ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

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1月21日から1週間旅行して、28日にブエノスアイレスに戻ったら、パロボラチョの花で街中が濃いピンク色に染まっていた。アルゼンチンの国花はセイボだが、何故かブエノスアイレスでは殆ど見かけない。
春先にはハカランダ(ジャカランダ)で街中が紫色。夏に入ると一斉にパロボラチョが深紅の花を咲かせる。以前にも紹介したように、パロが棒とか木、ボラチョが酔っ払いと言う意味だ。
 こんな妖艶な花に酔っ払いの木とは何と無粋な、と誰しも思うだろうが、この木の幹がビール腹に似てるから付けられた名前らしい。ここはワイン王国だから、ワイン腹と言うべきか。そう言えば花も酔っ払った美女の風情がするような。
今日はパロボラチョの花と、木を再紹介しよう
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パロボラチョの幹 木にぶら下がってるのが実。実が割れると中から白い綿が現れる
by ruriwada | 2008-01-30 00:54 | Comments(0)
 暮れの30日、ブエノスアイレス市の北方にあるガリンと言う町に住むC家に昼食に招待された。車で高速で約一時間、ピラール市の少し手前だ。C家にはこれまでにも2度行った事があり、二度とも車での送り迎えだったが、今回は遠慮してバスで行くことにした。
幸い、家のすぐそばの57番のバス停から、ピラール行きのラピド(急行)とセミラピド(準急)バスが出ている。ブエノスアイレスのバスには普通はエアコンはついてないが、ラピドやセミにはついているので快適だ。
ところが何故か、夫が通うモレノ行きのラピドだけは、同じ57番のバスで料金も同じなのにエアコンがついてない。車体もどれもチョーオンボロで、毎日このオンボロバスに1時間ゆられている夫は「モレノ行きには一番悪いのを回してるんじゃないのか。差別だ」と、いつも憤慨している。モレノ市内を走るバスも何故かレトロなのが多いそうだ。
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          モレノ市内を走るレトロバス
 話が逸れたが、バスが出発してすぐ、夫に「今バスに乗ったとCさんに電話した方がいいんじゃない?」と言うと、夫は「あ!、名刺も手帳も持ってくるの忘れた!」「え?じゃあ、住所も電話番号も分からないの?」「ウン」
「・・・」絶句。夫のケータイにも登録されていない。
「どうする?途中で降りて戻る?」「迎えに来てくれるから大丈夫だよ」
「今日から夏時間になったのよ。もし、Cさんが勘違いしてたら?」
夫はバツが悪いのか無言。ま、先のことを心配してもしょうがないと開き直って、運を天にまかせることにした。
高速の料金所を過ぎると、バスはハイウェイを停留所毎に一般道路に下りては又ハイウエイに上る、を繰り返し始めた。夫は乗るとき運転手に行き先を書いた紙を見せて、知らせてくれるように頼んでいたのだが、一向に案内がない。
「おかしいなあ・・車で来た時はもっと近くだったような気がしたけど・・」と夫に言うと、「大丈夫だ、まだまだ先だ」と言う。
念のために後部座席の人に聞くと、「もう通り過ぎた」と言う返事。あわてて運転手に聞きに行くと、運転手、しまったと言う顔をして
「忘れてた。次で降りて、ハイウェイの反対側から乗って二つ戻れ」
もちろん、謝罪の言葉もない。アルゼンチンでは謝罪の言葉を期待する方が間違ってる。
外は38℃の炎天下。おまけに張り切ってユカタなぞ着てきたからたまらない。汗だくでハイウェイの下をくぐり、日差しを遮るものが何もないバス停で待つこと20分。
一緒に乗った人達が「ガリンで下してやってくれ」と運転手に頼んでくれて、運転手も「次はガリン」、と大声で知らせてくれて、やっと目的地に到着。またまたハイウェイの下を歩いて反対方面のバス停に行く。
 バス停近くに停めた車の中でCさんが電話をかけていた。私達の顔を見てほっとした様子。何度もケータイに電話したがつながらなかったと言う。変だなあ、一度も鳴らなかったけど・・
「もう一度かけて見て下さい」と頼むとかけてくれたが音が聞こえない。ケータイはスペイン語なので、Cさんに見てもらうと、無音に設定されていた。まったく、もう。
 C家の住むコミユニティは数百軒の家の周りを鉄条網で囲い、ゲートは24時間ガードマンのいる、プチブルの住宅地だ。どの家も数百坪の敷地でパティオとプール付き。コミュニティの中では塀がなく、隣家との境も樹木である。
