ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

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ブエノスアイレス行きの便は午後なので、朝9時頃チェックアウトを済ませ、ホテルに荷物を預けてから、地下鉄でチリ大学駅まで行き、市内見物。広い歩行者用道路の所々には地下に有料のトイレがあって便利だ。料金窓口には市職員のような係りがいて、入り口には回転式バーがある。まるで地下鉄の入り口みたいだ。
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                   サンティアゴ市内のトイレ入り口
数ブロック歩くとモネダ宮殿(大統領府)に出た。10時になれば見学させてくれると言うので、周辺のカテドラル等を見学して時間をつぶす。10時になって正門前に行くと、数人いる警備の兵隊さん達の中で肩章をつけた偉そうな人が、もう少し待って下さい言う。ここでも兵隊さん達は気軽に一緒の記念撮影に応じてくれる。
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                    モネダ宮殿(大統領府)
しばらくしたら、そばのビルの屋上にヘリコプターが下り、モネダ宮殿の中から、さらに階級の上らしい軍人が来て、何やら話している。上司が去ると、先程の兵隊さんが私達に向かって気のどくそうに、「VIPが来たので今日は入れなくなった。明日又来なさい」と言う。私が余程がっかりした顔をしたのだろう。彼は何度も「ソーリー」を繰り返した。
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                    モネダ宮殿前広場の彫刻
仕方なく、歩いて中央市場へ行く事にした。飛行機の格納庫のような天井をもつ巨大な建物の中に魚屋が並び、魚貝類の種類が豊富だ。お、ウニだ。どの店にも殻つきウニが山積みされている。
日本人のウニ好きは有名なのか、店内にいくつもあるレストランから「新鮮なエリソ(ウニ)があるよ。食べてみないか」と声がかかる。その一つに入り、さっそく生ウニを頼むと、しょう油とワサビつきの生ウニが皿の上に山盛りで出てきた。うう、うまい・・!
しかしどんな旨い物でも食べすぎはいけない事が分かった。しまいに気持ちが悪くなってきた。それにしてもウニの食い過ぎで気持ち悪くなる経験なんて、もう一生涯ないだろうなあ。
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                     中央市場内のレストラン(生ウニ)
この後ホテルに戻って荷物を受け取り、タクシーで空港へ。結局昨夜レストランで包んでもらって持ち帰った巨大豚肉の残りは、食べずに空港のゴミ箱行きとなった。夜7時半、喧騒と排気ガス渦巻くブエノスアイレスに到着。
チリへはバリローチェから船とバスを乗り継いでアンデス山脈を越え、プエルトモンと言う港町とチロエ島へ行った事があり、今回は二度目だったが、素晴らしい国だ。この国でも独裁政治時代があり、大勢の若者が虐殺された歴史があるが、そんな悲劇を感じさせないほど人情豊かで、几帳面で綺麗好きな国民性だ。
何故だかチリには美人が多く、アルゼンチンには美男が多い・・・と言うのが私の独断と偏見による感想。
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              ホテルの屋上からアンデス山脈に沈む夕日が見れる
by ruriwada | 2008-09-19 22:42 | Comments(0)
Aさんは一足早く、今日アルゼンチンに帰るので、昨夜の内にサヨナラを言い、私達は朝9時にバルパライソ(天国のようなという意味)へのツアーに出かける。客は私達2人だけだ。ギアはクリスシアンと言う、30才、独身、身長192センチのノッポの好青年。
サンチアゴ市内を抜けるとトンネルがあり、そこを過ぎると銅山が見えて来た。チリは銅が豊富だそうだ。山岳地帯に入ると濃い霧が立ち込め視界がきかない。ここは早朝はいつも霧が立ち込めているのだそうだ。
バルパライソへの道程のほとんどはグアバ、オリーブ、アボガドなどの果樹園が広がっている。チリは果物の名産地でもあるらしい。
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                バルパライソの街並み
