ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

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翌24日はバスターミナルから首都モンテビデオ行きに乗る。約3時間の道中はずっと草原だ。アルゼンチンの牧草地より木が多く、土も黒くて土壌が豊からしい。草原を馬に乗って歩んでいるガウチョを見かけた。映画のワンシーンみたいで思わず、「シェーン、カムバック!」と叫んでしまいそうだった。 
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                    コロニアからモンテビデオへの道中
途中から数人のいかにもガウチョらしい、真っ黒に日焼けした逞しい男達が乗り込んで来た。全員マテ茶を手に持ったり飲んだりしている。モンテビデオ市から働きに来ていて、週末家に帰るのかな。
モンテビデオのバスターミナルに着いたが、迎えが来ていない。キョロキョロしていたら、タクシー乗り場のお兄さんが「どうした?」と声をかけてきて、観光案内所へ連れて行ってくれた。
観光案内所の人が電話をかけてくれ、女性がやって来て、「すぐ車を寄こす、今日は3時にホテルにツアーバスが迎えに行く、明日は11時に迎えに行く」、と言う。ホテルに着くと、まだ掃除が出来てないので、少し待ってくれとのこと。荷物だけ預けて、先に昼食に行くことにした。街の探索を兼ねながらブラブラ散策。
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                    モンテビデオのセントロ
ミニ公園そばの、コカコーラの大きな看板が出ているカフェテリアに入る。夫はパスタ、私は温かいサンドイッチを頼んだが、サンドイッチの大きさがはんぱじゃない。ピザ一枚分ぐらいもある。とても美味しいのだが食べきれず、残りは持ち帰りにしてもらった。
ホテルに戻るとまだ部屋の準備が出来てない。ロビーで待つうち、夫は眠ってしまった。夫の特技の一つは、どこでもすぐに寝てしまうことなのだ。
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                   ホテルのロビーでおねんね
2時頃やっと準備完了。部屋は3階だが、ここのエレベーターがすごい。ガタガタギシギシ、まるで震度4位の揺れと音だ。これで4星なのだから。でもフロントは皆とても感じが良い。
3時少し前ツアーバス到着。客はアメリカ人一人、ペルー人、コロンビア、それにブラジル人が数名。ガイドの女性はスペイン語だが、大声でゆっくり話してくれるので殆ど理解できた。時々英語でも説明してくれる。
モンテビデオの街並みはブエノスアイレスのミニ版といった感じだが、古くて荘厳な素晴らしい建物もいくつかある。とても繁栄していた時期があったのだそうだ。
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                   美しい白亜の国会議事堂
街中はくすんであまり綺麗とは言えないが、「緑の街」と言われる通り、木がふんだんにある。木の本数まで数えられているところを見ると、町で大切に保存しているのだろう。
海岸沿いはリビエラみたいに白亜の高層アパートが立ち並んでいて美しい。ブエノスの金持ち達が週末を過ごしにやって来るのだそうだ。
夕食は地球の歩き方に乗ってる中国大飯店へ行った。途中、何人かの浮浪者に金をせびられたが無視。ここはかなり物騒な地区だと後で知った。
警官が歩道に椅子を置いて座っており、「ここだよ、まだ開店してないが7時半に開く」と教えてくれた。大飯店と言うから大きな店だと思っていたら、小さな店だった。後で知ったことだが、すぐ近くにもっと安くて美味しい中国料理店があるらしい。
by ruriwada | 2008-06-27 05:01 | Comments(0)
ブエノスアイレスはラプラタ川沿いにあるのだが、その川向こうは隣国ウルグアイだ。
5月23日から3日間、そのウルグアイへ船で行って来た。この船のことをブケブスって言う。ブケは船、ブスはバスのこと。別にブスばかり乗ってるわけじゃないけどね。
出国手続きが終わると係りが、隣のカウンターへ回れと言う。今度は入国手続きのようだ。アルゼンチン側とウルグアイ側が背中合わせに並んでいるらしい。
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                  ブケブス
