている。
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大統領の住んでる屋敷
SAKIKOのオーナーシェフは可愛い日系女性。久し振りに美味しい味噌汁を味わって感激した。
SAKIKOから窓越しに外を見ると、懐かしのコレクティボ(バス)152番が走っているではないか。え?こんな遠くまで来てるの?コレクティボは通常町中をコの字型にまめに回って客を拾って(コレクトして)走る事からコレクティボと言われる由縁なのだが、この152番はサンタフェ通りをまっすぐ走るのだ。
この道は市外のサンタフェ通りが、途中でマイプーと名前が変わり、次にセントロ(市内)に入ってカビルド通りに変わり、地下鉄パレルモ駅の辺りからサンタフェ通りに変わってプラザ・サンマルティンまで続く長大な道路だ。
私達が以前住んでいたアパートはサンタフェ3936番地(サンマルティン広場から3900メートルというわけ)で、アパートの真前が152番のバス停だから、常時ごやっかいになったのだが、こんなに遠くからずっと真っすぐ走っていたとは、おどろき、ももの木、サンショの木だ。
え? もちろん帰りは152番で帰りましたよ。オリボスからプラサ・サンマルティン(私達が泊ってるホテルそば)まで約40分、一人1.75ペソ(約50円)
by ruriwada | 2009-10-21 22:55 | Comments(0)
ボカは貧しいイタリア移民が最初に上陸した港で、「母をたずねて3千里」の舞台である。タンゴの発生地でもあり、有名なタンゴ曲「カミニート」はここの小道をイメージしたものと言われている。もっとも、実際に見ながら作曲したのは別の小道だったらしいが。
タンゴは元来は貧しい労働者や船乗りたちが、酒の余興に男同士で踊っていたという。歌詞も実に卑わいでくだらないのが多いが、しぶいスペイン語での歌声には痺れさせられる。なまじ言語が分からない方がいいのかも。
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                       カミニート(小道)
約3年ぶりにボカ地区を訪れたら、カラフルな建物群が増えて観光地区の規模が大きくなっていた。観光客で満ち溢れなかなかの盛況ぶりだ。各レストランのテラスではタンゴショーが行われている。
ブエノスアイレスではボカに限らず、フロリダ通りのデパート「パシフィコ」前でも毎日のように歩行者道路の真ん中でタンゴショーをやっている。パシフィコの3階にタンゴを見せる店があり、その宣伝らしい。ただでタンゴの踊りを見れるので、私のように金のないものには有難い。
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ボカのカミニートにはこうしたお店や面白い彫刻がいっぱいあって見て回るだけで楽しい
ボカにはブエノスアイレスの最強サッカーチーム「ボカ」のスタジアムもある。アルゼンチン人のサッカー好きはまさに狂の字がいくつもつくほどで、試合の後は負けても勝っても町中どんちゃん騒ぎ。車を連ねて大音響で歌ったり叫んだりしながらノロノロ運転で走り回るから、あちこちで大渋滞。反対派と出会うと大乱闘に発展する恐れがあるので、あちこちで警官による道路封鎖も。
アルゼンチンで空港へ行く場合、フットボール開催中はかなり早めに出発した方がいい。
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観光客向けのタンゴショーを見せる店(タンゲラ)はいくつもあるが、ここ「アルマセン」は真向かいのレストランで食事をした後ここに移動。店内ではシャンパンやワインを飲みながら見る、伝統はあるが比較的小規模のタンゲラ。アルマセンがあるのは(ジョークではない)ボカではない。ボカにはボカタンゴという大規模のタンゲラがあるそうだ(私はまだ行った事がないが)
by ruriwada | 2009-10-17 23:46 | Comments(0)