約3時間でチリ最大の港町のバルパライソに出た。海岸に広がる町の背後は小高い山になっていて、急な斜面にびっしり白い壁の家が建っている。セントロには豪壮な古いヨーロッパ風な建物が多く、街並みはユネスコの世界遺産に登録されていると言う。
海軍のビル前では衛兵が数人立っていたが、皆愛想が良く、気軽に写真撮影に応じてくれた。車で丘の上まで上り、展望台から湾を見下ろす。
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                 海軍の兵隊さんたち
丘の多い町なのでケーブルカーのようなエレベーターが街中にいくつかある。箱型のチョーレトロな代物で、100年前のものだそうだ。展望台へもこのエレベーターで上れる。
港には大型貨物船が沢山停泊、陸にはコンテナが積み上げられている。沖の方には数艘の軍艦が見える。ここは貿易港でもあり軍港でもあるのだ。
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                 バルパライソの港
この街にはチリの誇る英雄的詩人でノーベル賞受賞者のパブロ・ネルーダの家があり、現在は博物館になっている。丘の斜面に沿って建てられた5階建ての家だ。
昼食はバルパライソから約9キロ離れた隣の港町ビーニャ・デル・マル(海のワイナリーと言う意味)の海岸沿いのシーフードレストラン「シエテ・マレス(7つの海)」へ連れて行ってくれた。
我が家の不肖の息子の名前と意味が同じなので、夫は大喜びでガイドや運転手に説明している。まったく親バカもいいとこだ。魚介類スープ「マリスコスープ」を食べたが、とても美味しかった。チリの醍醐味は美味しい魚介類をたっぷり食べれることだ。
ホテルでガイドが別れる時、Eメールのアドレスをくれて文通したいと言う。どうせラテン系の調子の良さだと思っていたのだが、後日メールで写真を送ったら、ちゃんとお礼の返事が来た。
サンチアゴの町はゴミもなく、落書きも旧市街の一部を除いてほとんどなく、とても綺麗な街だ。又、チリの人は時間にも正確で、警官にワイロもきかないらしい。民族構成はアルゼンチンと同じくラテン系なのだが、どうしてこう違うのだろう。
店の人も、ブエノスアイレスでの女店員の無愛想ぶりに見慣れている身には、感激するほど愛想が良い。私たちが泊まったホテル「フォーポインツ・シェラトン」の従業員達も実に親切で愛想が良い。
夕飯に、「チリの郷土料理で安い店はないか」と、フロントで聞くと、懇切丁寧に地図を書いてくれた。それぞれ別の料理を頼んだのだが、運ばれてきたものを見て絶句。1キロ以上ありそうな豚肉の塊がドデーンと2皿並べられたのだ。
「ノー!ノー!」と、ほとんど絶叫調で言うと、ウェイターは一瞬固まったあと「あ、一つは××だったね」と、一皿を下げて行った。
代わりに持ってきた料理も、負けず劣らずの大きさで、二つの巨大な料理を前に2人とも食欲が失せ、しばし呆然と眺めていた。アルゼンチンに来て以来、料理の量の多さには慣れっこになっていたのだが、この量は半端じゃない。
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                  特大豚肉料理
恐る恐る口にしてみると、肉はとろけるような柔らかさでとても美味しかったが、いくら大食家の夫でも食べきれず、明日ホテルで食べようと、包んでもらった。帰る時に気がつくと、店は満席で、空き待ちの客が列をなしていた。安くて美味しく、量の多いこの店は、大食のラテン系の人達に人気があるのだろう。
ホテルのバーでウェルカムドリンクのワインを飲んでいると、最初に大勢の日本人グループ、しばらくして日本人の少し混じった国際色豊かなグループが入って来て、地下に降りて行く。グリーンピースの人達だそうだ。後日ニュースで知ったのだが、捕鯨に関する世界大会がチリで開かれてる最中だったのだ。
by ruriwada | 2008-09-17 02:09 | Comments(0)
ミニバスが迎えに来て、れいのごとくいくつかのホテルを周ったのはいいが、最後のホテルで人数が多すぎて乗り切れない。人数を数え直したり、すったもんだの挙句、大きいバスを呼んで全員乗り換える事になった。
まったくもう!予約制なんだから前日から人数は分かっていたでしょうに!・・・これがラテン流。何事にも大まか。アルゼンチン航空のオーバーブッキングは日常茶飯事だ。