長い通路を渡って乗船。席は好きな所に座れとのこと。出航時には殆ど満席状態だった。数百人はいるだろう。川と言っても河口に近いので、まるで海のような広さだ。
波はサザナミ程度で、殆ど揺れない。1時間ほどでウルグアイのコロニアに到着。パスポートのチェックもなく、荷物の一つを開けてざっと見ただけ。
ホテルはセントロから外れた4星で、室内プールやジム、サウナがあるが、窓の鍵は壊れてる。正面から見ると、なかなか立派な建物だが、裏側は古い工場跡みたいだ。窓から見えるのは工場ばかり。しかも廃屋となっているものが多い。ウルグアイの経済もかなり落ち込んでいる様だ。
地球の歩き方に乗っている「カサ・グランデ」で食事をしようと、てくてく歩いていたら市内バスが追い抜いていった。夫がバスに乗ろうと言うが、小銭がないので、両替してもらおうとホテル近くの両替所に入った。
マネージャーらしい人も受付の女性もとても親切で、手数料なしで換えてくれた。その上、一銭にもならない客に「ブエン・ビアヘ(良い旅を)」と言ってくれた。でも結局は歩いて行った。なんせ我が家は夫婦そろって貧乏根性なのだ。
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                      カサ・グランデ
カサ・グランデ周辺は観光スポットで、ポルトガル式とスペイン式の古い石畳が続いている。街並みもスペイン風、ポルトガル風の古いコロニアル形式の石造りの家が並んでいる。実に美しく異国情緒たっぷりだ。色とりどりの花々も咲き乱れている。なんと、朝顔まで咲いている。晩秋なのにと不思議に思っていたら、午後から乗ったツアーのガイドが「ここ1週間ほど真夏の天気が続いたので、花が狂い咲きした」んだって。
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                  カサ・グランデ近くの土産店
ツアーは私達だけで、ガイドは実に愛想が良い中年男性。先ず、カサ・グランデ周辺を散策。今度はガイド付きなので面白い。雨水を流すへこみが石畳の真ん中にあるのがポルトガル様式。道の両側ががへこんでいるのがスペイン様式だそうだ。ポルトガル様式の道は歩きにくい。屋根も傾斜があるのがポルトガル、平らなのがスペインだそうだ。平たい屋根は水はけの装置に金がかかるので、ポルトガルは貧乏だったから、傾斜の屋根にしたとガイドが言う。
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                 ポルトガル風石畳。坂の向こうに川が見える
石畳の小道の一つが「ためいき」と言う意味の名前なので由来を聞くと、「諸説があるが、私が一番気に入ってるのはこれだ」と説明してくれたのは・・
近くに砦があり兵隊が沢山いた。村の女達がここでスカートを持ち上げて見せたりと、色々気を引いて見せ、兵隊達が息を切らして駆けつけたからだと言う。そう言ってガイドはにやりと笑ってウインクしてみせた。
その後、コロニアル形式の残る街並みを抜け、郊外へ向かうと黒人の聖人が飾ってある珍しい教会があった。数ある彫刻は全部木製で、上から金色に塗ってある。スペインとポルトガルに全部金を盗られてしまったからだそうだ。
祭壇そばの両側壁に人体の各部のミニチュアがびっしり飾られた額がある。痛い部分のミニチュアを撫でさすると治るんだって。
その後しばらくすると遺跡のような巨大な円形の建物が現れた。闘牛場だったが、残酷だと禁止になったのだそうだ。コロニアに到着してすぐ、街の人達が穏やかで親切だって感じたけど、心の優しい人が多いのかもね。ガイドの話だと犯罪もないそうだ。これはちょっと信じられないけどね。
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闘牛場跡
スカッシュの競技場も廃墟になっている。中は市の資料館になっていて、おじいさんが一人で膨大な資料の山と格闘していた。コンピューターがないので全部手作業だそうだ。競技場の中を見せてくれたが、20年間ガイドをしていて、ドアが開いていて入れたのは今日が初めてだって。普段から心がけのいいものは違うね。フフフ
市のかなり郊外に、シェラトンホテルがまるでお城の様な威容をたたえてたっている。駐車場にはクラシックカーがずらり。目を丸くしてたら、「ウルグアイではクラシックカーは安い、自分も一台持ってる」、とガイドが言う。
「へえ?日本じゃ、目の玉が飛び出るほど高い」と言ったら、「日本人に売ろうかな」、だって。シェラトンホテルからセントロまでの道は川岸沿いだけど、砂浜の砂が真っ白いのでとても綺麗だ。