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                       C家のパティオ
Cさんは中小規模の会社社長、夫人は銀行員のキャリアウーマンで、二人とも英語が堪能だ。アルゼンチンでは英語を話すことがステータスシンボルの一つだそうだ。
ご夫婦ともスペイン系で、家の作りもスペイン風の白い建物。家の中心にパティオがあり、その周りを部屋がぐるりと取り囲んでいる。
パティオの隅にアサドを焼く大きなグリルがあり、側に屋根だけの10人ぐらい用のオープンダイニング。勿論家の中にも大きなダイニングがある。
住み込みのメイドが一人と、時々来る通いのメイドが一人。メイドがいるのはアルゼンチンではごく当たり前のことだそうだ。
小人数の食事ではさすが本格的なアサドはせず、二回ともチョリソーだったが、今回はカツオ1匹を丸焼きして供して下さった。カツオの丸焼きとは日本人にはない発想だが、とても美味しかった。夫人は日本料理が大好きで、先日寿司を作ったと嬉しそうに言う。
夫人はまた、夜遅いのが苦手だと聞いて笑ってしまった。
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                       C家の庭のプール
 C家には6才の男の子と2才の女の子がいる。男の子に日本からの刀の玩具を上げると「にんじゃ、にんじゃ」と大喜びで、パパを切る真似をしたりして遊びだした。お兄ちゃんは忍者が大好きなのだ。
2才の女の子は活発で、おとなしいお兄ちゃんはやられっぱなし。妹のことを「カミカゼ」と呼んでいる。
 このコミュニティの中に1軒高層のビルが建築中だ。Cさんが「あれはどういう人が買うと思うか?」とにやにやして私に尋ねる。
「分かりません」と降参したら、
「このコミュニティーの住人は最初は若い人ばっかりだったが、年数が経ったので、離婚するカップルが出始めた。離婚で家を妻子に明け渡したお父さん達が子供達の近くに住みたいので買うのだ」と言う。
何とまあ。気の毒やら可笑しいやら。でも、Cさん、そんな他人事みたいなこと言っていていいの?
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                       C家の庭
いざ帰るだんになって、バス用のコインをすぐ出せるようにしておこうとバッグの中を見ると小銭入れがない! 一瞬頭の中が真っ白。やられた。でも一体どこで?呆然としてる私を見て、C夫妻が「どうしたの?」と心配そうに聞く。
中身は2千円ほどだからまあいいとして、帰りのバスのコインがない。夫の財布には紙幣が入っていたが、コインの方は来る時全部だしてしまった。バスはコインしか使えないし、遠いから2人で1ペソコイン10個が必要なのだ。
Cさんが「両替して上げなさい」と、忍者君に言うと、忍者君が30センチ四方の箱を持ってきた。中にはコインが一杯。慢性コイン不足病のブエノスアイレスではまさに宝の箱。
思わず「うわあ!」と歓声を上げると、Cさんが笑いながら、
「私や妻が買い物から帰ると、お釣りのコインを全部さっとかっさらって、これに入れてしまうんですよ」
さすが経営者の子。こんな小さいうちから蓄財の才抜群だ。親も親。日本の家庭だったら、そんなことをしたら、大目玉を食らうだろう。まさに所変われば・・
さて、家に帰ってみれば、掏られた筈の私の小銭入れがテーブルの上にござった。穴があったら入りたい。Cさんに電話してお礼と、顛末を報告してお騒がせした事を詫びる。
by ruriwada | 2008-01-20 22:38 | Comments(0)
 クリスマスから正月にかけてはパーティ続き。23日にはサンマルティン市のAさん宅でトリのアサド。25日はエスコバルのKさん宅で子羊のアサド。27日は我が家で仲間内のパーティ。30日はガリンのCさん宅でカツオのアサド。元旦はまたCさん宅で本格的アサド。3日は我が家でタンゴクラスのメンバーによるパーティ。
 ワインの飲みすぎとご馳走の食べ過ぎで胃袋が悲鳴を上げ、その上記録的な猛暑のダブルパンチで二三日バテテしまった。
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             k家のアサド
アサドと言うのはタタミ半分位の大きさのグリルで、薪あるいは炭をかんかんに起こし、大きな牛肉の塊、子豚や子羊、鶏一羽丸のまま等を、数時間かけて焼き上げる。簡単なのはチョリソー(大きなソーセージで脂分が一杯詰まっている)を焼いてパンに挟んで食べる。
