ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

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4日目は6時半出発の「カチ」へ向かうツアー。今日はモビトラックではなく、ミニバスで総勢8人。トイレがなく、食事のテーブルもない。ガイドのベロニカの説明だと、車が壊れてこれは代車とのこと。ツアー会社もモビトラックとは違うが、ガイドは同じグループだそうだ。
アルゼンチンのツアーの英語ガイドはどこに行っても文句なしに素晴らしい。ガイドの資格を取るのは難しいそうだ。特に英語ガイドとなるとレベルが高いから、質が良いのだろう。ベロニカも良く気が利いて仕事熱心だ。何故か私には最初から親しげな様子。
出発して間もなく、ベロニカが「ここに来て見て。皆既月食が見えるから」と、反対側の窓へ私を呼ぶ。月が赤茶色にぼんやりとして見えた。地球の裏側で皆既月食が見れるとは。 ラッキー!
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朝日が昇ると、山々が色とりどりに輝き始めた。真っ赤な山や、ピンクの山、黄色い山などなど。まるで天から色んな色のペンキを撒き散らしたみたいだ。しばらくするとサボテン公園を通過。バンザイ型のサボテンだけが密生していて、まるで緑のかかしが立ち並んでいる感じだ。
このサボテン、外皮は硬いので建築材料(主に屋根)とか、工作に使われ、内部は食べられるそうで、サボテンジャムが売られている。
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                 サボテンの中身
峡谷沿いに道が走り、所々に入植者達の人家がある。だが、家畜は全部放牧なので、山のてっぺんや崖の途中などに点々と数匹ずついる。バスが急カーブを曲がったとたん、目の前に牛やヤギが立っていてギョツ。
標高3000メートル級の、草もろくに生えてない所で良くも繁殖できるものだ。動物だけでなく、川まで数百メートルは崖を下りなければならないような高所にも人家が時折見られる。
カチと言う原住民の村で休憩。民家風の博物館と小さな教会以外、見るところも土産屋もない。原住民の村と言っても顔立ちはインディオだが、家は普通の家だ。
食事する場所もないので、歩道の縁石に腰を下ろして弁当を食べる。来た時と同じルートで戻ったが、途中で、突然運転手がバスを止め、コンドルがいると言う。バスを下りて見ると、険しい岩山の上空をコンドルが数羽悠然と羽根を広げて飛んでるのが見えた。タカも数羽飛んでいた。
途中無人の駅舎がある集落で停車。集落と言っても入植者の家が4軒あるだけだ。駅舎の前の鉄道は両端とも200メートルほどで途切れている。チリまで行く鉄道がここを通る予定で建設されたが、ルートが変更され、一度も日の目を見ずに終わったとの事。
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             未使用の駅舎と土に埋もれた線路
鉄道のルートが確定しないうちに、たった4軒しかない場所に駅舎を建て、駅舎の前だけレールを敷設してしまうという発想はまさにアルゼンチンならでは。
ここで全員下車して近くの川まで散歩。犬が数匹ワンワン吠えながら寄って来たが、どれも人懐こい。川原には色々な色の石があったので拾って帰る。車の方に戻ると広場に備え付けの木のテーブルにシャンペンとおつまみが用意されていて、皆で乾杯。
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          アンデス山中の川原
今日のツアーのメンバーは一ギアも入れて総勢8人。
「数年前に定年退職、1年前に旅に出て南米大陸を歩き周ってきた。もう一年世界中を旅を続ける」と言う、一人旅のアメリカ人は、バードウォッチングが趣味だと言って、いつも双眼鏡を離さない。ギアのベロニカに気があるらしく、バスの中でセクハラに近い行為を繰り返している。夫が耳にしたところでは、ベロニカをしきりに夕食に誘っていたらしい。
ヒッピー風青年の二人連れのうち一人はひょうきんで、道路の真ん中で大の字に寝転がったりと、時々変なポーズで写真を撮ってもらっている。もう一組は新婚さんらしい。