夕食はホテル料に含まれてるのでホテルで食べる。バイキング形式だけど、品数も多いし、なかなか美味しかった。ワインの方はいまいち。
アメリカの大学生達のグループがバス3台でやって来て、賑やかなこと。私たちが夕食のためロビーに行った時、このグループは卒業式の時に着るガウンを着て出て行った。どこかでパーティでもやるのだろう。
by ruriwada | 2008-06-18 07:43 | Comments(1)
午前中はアルタ・グラシアへのツアー。今日のガイドは中年の肥満気味のおっさん。
「私は英語は話せない。スペイン語で大丈夫か?」と心配そうに聞くので「ノ・アイ・プロブレマ(問題ない)」と答える(おいおい、本当かいな?)。
どっちみち、英語だって良く分からないんだから、わざわざ高いお金出して英語ガイド雇うことないもんね。
コルドバの市内を出るとすぐ、道の両側にアルゼンチン空軍やロッキード社などの航空機関連の広大な敷地が広がっている。それを過ぎると、小麦を刈り取った後の、赤茶けた農地が地平線まで続いている。
一時間ほどでアルタ・グラシアに着き、最初はユネスコの世界遺産に登録されてる、古い教会と僧院見物。上下階の壁際の床にいくつか並んで穴が開いており、トイレだそうだ。昔は宿舎の下を水が流れていて、そこに落としたんだって。これが元祖水洗トイレだったりして・・
日本も昔のトイレは穴あきボトン式だったけど、川には流さなかったよね。この川の水を利用した水車もあるけど、汚物を流した同じ水を使ったのかなあ。
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                        トイレ
宿舎跡は博物館になっていて、昔のガウチョ達の生活様式が見られるけど、ずいぶん貧しかったみたい。黒人奴隷達の宿舎のミニチュアもあった。へえ?アルゼンチンにも奴隷制度があったんだ。
この後、チェ・ゲバラが幼少時代を過ごした家を見に行った。この地は緑が多く、乾燥していて、健康に良いとされ、父親がゲバラの喘息治療のため転地したんだって。ゲバラの部屋や、ゲバラが南米各地を友人と2人で放浪して回った時に使ったオートバイと同じ型のオートバイも展示してある。
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ゲバラ家は名家と聞いていたけど、意外に質素な家だった。私は20代の頃ゲバラに心酔していたから、ゲバラがアルゼンチン人だって知ってから、よけいアルゼンチンが好きになった。中南米でのゲバラの人気は今でも高いから、入館者もけっこう沢山いた。
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                      ゲバラ家
この後、Fallaと言うスペイン人の作曲家の家も見学。この人も結核療養のため転地して来て、ここで亡くなったんだって。かなり名の売れた人らしいけど、私は音楽には疎い方なので知らなかった。ごめんなさい。
この辺りはイギリス地区と呼ばれており、しゃれた可愛い家並みが続いている。一時期、保養地として人気があったらしいけど、今はさびれて、静かな田舎町と言った感じだ。
帰りにコルドバ州最大の保養地、カルロス・パスを通った。カジノやディスコで有名なこの街は、週末になるとコルドバ市内から若者達がどっと押し寄せるそうだ。
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                   コルドバ市内の面白いモニュメント
昼頃ホテル着。一日目と同じ、コロン広場前のカフェで昼食。午後5時15分発の飛行機でブエノスへ戻った。
アエロパルケ空港からタクシーに乗ったら、すごい渋滞。特にルラル辺りは何回も信号待ち。ルラルで開かれている世界本の市が最終日のせいらしい。家まであと500メートルぐらいなのに、タクシーの両側はぴったり別の車で塞がってるから(この国では車線はあってなしがごとしなのだ)、ドアを開けて降りることも出来ない。
カチャッと音がする度料金のメーターが上がる。運転手がその度、アハハだって。全くもう!結局いつもの2倍払わされた。
by ruriwada | 2008-06-09 21:59 | Comments(0)
翌日は朝9時からのカピジャ・デル・モンテへのツアー。ガイドが「英語でガイドをして欲しいならお金を払ってもらわねばならない」と言い出した。え?スペイン語でOKだと言ってあったはずなのに。私達は英語よりスペイン語の方が良いと言って(??)、英語は分からない振りをすることにした。英語ガイド料金はけっこう高いのだ。