アサドを焼くのは男性の仕事だそうで、大ファミリーではパーティ毎に焼く係りが順番で決ってるそうだ。何しろ焼きあがるのに時間がかかるから、パーティの時間が長いのも当然。
K家のクリスマスパーティでは4時頃から子羊1匹を焼き始め、焼きあがったのが8時頃。それまでの間、広大な庭にしつらえたテーブルで、ワインやビールを飲み続け、おつまみや軽食を食べながらおしゃべりに余念がない。
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    K家の庭、 左の建物はパーティ用、右はゲストハウス
やっと焼きあがると、シャンパンで乾杯してから子羊のアサドが供された。柔らかくて臭みがなく、実に美味しかった。k氏の義姉が牧場を持っていて、そこで飼育してる子羊だそうだ。何だか残酷で子羊に可哀想な気がするが、美味しさに負けて、考えないことにした。
元旦の時は牛、ブタ、トリのアサド。二回ともパーティの最後にはケーキとドライフルーツの盛り合わせが出た。このドライフルーツ盛り合わせには意味があり、お聞きしたのだが失念した。
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            ドライフルーツの盛り合わせ
パーティのお開きは真夜中で、帰宅は深夜1時過ぎだった。
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      k家の広大な庭  後ろに見えるのが母屋
ところで夫はアルゼンチンに来て以来、アサドの食べすぎて太り、昨年11月に健康診断で一時帰国した際ドクターから「メタボリック症候群」のお墨付きを頂戴してしまった。仲間達からは「メタボリではなく、奥様にベタボレ症候群でしょう」なんてからかわれている。フフフ
by ruriwada | 2008-01-18 23:11 | Comments(0)

 ブエノスアイレスのクリスマスは夏だ。欧米や日本でもクリスマスシーズンは街にサンタの服を着た広告マンを多く見かけるが、私の住んでるパレルモ地域では一人も見かけなかった。夏にサンタのあの服装はさすがに暑すぎるのだろう。しかも今年は驚異的猛暑だ。
イブの騒々しさには参った。夜中から未明にかけて、市内各所で花火が始まるのだ。公の打ち上げ花火もあれば個人でやってるのもある。個人でやってるのさえ、打ち上げに近いものがあるそうだ。花火に混じって爆竹も鳴るから騒々しいことこの上ない。
 とても眠れないから窓から眺めていると、バレーボール位の火の玉がビョ~ンと夜空を横切って飛んでいった。??まさかUFO? と、その飛んでいった先でバーンという音ともに火の粉が上がった。UFOという花火だそうだ。それにしても火事にならないかと心配だ。人の上にでも落ちたら火傷するだろうに。
 案の定、翌朝のニュースではボヤ騒ぎあり、火傷をした人も大勢いたと言う。一晩中救急車のサイレンが鳴り響いていたのも道理である。
一方、家の中でも乱痴気騒ぎらしい。アパートの隣の部屋には小さな子が二人いるのだが、大人達の騒ぎ声に混じって子供のはしゃぎ声が夜中の2時ごろまで聞こえていた。
 そして翌25日の朝はまるで死の町。24時間騒音と排気ガスを撒き散らしながらひしめき合っている車が一台も見当たらない。時たまガラガラのコレクティボが通り過ぎるだけ。商店もレストランも全て閉まっている。歩く人もパラパラ。皆午後の2時ぐらいまで寝てるらしい。

アルゼンチンには到る所に彫刻があるが、そのうちのいくつかをご披露。
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by ruriwada | 2008-01-17 23:36 | Comments(0)
 ブエノスアイレスは万年的にコインが不足状態だ。店で買い物すれば必ず「小銭を持ってないか?」と聞かれる。バス停近くのキオスコでは1ペソ位の買い物では紙幣は受け付けない所が多い。
先日は地下鉄で10ペソ(約400円)札を出したら断られ、仕方なく5回分のカードを買ったのだが、このカードがよく壊れる。2回使うともう改札口を通れない。窓口に言いに行くと、わきから通してくれる(因みに出る時はフリーパス)。これで5回分を使い切ったが、この手で行けば何度でも使えそ・・・
でもせっかくのグッドアイディアもバカ正直な日本人には実行出来そうにない。
銀行へ両替に行っても、せいぜい1回に10ペソしか換えてくれない。ひどい時には断られる事もある。両替屋でさえ、紙幣をコインに換えてと頼むと、せいぜい20ペソが限度。この間は6ペソしか換えてくれなかった。いつも行く顔なじみの両替屋でさえこれだ。