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                 島の水源のカルデラ湖
今日は午前中だけのツアーなので、近場周り。先ず岩絵を見た後カルデラ湖へ。島には2個のカルデラ湖があり、こちらのは大きく直径が1600m。浮き草が沢山茂っているので浅く見えるが、深さは11mあり、島の大事な水源である。
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                  グンカン鳥が卵を産みに来る小島
この近くにオロンゴと呼ばれる所があり、崖下に3個の小さな島がある。その中の一番大きな島モトウ・ヌイにグンカン鳥が卵を産みに来る。各部族を代表した若者が、断崖絶壁から海に飛び込み、一番先にこの卵を持ち帰った部族の長が、一年間鳥人として儀式を行い、島を統治したと言う。その儀式村跡が断崖の近くに残っている。
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                   鳥人儀式村跡
この後は、昨日博物館帰りに見た、島で唯一目玉の書かれたモアイ像を見た後、直接空港へ送ってくれた。
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                  目玉のあるモアイ像
空港でAさんがビンに入れた砂を取り上げられ、全員、服のポケットまで調べられて、夫も小さな石を取り上げられた。島全体が世界遺産に指定されてるので、石や砂は持ち出し禁止なのだそうだ。
イースター島の空港には巨大な木製のインディアンの人形が立っていて、下腹部にふんどしのような布がかけてある。夫がめくってみると、大きな男性のシンボルがぶら下がっていたので、2人で大笑いした。
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チリではユーモラスな顔立ちの男女の木の人形を売っていて、一見普通の人形なのだが、持ち上げると下半身が出て、男性のはシンボル、女性のはもじゃもじゃのへヤーが現れる。チリは性に大らかなのか、ユーモア溢れる民族性なのかも。
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                 愉快なチリの人形
サンチアゴ行きの機内で昼食が出たが、食事が美味しかったのは勿論だが、アルコール類が無料なのが嬉しい。しかも乗務員がワインのお代わりを勧めてくれる。
夕食はAさんガ以前サンチアゴに来た時、日本食レストラン「将軍」が美味しかったのでそこへ行きたいと言う。ホテルで聞くと歩いて20分ぐらいとの事。ところが道を間違え、1時間もかかってしまった。
将軍で握りずしを食べたが、新鮮だし、ウニとかイクラとか、日本と同じネタがあるので嬉しかった。
by ruriwada | 2008-09-13 02:38 | Comments(0)
今日は15体のモアイ像と作りかけのモアイ像が大量にあるモアイ像製造場所、及びカルデラ湖の見学だ。メンバーもガイドも昨日と同じ。サンティアゴからのフライトは週に2便しかないから、皆同じスケジュールなのだろう。
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昔、部族間でモアイ像倒し戦争があり、イースター島のモアイ像は長い間全て倒れていたそうだ。モアイ像の目は白目の部分が白珊瑚、黒目は黒曜石で出来ており、魔力があると言われていたので、全てうつ伏せ状態に倒された。そのさい目は1個を残して全部壊れてしまった。その目玉1個が島の博物館に展示されていると言う。
その後かの有名なチリ沖大地震の津波により、モアイ像は元あった場所からかなり内陸まで運ばれて、荒れるにまかせられていたそうだ。
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                日本での万博に展示されたモアイ像
10年ほど前、一人の日本人が1億円の私費を投じて、クレーン車を日本から持って来て、15体のモアイ像を修復して立てたと言う。現在は大半の像は立っているが、他の像も各国の援助で立ったとのこと。日本の万博に展示された1体は、この15体のモアイ像から少し離れてぽつんと立っている。
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                製造途中のモアイ