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                可笑しなツアー仲間
9時頃事務所前に到着。疲れたので夕食はホテルで取ることにした。昨日の日本人ご一行様も食事をしていた。今日は4200メートルの高地まで行ったが、誰も高山病にかからなかったそうで良かった。明日はフフイの方へ行くとのこと。ホテルの食事は美味しく、値段もまあまあだった。
by ruriwada | 2007-12-30 03:19 | Comments(0)
三日目は一日フリー。9時半頃タクシー(5ペソ、約200円)で町外れの公営の民芸品市場へ行く。外庭、中庭つきのコロニアル風建物で、サルタ州内各地の珍しい民芸品や名産品を売っていて、眺めるだけでも楽しい。
市場の真向かいには個人の土産物店が数軒軒を連ねている。公営より幾分安めで、いわゆる観光土産が多い。
しこたま買い込んだ土産物をホテルに持って帰ったら、フロントの女性が「全部買い占めてきたの?」と、あきれながら笑っていた。ホテルに荷物を置いてから昼食のためまた外出。
「地球の歩き方」(この、旅の虎の巻に載ってる場所は全部訪れてみようと決めたのだ)、が自家製ピザが美味しいと言う「マンマ・ミア」と言うイタリアンレストランを探したが、見つからない。
同じ番地には「Bigoli」という名のピザハウス。入り口で中を覗いていたら、ボーイが出てきた。ボーイが下を指差すので見ると、入り口の石の床にマンマ・ミアと彫ってあった。名前が変わっていたのだ。
地球の歩き方の情報一寸古いよ。でもまあ、夫はスパゲティ、私はピザを食べたけど、文句なしに美味しかったから、許しちゃおっと。
店の側からコレクティボ(バス)に乗って、サンマルティン公園へ行く。ここからサン・ベルナルドの丘(標高1458メートルだが、サルタの町がすでに標高1190メートルだから、まさに丘と言った感じ)に上るゴンドラが出ている。
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山頂のゴンドラの駅の側に、人口の滝がある。自然の渓流のように作られ、大小いくつもの滝に分かれているので、最初は本物かと思った。日本庭園も真っ青の出来。
丘の上からサルタの町が一望できる。四方を山で囲まれた盆地で、1区画がほとんど真四角なので、まるでモザイクタイルを敷き詰めた様に見える。
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              サルタの街
夕食に又ロクロを食べたくて、近くのレストランに入ったらないと言う。がっかりしていたら、ウェイターがロクロを出す店を教えてくれ、気にしないで行きなさいだって。お礼を言って店を出たけど、アルゼンチンの田舎の人ってほんと親切。感激しちゃった。
その「ドニャ・サルタ」と言う店は、内装がインカ風のレイアウトで、ウェイターのユニフォームもインカの民族衣装で、郷土料理を食べさせてくれる。
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          ドナ・サルタのモソ(ウェイター)
ウミタhumita(中身はエンパナダと似ているが、トウモロコシの皮で四角く包み、更にその上からチマキの様に、トウモロコシの葉っぱで包んで十字にヒモで結んで蒸した物)、ジャーキー入りのエンパナダ、ロクロ、アサドを食べる・・え?いくらなんでも食べすぎだって?・・・・
それはさておき、どれも美味しく、ブエノスアイレスに比べたら格段に安い。広い店だが満席だった。人気の店なのだろう。               
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             ウミタ
ホテルに戻るとレストランに日本人ツアー客が20人程食事をしていた。添乗員の他は年配の人たちばかりで、皆さんお疲れのご様子。日本から来るだけで大変なのだから無理もない。
by ruriwada | 2007-12-27 06:31 | Comments(0)
翌日は「Safari a las nubes (雲へのサファリ)」と言う、最高4200メートルの高さの峠まで行く、アンデス山脈ツアーである。朝6時にサルタを出発、夜の9時半に戻る予定。事務所がサルタホテルのすぐ側にあり、事務所前からモビトラックで出発する。
出発後一時間ほどは暗い中を走るので、しばらくお休みタイム。目が覚めると外はすっかり明るくなっていた。