私のスペイン語の先生のご主人は銀行員。先生がご主人に銀行で両替してきてと頼んだら、「これしかない」と、10ペソしか換えてくれなかったそうだ。
先日、友人の銀行員と食事をする機会があり、「どうしてコインが不足してるの?」と聞くと、「アルゼンチンでは銅が不足しているから、銅の値段がとても高い。コインより価値が高いから、貧しい人達がコインを集めて溶かして売ってしまう」のだという。これには開いた口が塞がらなかった。

  ブエノスアイレにはやたら犬が多い。そして犬の散歩屋さんは大繁盛。今回は犬の散歩屋さん達をご紹介。
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by ruriwada | 2008-01-16 21:07 | Comments(0)

 アルゼンチンには何故かカラスがいない。ブエノスアイレスは勿論、旅行先でも見かけたことがない。カラスは世界中どこにもいると思っていたのだが・・・
 しかしブエノスアイレにはカラスの代わりに人間カラスが沢山いる。ゴミを漁る人達でカルトーネと呼ばれている。夜ホテルの周りを歩くと、歩道際に置かれた黒いゴミ袋の口を開け、めぼしい物を拾い出して、手押し車の様な物に積んで持ってゆく人を沢山見かける。若い女性や、時には子供も混じっている。夜だけではなく、昼間でも見かけることがある。
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            線路沿いの貧民窟
 列車の線路沿いに貧民窟が広がり、ここからカルトーネス特別列車(レティロの駅の一番外れのホームにドアのないチョー汚い列車が停まっていたのを見た事がある)で出勤(?)して来るのだ。カルトーネスの数は一時よりずい分減ったそうだが、スラム街は拡大する一方のようだ。
 カルトーネスのほとんどは中身を出した後、また袋の口を縛り直して行くようだが、中には袋を破って散らかし放題の者もいる。ブエノスアイレスは四六時中風が吹いてるから、風がゴミを吹き散らす。
 道行く人も平気でゴミを路上に捨てる人が多い。店の人も店内は綺麗に掃くが、そのゴミを道路に掃き出してしまう。
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         ベオグラーノC駅前の歩道のゴミ
 緑に囲まれ、至る所に彫刻のある美しい街なのに、足元は犬のフンとゴミだらけ。つくづく勿体ないなあと思う。これでは宝の持ち腐れではないか。
 ポルテーニョ(ブエノスアイレスっ子)が郷土愛に目覚めるのはいつになるやら。そのくせ自分のおしゃれには余念が無い。常に歯ブラシとクシやブラシを携帯し、レストランや飛行機のトイレから歯ブラシを手に出てくる男性を何度か目撃したことがある。
 アルゼンチン人と言えば「矛盾だらけでめちゃくちゃだが、何となく魅力的な人達」というのが、アルゼンチン滞在1年後の私の感想だ。
by ruriwada | 2008-01-13 20:57 | Comments(0)
 チャイナタウンは世界中と言ってもいいくらい、大抵の国にあるが、アルゼンチンも例外ではない。ブエノスアイレスではバリオ・チノというのが中華街のことで、ここに行けば中華料理の材料は勿論のこと、日本食の材料も大抵手に入る。
魚も豊富で、タイ、平目、カツオ、サバ、イカ、タコ、太刀魚、ボラ、マグロにイナダなどを売っている。日本では高級魚のタイ、平目などが日本人から見ればビックリするくらい安いから、私達は毎週タイか平目の刺身を食べている。
マグロはたまにしか売っていない。チリから来るそうだが、最近中国人がマグロを食べるようになったので、どうやら日本や中国へ優先的に回されてしまうらしい。
太刀魚は日本で見かける大きさの倍くらいはありそうで、しかも獰猛な顔つきだ。でも味は同じ。
野菜の方も、大根、ニラ、ゴボウ、日本のキウリ、カブに白菜、何でもござれだ。面白いのはスペイン語ではHは発音しないから、ハクサイが「AKUSAI」と表示してある。
夫は「うちには悪妻がいるから、AKUSAIは必要ないよ」と事ある毎に吹聴している。先日、皮付きの筍を売っていたので、買って帰ってきたのだが、開けてびっくり玉手箱・・
何とタケノコの中に空洞がないのだ。これが本当に筍なの?とおっかなびっくり食べてみたら、味はまさに筍。
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                穴のないタケノコ
日系人の友人の話では、竹には数種類あって、日本と同じ種類もあるらしいのだが。竹に穴がなければ、かぐや姫が入れないよ。所変われば品変わるとはまさにこのことだ。