瑠璃通信2部 4 再会

私がアルゼンチンに舞い戻った事を知った友人たちが次々、ホテルに会いに来てくれたり家に招待してくれるので、タレント並みのスケージュルで大忙し。
Nさん宅へ行くとき、元住んでたアパートの前を通ったら、花屋のルイスがいた。声をかけたら、狂喜して「どうしてここにいる?夢じゃないか?」と、ハグ(抱擁)とベソ(頬へのキス)の雨あられ。
うれし涙を浮かべた大男に抱きすくめられて、日本だったら、ちと問題。でも、ここでは当たり前の光景。あまりの喜びように、こちらも感激して目頭が熱くなった。
1昨日はエスコバル(ブエノスの中心から約60キロの、花づくりの日系人が多く住む町)の花祭りに招待され行ってきた。先ずT家の広大なラン園を見せて頂いてから、T氏の車で花祭り会場へ連れて行ってもらった。
今年のテーマ花はランだそうで、色とりどりのランが芳香を放ちながら妖艶な花を咲き誇っている。T家の花も展示されている。花祭りは明日が最終日だそうだが、手入れが良いのかどれも瑞々しく綺麗だ。
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T家のラン園
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                花まつり
その後、Kさん宅へ連れて行かれ、アサドをするから泊って行けと言われたが、連日のご招待で疲れたので、お茶とお菓子だけ頂いて御辞退させてもらった。
それにしてもアルゼンチンの日系人達のホスピタリティーは相変わらず素晴らしい。感動と感謝のし続けだ。
数日前、アルゼンチンの美空ひばりとも言うべき、女性歌手のソーサーが亡くなり、町中に半旗が掲げられ、ソーサーの歌声が昼も夜中も大音響で流されていた。一昨日は国際マラソン大会であちこちで道路封鎖。今日もまたデモ隊と遭遇。
全くブエノスの街は連日イベント(?)続きで騒々しい。今はフットボールの国際試合が行われてる最中なので、レストランに入っても、コックさんやボーイさん達は注文取るのも上の空。客をほったらかして目はテレビの画面にクギづけだ。
毎日通る道の真ん中が突然陥没して大穴が開き大騒ぎ。カメラを向けたら、そばにいた若者がすぐさまポーズを取る。全く、カメラに写されるのが余程好きな国民性と見える。
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              突然陥没した道路とポーズを取る青年
by ruriwada | 2009-10-15 10:01 | Comments(2)
10月1日にブエノスアイレスに到着して、今日で11日目。この間、地下鉄は故障とストで2回止まり、大規模デモに出くわし、ホテル目の前で引ったくりを目撃、同行者の一人は早くも地下鉄内で電子辞書を盗まれた。
物価は3割から2倍になったものもある。さぞ国民は大変だろうと思うが、街の様子は以前と全く変わらない。相変わらず陽気で愛想が良く騒々しい。デモ隊にカメラを向けたら、にこにこ手を振ってくれた。
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サンマルティン広場のデモ隊
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             デモ隊が通った後のゴミの山。
昨日一年ぶりに中華街を訪れたら、通りにゴミが少なくなり、行きつけのスーパーも改装して見違えるほど綺麗になっていた。何より嬉しかったのは、ここだけは値上がりしてない。繁盛ぶりも相変わらず。中華街だけは不況知らずのようだ。
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          Todos los Contentos のウェイトレス達。チップを沢山あげたら(こちらの計算間違いで)
          大喜びしていた。とほほ・・・

ご参考までに
地下鉄 :0・9ペソ→1.1、コレクティボ(市内バス):0.9→1.20
列車は以前と同じ、2駅で0・8ペソ(約20円)
レストランは二人で100ペソを超すことはほとんどなかったのだが、今は100ペソ以内ですめば「おー!安い」と言うほど軒並み値上げしている。
そんな中でも美味しくて比較的安いレストランをご紹介。
*Los Chilinos(チリ料理。アワビやホタテが食べられる。サンマルティン広場近くのMarcelo T de Alvear 通り)
*Cle (チョー大規模なテネドールリブレ=バイキング。魚介類が沢山。アサドも寿司もあり、料理の種類が豊富):Ave.Rivadavia 4475
*Todos Contentos ( 中国料理。安くて美味しい。中華街)
by ruriwada | 2009-10-10 22:34 | Comments(0)
 ニューヨークでの乗り継ぎはまあまあスムーズに行ったが、サンパウロの乗り継ぎカウンターは相変わらずの超スローモード。たった16人の搭乗券を発行するのに1時間もかかり、おまけにゲート番号を間違えてあり、危うく全員乗り損ねるところだった。ここではいつもこの調子だ。
アルゼンチンのエセイサ空港での通関手続きは簡単にすみ(前回滞在中にアルゼンチン税関員が大勢ワイロで逮捕されてから、ワイロを請求する税関員がいなくなったのだ)、ほっとしたと思ったら、迎えの車に荷物が載せきれずにてんやわんや。前もって人数とトランクの数を知らせてあったのに・・・アルゼンチンが今回初めての同行者達は唖然としていたが、私は、これぞ「アルゼンチン流」に再会出来て何やら嬉しくなってしまった。
アルゼンチンは今は春の初め。ラパーチョの大木が見事なピンクの花を咲かせて、ブエノスアイレスの街路を華やに彩っている。
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ラパチョ
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パロボラチョ
                       
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  ブラシの木も真っ盛り。沖縄にもあるらしい。アルゼンチンのブラシの花は日本から持ち込まれたと、今回知った。こちらでは俗名が「天使の哺乳瓶洗い用ブラシ」と言われているらしい。
by ruriwada | 2009-10-08 05:56 | Comments(0)
トラベルはトラブルの始まり
昨年10月1日にアルゼンチンより帰国、ちょうど1年間を日本で過ごし、9月30日再びブエノスへ旅立った。今回も2年間の予定。
南米への直行便はないので、アメリカ経由だと、いったん入国審査を受けねばならない。ご存じのようにアメリカ入国には事前にインターネットでESTAとかいうものに登録が必要になった。
夫が登録したのだが、JALの受付で「入国拒否」になっていると言われ絶句。入力ミスを数度繰り返した結果らしい。一度拒否されると再登録できないとのこと。一瞬頭の中が真っ白になった。
JALがアメリカ大使館とかけあってくれて、約30分後にやっと許可が下りた時はほっとした。やれやれ、早くもトラブルのパンチをお見舞いされるとは・・・
by ruriwada | 2009-10-05 05:06 | Comments(0)