「バスを降りて少し歩きましょう」と、ガイドのラミロに言われ、全員バスを降りる。辺りは一面赤茶けた岩と砂だけの山地で、人間がバンザイをしているような形のサボテンだけが林立している。高さは50センチぐらいのものから3メートルぐらいの物まである。1年に数センチしか伸びないそうだ。
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地面に降り立つと、線路が走っている。スイッチバックを繰り返しながら、チリとの国境近くにある鉄橋まで行く「雲の列車」であるが、残念ながら今は休業中で、来年再開されるらしい。
線路の上を500メートルほど先の駅舎まで歩く。バスは先に行っていて、私達が到着した時には朝食の準備が出来ていた。前の席の椅子が回って向かい合わせになり、真ん中にかなり大きなテーブルがセットされている。メディアルナ(半月と言う意味、クロワッサンのこと)と飲み物、リンゴの朝食。
ラミロは陽気でとても気がつく好青年。おまけにハンサム。しきりに冗談を言って場を盛り上げ、音楽で踊り出したりと、実に元気ハツラツ。22才だそうだ。
私達夫婦にも絶えず声をかけ、「どう?モビトラック気に入った?楽しい?」と聞くので、
「ええ、とても。あなたがとても優しいから」と言うと「ボクを養子にしてくれる?」。
こちらも合わせて「勿論。日本に連れて行く」と応じると、「ああ、ママー」と、固くハグ(抱きしめられ)されてしまった。バスの中は大笑い。私はデレッ。夫はブスッ。
バスはメルセデスベンツ社のトラックバス(モビトラックと言う)で、宇宙船の中の様に実に機能的でコンパクトに色々な物が収められている。トイレ、キッチン、電子レンジ、冷蔵庫付き。
運転手は2人いて交代に運転。座席は20人乗り。バスの屋根がスライドして、座席の上に立ち、半身を出して360度のパノラマが見渡せるようになっている。
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1秒ごとに岩の色、形を変えて、果てしなく広がるアンデスの山々。走るバスの屋根上からの眺めは素晴らしいが、標高4000メートル近いので、バス備え付けのポンチョを被っていても凍えるような寒さだ。おまけに風が強いのでよけい寒い。時々座って体を温めずにはいられない。
バスは岩山を削った道を走るので、片側は切り立った崖、もう片側は谷底と言う所がほとんどだ。谷底を川が流れているが、川原は岩地や樹木の茂っている所、真っ盛りの桃の花でピンクに覆われている所、真っ白い砂浜になっている所と、実に変化に富んでいる。
水際はまるでレースで縁取りしたように真っ白いリボン状の線が続いている。塩の結晶だそうだ。アンデス山脈は大昔海の底だったのだ。水は雪解け水なので真水とのこと。
バスは上ったり下ったりを繰り返しながら、ひたすら岩山の間を駆け抜ける。と、突然視界が開け、荒野の中に茶色にくすんだ町が現れた。San Antonio de los Cobres で、宣教師のサン・アントニオが発見した銅高山の町だ。
インディオの少年少女が鉱石や土産品を売りに寄って来る。2~3才の子供に民族衣装を着せ、ロバを引いて、記念写真を撮らせる少年もいる。 
ラミロが「物を買うのは良いが、お金を与えないで。それにけしてキャンディを上げないで。虫歯が問題だから」と皆に警告。
ここでバスの中で昼食。ローストビーフと野菜サラダだが、なかなか美味い。
食事を終えて又荒野の中をしばらく走ると、前方が真っ白になってきた。塩の湖だ。塩の湖を渡る手前で道を外れ、湖の中に入って行く。塩はカチカチだが、こんな重いトラックでも良く割れないものだ。
所々に四角に切り取った箇所があり、塩の下に水がある。湖上は台風並みの風の強さで吹き飛ばされそうになる。こんな中で塩で作品を作って売ってる人が数人いる。塩の切り出しは今はシーズンオフだそうだ。
長くここで働くと白血病になるそうで、ここでの仕事は2年間しか許可されていないと言う。四方見渡す限り真っ白い湖はまるで雪原のようだ。
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塩湖を過ぎると道はどんどん上りになって、海抜4200メートルまで上り詰める。ここから一気に2000メートル下まで、バスはヘヤピンカーブの繰り返しの道を下って行く。まるでジェットコースターに乗ってる気分。