ところでこの中華街へは毎週土曜日、二人でコレクティボ(バス)に乗って買出しに行く。夫は背中にリュックを背負って行き、これに大根やらニンジン等の野菜類、時には米10キロを入れて背負っているのだから、まさにかつぎやの小父さんルック。時たまリュックの口から大根がニューッと出てるのはご愛嬌。今日はゴボウがのぞいている。
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           中国屋へ買出しに (リュックの上から顔を出してるのはゴボウ)
by ruriwada | 2008-01-10 22:48 | Comments(0)

瑠璃通信34 サルタⅥ

 とうとうサルタ旅行最終日。10時にチェックアウトした後、ホテルに荷物を預けサルタの町を最後の散歩。スーパーのような店があったので、中に入ったら、中は広く、市場になっていて、土産物店がずらり。ツアーで回ったどこよりも安価なのでがっくり。
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                サルタのスーパー
 市場の中は肉屋や野菜屋が多く、皮をむかれたブタ一頭まで置いてあり、大賑わいだ。
ホテル前に客待ちしているタクシーに乗ろうとしたら、助手席の窓は開け放しで、後部座席のドアは中からロックしてある。
変だな?アルゼンチンのタクシーのドアは自動ではないから、客待のタクシーのドアにロックがしてあるはずがないのだが・・・
と思う間もなく、いつもタクシーの所でうろうろしている10才位の少年がさっと来て助手席から手を入れてロックを外す。
夫がチップをヤレと言うので上げたら、飛び上がって喜び、もう一人の少年にガッツポーズをして見せていた。
やられた。先日少年がタクシーの助手席に顔を突っ込んで運転手にしきりに何か言ってるのを見かけたのだが、ああやって話しかけてる時に素早く後部座席のドアのロックをして、運転手がトランクに客の荷物を入れてるすきにロックを外し、小遣い稼ぎをやってるらしかった。
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                  サルタ市内
 12時にホテルを出て空港に着いたら、ロビーには4人の職員が立ち話しているだけで、他に誰もいない。カウンターも無人。一瞬、ストでもあったのかとドキッとしたが、一日の便数が少ないせいらしい。
 二階で軽食を食べて下に下りたら、カウンターに人がいたのでほっとした。昨日のツアーで一緒だった二人のロスから来た女子大生(台湾人とフィリピン人)もいた。二人はブエノスアイレスに数日泊まると言うので、困った時のためにと、うちの住所と電話番号を教えた。
ブエノスアイレスに着き、タクシー乗り場に行ったら最後尾。背後の、客を降ろすレーンにいた男性が、客を降ろしたタクシーの運転手に何か言い、私達を手招きして、これに乗れと言う。
 荷物は小型のキャリー二つだけだし、いつもタクシー乗り場の係りにはチップは25センタボでOKだから、25センタボコインを渡すと、むっとした顔をして、「1ペソ」を請求されてしまった。日本人の顔はカモに見えるのかも。ヘイ、カモン、カモン、なんちゃって・・・
 一年間でアルゼンチン各地を旅行したがサルタは最高だった。氷河やイグアスの滝は世界的に知られているが、サルタはまさにお勧めの穴場と言えそうだ。
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         悠然と大空を飛ぶコンドル(カチからの帰途 ) 空の色はまさにこのまま
by ruriwada | 2008-01-06 07:22 | Comments(0)

瑠璃通信33、サルタⅤ

 ホテルで朝食を食べていたら、窓の外をラミロとベロニカが一緒に通りながら手を振る。今朝も6時半の出発。今日はモビトラックで、ベロニカもラメロも一緒。もっともラメロの方は今日はガイドとしてではなく、ガールフレンドと一緒だ。
ラメロとベロニカが姉弟と聞いてびっくり。ベロニカは髪も眉も真っ黒、顔も浅黒いのだが、ラメロの方は白人そのもので目も薄ミドリだ。混血が進むと兄弟でもこんなに違って生まれるのか。
 
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今日のルートは奇岩地帯を通る。様々な形の、実に美しい鮮やかな赤い岩肌の山々が次々に現れる。タイタニックあり、モンキー、カエル、岩に窓が開いているものあり。道の片側は切り立った崖どころか、岩が張り出している下を通ったりして、スリルの方も満点だ。谷底を流れる川がここでも塩の結晶で真っ白いレースのように縁取られている。所々に見えるピンクの花は桃の花。