モアイ像製造場所には横たわったままの作りかけの像や、下半身を土に埋めたモアイ像が沢山ある。まるで巨大キノコがボコボコ生えているみたいで、何とも奇妙な光景だ。
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                モアイ製造工場 
このモアイ製造工場山を一巡りすると小さな火口湖がある。メダカぐらいの小魚が沢山泳いでいた。イースター島には川がなく、ここから麓まで細い管で水が引かれている。
下のキャンプ場で昼食。日本人ガイドに連れられた10人ほどの日本人グループがいた。タヒチから回って来たそうで、3組は新婚さんだ。もう一組別のガイドつきの日本人カップルもいたが、これも新婚さんらしい。
島には5人の日本人がいて皆ガイドをしてるそうだ。そのうちの3人に会ったが皆感じの良い青年達だ。一人は宇宙物理学者で、親の猛反対を押し切って来たんだって。日本の若者もなかなかやるねえ。イースター島の観光客の15%は日本人だそうで、タヒチ経由で来ると割と簡単に来れるらしい。
ここの土産物の出店に見たことがあるような人がいる・・あ!チョンマゲおじさんだ。観光客の後を追いかけて商売してるらしい。向こうも覚えていたらしく、にやっとして挨拶する。
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                   向かって右がチョンマゲおじさん
このおじさんは別の所で土産を売っていたのだが、モジャモジャの長い髪を束ねて立てていて、チョンマゲだと自称していたのだ。このチョンマゲおじさんから私は30ペソの石のモアイ像を20ペソにまけさせて満足していたんだけど、スペイン語が苦手なAさんは身振り手振りで粘れるだけ粘り、15ペソまでまけさせた。まいったなあ、もう。
食事の後、表面がつるつるの大きな丸い石を見学。手を当てるとパワーがもらえると言うのでやって見た。ガイドがスペイン語で石の伝説を説明してくれたけど良く分からなかった。
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その後は島唯一の白いビーチへ向かう。ここで1時間半の休憩。ツアー仲間の数人は水着を持参して来たらしく、泳ぎ始めた。浜で海草を引き上げてる人がいたが、これは食用ではなく、ビーチをきれいにするためだそうだ。このビーチの外れに帽子を被ったモアイ像が立ち並んでいる。
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                  帽子を被ったモアイ像
4時半ごろセントロに戻って来たので、私達だけついでにバスで博物館まで送ってもらい、念願のモアイ像の目玉とご対面。そばで見るとでかい目玉だ。こんなのが月の光に照らされてギョロリと光ったら、さぞ不気味だろうな。島民が恐れたのも無理はない。
博物館からホテルに戻るのに、海岸線を行けば徒歩で15分ぐらいだと博物館の女性が言うので歩いて帰ることにした。
途中島で唯一目玉のついたモアイ像があった。と言ってもこれは最近入れたものだ。海岸沿いには他にも数体のモアイ像があり、見物しながら歩いていたら、15分どころか1時間はたっぷりかかってしまった。
ホテルに戻る前に夕食を取る事にし、昨日閉まっていたシーフードレストランを覗いたら、時間前だが食べさせてくれるという。名物のセビチェを初めて食べた。生の魚介類をレモンでしめた、ガスパッチョに似た料理で、とても美味しかった。
食事中、今日のツアーのキャンプ場で出あった日本人新婚さんが入って来た。スペイン語だけのメニューに困っている様子だったので通訳してあげ、大いに感謝された。エヘン!(本当は迷惑がられていたりして・・)
by ruriwada | 2008-09-08 22:51 | Comments(0)
昨夜はAさんの部屋の風呂のお湯が出ず、お湯が出るまで流しっぱなしにしていたら、バスルームの排水口から水が噴出し、部屋の半分が水浸しになってしまったそうだ。Aさんはその水かきで一晩中大変だったらしい。
イースター島は英語名で現地名はスペイン語の「イスラ(島)・デ・パスクア(復活祭=イースター)」と言う。最短の有人の隣島まで約200キロという、まさに南太平洋に浮かぶ絶海の孤島で、一周約60キロの小さな島だ。