ラメロが私に「ここからジグザグで下りるのがいい? それとも真っ直ぐ下りたい?」とふざけて聞くので、こちらもふざけて「真っ直ぐ下りたい」と言うと、「ワオー!それじゃ、屋根から飛び降りてね」で、又もや車内は笑いの渦。
下り切った所は盆地となっていて、インディオの集落があり、祭りのパレードとすれ違った。盆地の周囲を囲む岩山はCerro de 7 colores (7色の険しい小山)と呼ばれ、切り立った山の断層が本当に7色に輝いている。硫黄の黄、鉄の赤、石灰石の白、銅の青、その他ピンク、紫など。こんな岩を見たのは初めてだ。まさに息を呑む美しさとはこのこと。
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ここでバスを停めると、シャンパンが開けられ、運転手たちも含め全員で乾杯。
この後はバスの中でオリーブとポテトチップ、クッキーのおつまみでワインを飲みながら、一路帰路に着く。飲み物食べ物がふんだんの、サービス満点のツアーだ。もっとも、料金はその分高いけど。
事務所前に到着し、バスを降りて、ラミロにお礼と別れの握手をする時、チップを上げようとすると、「ノー、ノー」と言って、受け取ってくれなかった。アルゼンチンに来て以来こんなことは初めてで、ラミロの純粋さに感動した。
夕食はこれまた地球の歩き方に書いてある中国料理店「ロス・ドス・チノス」へ行く。大なまず(スルビ)のフライがあったので頼んだが、イグアスで食べたスルビのワイン蒸しに比べ、あまり美味しくなかったのでがっかり。店の雰囲気も今ひとつだった
by ruriwada | 2007-12-21 04:56 | Comments(0)
サルタはブエノスアイレスから北へ1600キロ。アンデス山脈麓と言うより、標高は約1200メートルだから、アンデス山中と言った方が良いだろう。8月中旬、真冬のブエノスアイレスを発ち、2時間のフライトの後サルタの空港に着いたら汗ばむぐらいだった。
サルタの町は人口約30万、コロニアル建築が立ち並び、スペインを思わせるしゃれた街並みである。元々はスペイン人入植者達が立てた町だが、街で見かけた住民は白人よりインディオ系の方が多い。
私達の泊まったホテル・サルタは町で一番最初に出来たホテルだそうで、最初見た時は「ウヘッ、これがホテル?」とビックリしたぐらい古色蒼然としている。入り口も狭く、木の回転ドアである。中に入ると、これ又、中世の世界にタイムスリップしたかの様な古めかしさだが、重厚で格調高い。町のど真ん中にあり、カテドラルや旧庁舎(現在は博物館や店舗)、7月9日広場の側だ。
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            サルタホテル
町の中心部に博物館やら教会が至る所にあり、市街そのものが博物館的な趣だ。その中の歴史博物館、州立博物館、ウリブル博物館(ウリブル家が住んでいた典型的なサルタの家屋)を見学。
ホテル近くの土産物屋に入ると、店主が「日本人か?」と、話しかけて来た。サルタには以前は日本人が大勢いたが、一世達が亡くなった後はほとんどいないとのこと。2世、3世はブエノスアイレスにでも行ってしまったのだろうか。
夕食は地球の歩き方に紹介されてる「ラ・チェスカ」で、私はアルゼンチン名物のロクロ、夫は羊のシチュー、その他、当店名物のエンパナダ。ロクロは豆と肉入りおじやと言った感じで味が濃く、少し塩辛かった。羊の方のスープの味は良い。
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            ラ・チェスカ
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             ロクロ
店内入り口で大きなかまどでエンパナダを焼いている。カメラを向けたらカマドのふたを開けて見せてくれた。店の雰囲気も良く、接客サービスも良し・・こう書くと、もしや三ツ星レストランの覆面調査員?・・そんなこと思われるはずがないか。
by ruriwada | 2007-12-15 19:49 | Comments(2)

瑠璃通信28

女性大統領誕生
 12月1日にブエノスに戻ってみれば、クリスマスと夏休みを前にして(と言っても夏休みまでにはかなり間があるが)町全体が浮き足立った感じだ。