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          アンデス山中の桃の花
アンデス山中がこんなに変化に富み、美しいとは想像だに出来なかった。感動で胸が震える。途中インディオの土産物屋のいる所で休憩。ラマと記念撮影しようとしたら、いきなりラマにキスされそうになり、思わずのけぞった。皆が大笑い。
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しばらくしてCafayateと言うワイン卿に入った。ここのボデガ(ワイナリー)の一つに入り、マルベックともう一つの赤ワインを2種類試飲させてもらった。メンドーサに次ぐワインの産地だそうだ。
この後、Cafayateと言う町で休憩。バスの中で昼食を食べた後、町中を散策。ここも小さいがこざっぱりした町で、図書館やみやげ物店、文化センターみたいな建物もある。物乞いや子供の物売りがいないのが良い。
インディオの集落(と言っても普通の家だが)を通り抜け、キルメスの遺跡へ向かう。100年前ぐらい前に発見された遺跡で、古代人が作った跡をインディオ達が住まいにしていたらしいが、スペイン人たちが来た当時は600人ぐらい住んでいたらしい。
そのインディオ達を奴隷として使うため、スペイン人達がブエノスアイレス郊外へ連れて行こうとしたが、大半は逃げ、100人ほどを連れて行ったという。現在キルメスと言う名の市になっている所で、キルメスビールの産地である。
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              キルメスの遺跡
この遺跡がある場所は今は無人だが、入り口で保存費用としての入場料を取られる。
周囲は見渡す限りサボテンの原っぱ。遠くに山並みが見られる。ここは火山のカルデラ地方なのだ。そしてここはもうサルタ州ではなくツクマンだ。
帰りは同じルートだが、景色は違って見えるし、奇岩地帯は何度見ても飽きない。テアトロ(劇場)と言う名の岩場で休憩。行きがけに「テアトロ」と聞いて、何でこんな場所を、と怪訝に思っていたのだが、下りてみて納得。二つの巨大な岩が、両側からせり出して、まるで洞窟のようになっていて、円形の広い劇場のようになっているのだ。
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           テアトルの中
中でインディオが「コンドルは飛ぶ」の曲を笛で演奏している。この土地の人たちは教会で結婚式をあげたあと、ここで披露パーティをやるそうだ。
因みにこの山岳地帯の人達は結婚も離婚も1年に1日だけの日しか出来ないそうだ。教会はあるが、巡回判事が1年に一回しか回って来ないからだという。夫が「離婚したいが、1年待つしかない」と冗談を言ったので車内は大爆笑。
テアトロ見学の後、バスに戻ると、外にシャンペーンが用意されていた。今日のツアーはマルデ・プラタの夫婦とその18才と20才の娘さん、二日前に結婚したばかりと云う新婚カップル、30代に見えるカップル、一人旅のイタリア人、それにラミロとガールフレンド。アメリカの大学に行ってると言う、台湾人とフィリピン人の若い女性。
イタリア人はいかにもイタリア人らしく陽気で、女性に優しい。私にもしきりに声をかけてくる。
バスの中のトイレに入ろうとしたら、入り口の所で「ウン ペソ(1ペソ)」と、ふざけて手のひらを上にして差し出すので、私も「ウン ペソ」と言いながらその手を軽くたたく。
夫が「まったく、イタリア人は!カアチャンにまでちょっかい出しやがって」と、仏頂面。こちらはニタニタ。いくつになっても男性から(しかもハンサムな)ちやほやされるのは嬉しい。
マルデ・プラタのご主人は弁護士でイタリア系、父親が戦争中イタリアから逃げてきたそうで、その頃の話ばかりしている。新婚さんのご主人はジャーナリストで、仕事がら外国人に興味があるらしく、色々話しかけてきた。奥さんは小学校の先生で、とても感じの良い人だ。
ラミロの連れの女性はラミロが私に冗談で「日本の18才ぐらいの女性にボクの写真を配って」とか、「日本に連れて行って」とか言うので、半ば本気でヤキモチをやくのが可愛い。
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       シャンペンで乾杯。右端がイタリア人
この夜もホテルで食事をした。レングアと言う、牛の舌の料理が美味しかった。
by ruriwada | 2008-01-04 22:05 | Comments(0)