今日は午後からのツアーなので、午前中はショッピング。島にはまだシエスタ(昼寝)の習慣があり、午後は夕方までほとんどの店が閉まってしまう。ホテルでセントロのお土産屋さん街を教えてもらったのだが、道を間違え大きく回り道してしまった。道沿にはポインセチアが野生化、巨大化してあたり一面真っ赤っかだ。
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                巨大なポインセチア
30分もかかってセントロに出たのだが、何と、ホテルから歩いて数分の所だった。出だしから間違えてしまったようだが、美しくのどかな島の風景を堪能出来たので、思わぬもうけものだった。
今はオフシーズンなので街中には観光客の姿はほんのちらほら。因みにイースター島には春と秋しかないそうだ。
フェリアでAさんが土産物の値引き交渉を始め、かなりの額まで下げたのだが、もう一押しだから他の店も回ってからにしましょうと言う。他店で数点買い、先程の店に戻ると、私たちがどうしても買いたがってると思ったのか、最初の値段を言うのであきれて買わずに出た。世界中どこへ行っても日本人は良いカモに見えるのだろう。
昼食は大通り沿いのテラスでマリスコスープ(魚介類がたっぷり入ったスープ)を食べる。足元で大きな犬が寝そべっている。この国でも犬は放し飼いだ。
午後、ホテルまでツアーバスが迎えに来て、他のホテルを数箇所廻って14~5人乗せてから出発。島には約900体のモアイ像があちこちに散らばっているが、モアイ像の他にも遺跡や原住民の住居跡などがある。
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                 遺跡の石壁
遺跡の石垣がカミソリ一枚入らない精巧さで、強度補給のため間に小さい長方形の石を挟んであるのはインカと同じ様式だそうだ。
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                  インカと同じ石組み
RUNA PAO及びRAPA NUIと言う地区にある7体のモアイ像を見学。海岸近くに立っているが、どれも海に背を向けて立っている。モアイ像を立てた部族の住む方角を向いているのだそうだ。
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島民はスペイン系混血がほとんど。原住民はヨーロッパ人のもたらした疫病や奴隷狩りでほんの数人になってしまったそうで、島の歴史や伝承を語り継ぐ人がいなくなり、今もってモアイ像を誰が何のために作り始めたかは確実にはわかっていないそうだ。
部族の王の権力を誇示するためとか、魔除けとか色々の説があるらしい。ガイドさんは混血だが、腕に部族の印だと言うイレズミをしている。
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断崖絶壁のそばに、原住民が暮らしていた洞窟がある。野菜類もこの中で栽培していたそうで、現在は野生化したトウモロコシなどが茂っていた。岩を通って濾過された清涼な水もあり、快適な住居だったようだ。
ホテルに戻ってから、夕食を食べに行くついでにサンセットを見に行く。モアイ像に丁度夕日が当たり、とても幻想的だ。
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                夕日をバックにたたずむモアイ
あてにして行った海辺のレストランは3軒とも閉まっていたので、セントロのスペイン風のしゃれた感じの店に入る。今日は私の・・うん才の誕生日。張り込んで美味しい魚介類をたらふくたべるぞ、と舌なめずりしてメニューを見た。・・ん?マグロしかない!
この島の付近ではマグロが捕れるが、他に数種類のローカルの魚以外の魚介類は獲れないと聞いてびっくり。おまけに今日はマグロ料理しかないと言うのでがっくり。
3人で違う種類のマグロ料理を頼んでシェアしたが、どれも美味しかったので文句は言うまい。
ホテルに戻り、ふと空を見上げて思わず歓声を上げてしまった。まさに満天の星。ダイヤモンドのようにきらめきながら、今にも手に届きそうな近さに無数の星がぶら下がっている。星空のあまりの美しさに、3人ともしばらく声もなく見とれていた。
ホテルの人を呼んできて、どれが南十字星かと聞くと、さすが、すぐに教えてくれた。ほぼ2年間の南半球滞在中、初めてはっきりと南十字星を見ることが出来、感動で胸が一杯になった。
by ruriwada | 2008-09-01 03:24 | Comments(0)