8日は恒例のアマデウスの野外オーケストラが我が家から500メートルほど先の公園で行われた。モーツアルトだけを演奏するのだが、クラシック好きのアルゼンチン人にとっては「これを聴かないと年が越せない」みたいな感じのビッグイベントだ。
昨年行ってあまりの人の多さに懲りて今回はパス。後で聞いた話では今年は十数万人の人出だったらしい。
そして昨日はビッグもビッグ、国全体を興奮の渦に巻き込むイベントが行われた。アルゼンチン始まって以来の女性大統領クリスティーナの就任式である。
私はスペイン語とタンゴのレッスンがあるので見に行けなかったが、夫は大統領府のある5月広場へ出かけて行った。クリスティーナが目の前を車の窓を開けて手を振りながら通り過ぎたが、バルコニーからの演説はなく、スピーカーから流れる演説を聞いたそうだ。
「内容分かったの?」と聞くと、夫は「最後のムーチャス・グラシアスだけ分かった」とすまし顔。これにはガクッ。しかも炎天下に3時間も立ちっぱなしだったというから、ご苦労なこと。
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     大統領の乗った車は意外に小さかった
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      就任式典パレードでは馬達が大活躍
クリスティーナの人気は、候補者の時点ではあまり高くなかったが、選ばれてからは概ね好感をもって迎えられているようだ。
女性大統領だということ、夫から妻への政権のバトンタッチだということなど、初めてづくしで、私達のような外国人でも何やらワクワクする。この画期的な政権が上手く行くことを祈りたい。
それにしてもこの国の男性には時々同情したくなる。5~6才の頃からレディファーストを叩き込まれ、しかもその女性たちの強いこと。公衆の面前で女性にすごい剣幕で怒られ、気弱にわびてる男性を何度見かけたことか。
ここで女性大統領登場とあっては、ますます女性たちの鼻息が荒くなりそうだ。ハンサム君に弱い日本人オバタリアンとしては、声を大にしてこう言いたい。
「アルゼンチン男性諸君、ガンバレ!」
by ruriwada | 2007-12-12 07:09 | Comments(0)

瑠璃通信27

再びブエノスアイレスへ
 NYからブエノスアイレス行き飛行機の搭乗ロビーで、早くもアルゼンチンと再会。ロビーの椅子の前の通路に、他人の邪魔など一向にお構いなく、だらしなく荷物を置いてるアルゼンチン版オバタリアン3人連れ。
一人はロビーの清掃用と思われる、床の電源から長いコードをつなげて、コンピュータに没頭してござる。行き交う人たちが足を引っ掛けそうになって睨んでも気がつく様子もなく、2時間ぐらいやっていた。他の二人はそれを時々覗き込みながら、大声でおしゃべりに熱中。
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    通路に放り出したままのアルゼンチンオバタリアン達の荷物
アルゼンチン人は人懐こく、根は良い人たちだが、周囲への配慮に欠けているようだ。つまり、ずばり無神経と言うこと。そして大変な寝坊助だと今回分かった。
真っ暗い機内ですっかり目が覚めてしまった私は、客室乗務員に時刻を尋ねた。すると何と朝の8時ではないか。窓のシャッターを細めに開けてみると、外は眩いくらいの明るさ。
夫と二人、読書灯をつけて本を読み出したが、それでも誰も起きる様子はない。9時半に朝食が配り始めれてからやっと皆起きだした。
さて、空港から市内へ向かう途中、牛の群れが見えてきた。ああ、アルゼンチンに戻ったんだ!市内に入ると、ハカランダ(ジャカランダ)が真っ盛り。
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                  ハカランダ
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                 ハカランダの花びら
ハカランダの花は桐の花に色も形も大きさも似ている。まさに春たけなわと言いたいところだが、連日30度を越す暑さだ。4季はあるが、春と秋が短く、冬から一気に夏になる感じ。
喧騒と排気ガス、路上の犬のウンチと紙くず。懐かしい日常の始まり。
「清い水には魚が棲みにくい」と言うが、こんな風土が今や住み心地が良いから不思議。
by ruriwada | 2007-12-06 23:45 | Comments(0)