最初はがめついガイドだと思ったが、1日一緒に行動して、とても良い人だと分かった。きっとツアーの人数が少ないので(私たちの他は2人のカナダ人女性)儲けにならないから、会社から言われたのかもね。
途中、貴石博物館に立ち寄る。アルゼンチンには「インカのバラ」を始め、実に美しい石が多い。貴石で作った宝飾品や工芸品も数多く展示してあって見るだけで目の保養になる。庭の壁にもふんだんに貴石が使ってあるけど、盗まれないのかなあ。
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                   貴石の石垣
カピジャ・デル・モンテの岩山の上に、丁度靴の形の岩がある。聖人が空からやって来て、ここに片足で立ったと言う言い伝えがあるらしい(私の乏しいスペイン語力では良く分からなかったけど)。この岩山はインディオの聖地だそうだ。町の向こうに低めの山脈が見えるけど、時々UFOが現れるんだって。期待したけど見れなかった・・残念無念
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                   靴石
この街のセントロにはアルゼンチンでは珍しいアーケードがある。アーケード外れの「Ca Mon」と言うレストランで昼食。運転手さんとサッカーの話で盛り上がり、運転手さんはコルドバのひいきのチームのメダルがついたキーホルダーを見せてくれた。ツアー客のカナダ人の一人はバイオリニストで世界各地の大学で教えているそうだ。アルゼンチンに来たのも仕事で、これで5回目だって。
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              アーケード街(アルゼンチンでは他に見たことがない)         
 ロス ココス という所で、リフトに乗って山頂まで上った。頂上にある真っ赤な屋根の駅舎が遠方からでも見える。ここの土産物店にマテ茶容器とボンピジャがくっついた珍しい物を売っていたので買った。
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               リフトの駅舎
帰り道、アルゼンチン名物、アルファローレ(ビスケットサンド)の直売店に寄り、製造過程を見学。アルゼンチン人の友人達はこのお菓子に目がないが、私には甘すぎて苦手だ。
店の前の交差路中央に鳩時計が建っていて、見物客達が鳩が出てくるのを待っている。鳩は写真を撮るのがやっと位の数秒間顔を出しただけで、あっという間にトビラが閉まってしまった。客はみんな鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をしていた・・なんちゃって。
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                鳩時計
夕食はホテルのフロントで中華料理店を教えてもらいそこへ行く。ラス ティナハスという名のその店は、名前も店の作りも、バイキングスタイルなのもメンドーサのと同じだ。きっとチェーン店なのだろう。
安いし、広くて雰囲気が良いし、何より料理の種類が多いのが良い。魚料理も豊富だったから、夫も私も欲張って、動くのがおっくうな程食べた。我ながら全く意地汚い。
帰りがけにコロン広場の方からタンゴの曲が聞こえてきたので寄って見た。10人ほどの男達が音楽をかけ、たむろしている。蝶ネクタイのぱりっとした格好の人もいて、ほとんど老人だ。その周辺では数組のカップルがタンゴを踊っている。その数はだんだん増え、10組ほどになった。
写真を撮っていたら、蝶ネクタイの老人が真っ直ぐ私を見つめながら寄ってきた。撮影禁止かとドキッとしたが、知らぬ顔をして写し続けていると、男は行ってしまった。
後で良く観察してると、男達は見物客にダンスの相手を申し込んでいるらしい。惜しいことをした。せっかくプロらしい人と踊れるチャンスだったのに。
この公園では毎週土曜日、野外ダンスを催してるんだって。いいなあ、何て粋で楽しい催しなんだろう。日本じゃせいぜい盆踊りだもんね。
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                  コロン広場で踊る人達
インテルプラサホテルのフロントには一人とても親切な若い女性がいた。ツアー会社にも何度も問い合わせてくれたり、夜部屋に電話がかかってきた。「何か困ったことはないか?」だって。「別にありません。ありがとう」って言ったけど、嬉しくて感激しちゃった。
by ruriwada | 2008-06-02 22:48 | Comments(0)