ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

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逆様の国アルゼンチン。
ある晩本を読んでいて、ふと目を上げると窓の外は満月。異国で見る満月をしばし感傷に浸りながら眺めたあと目を本に戻した。しばらくして又外を見ると、目が点になった。何か変だ。正面にあった月が左へ移動している・・・まてよ、日本では確か逆だったはずだが・・。しばし悩んで、やっぱり逆だ。
 日本から地球の芯を通して針を刺すとアルゼンチンに出るとよく言われるように、まさに日本とは地球の正反対に位置する国である。
北向きの部屋が日当たりが良いとか、四季が正反対、時差もぴったり12時間違うとか言うのは知っていたが、月の動きが逆だとは知らなかった。
知人が月のウサギが逆さまだと言ったが、本当だろうか?まだ確かめていないが、北斗七星は確かに逆様だ。トイレの水が流れる方向も逆だという人もいるが、どうやらこれはあまり関係ないようだ。
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      街角風景(散歩屋さんが買い物をしている間おとなしく待っているワンちゃん達)
これだけ自然現象が違えば、住んでる人間の習慣が違うのも当たり前か。日本での常識はここでは通じない。スペイン語を習いに行ってる学校に始業時間の15分前に行ったら、責任者から来るのが早すぎると文句を言われ、唖然。
 2時に始まると言えば、日本じゃ2時前に行き、開始時刻を待つのは当たり前。ここでは2時以降に来いと言うことらしい。
前にスペイン語教師として雇った大学生が1時間遅れて来たのでクビにした話をしたが、アルゼンチン人にこの話をしたら、「フーム、それはクビにして当然」と言う。ほっとしかけたら、続けて「1時間は待たせすぎだ。30分なら良いけど」と言うので、ガクッ。
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                       街角風景
アルゼンチン人は1日中マテ茶を飲んでいる。戸外でもオフィスでも、所構わずだ。
ヒョウタンをくり抜いた容器(マテ)に茶葉(ジェルバ・マテ)ごと入ったマテ茶を、ボンビジャと言うキセルのような物で吸うのだが、このボンビジャの先は網じょうになっていて、葉を吸い込まないようになっている。                       
 このマテ茶を仲間同士で回し飲みする。潔癖症の日本人は顔をしかめるが、ま、それは習慣の違いだからこちらの関知することではない。問題は、コレクティボ(バス)の乗客が運転手にマテ茶を渡し、運転手が飲みながら片手運転を始めること。おまけに乗客とおしゃべりのし通しだから、こちらはヒヤヒヤのし通し。
だが、他の乗客の誰一人文句を言わない。文句を言えば、運転手から放り出されるのが落ちだろう。誰かがいったが、コレクティボの運転手は王様だ。停留所で停まるか否かは運転手の気分次第。
先日など、語学学校へ行くためコレクティボを待っていたら、4台も素通りされてしまった。やっと5台目に乗せてもらえたのは良いが、私の後ろの人で料金入れが故障。運転手が立って来て、箱をバンバン叩くこと十数回。やっと直って走り出しほっとしったのも束の間、その後も調子が悪く、その度にバンバンやって直しながら走るので、とうとう遅刻してしまった。
バスの運転が荒っぽいのも有名だ。やたら飛ばすし、急停車もしばしばだから、事故が起きて当然。テレビのニュースでも毎日のようにバスの事故がある。「大勢の乗客の命を預かっている」などと言う意識は皆無のようだ。
それでも町中ではそれ程飛ばせないから、事故ってもせいぜいケガですむだろうが、夫が毎日乗るバスは高速道路を通る。朝は乗客が混んでるから、運転手がおしゃべりするヒマがないが、帰りはいつもアミーゴ(友達)らしい男達が2~3人、マテ茶片手に乗り込んで来て、運転席のそばに陣取り、運転手とパーティを始めてしまうらしい。
しかも高速道路を走行中にだ。身の危険を感じた夫は少々遠回りだが、帰りだけ列車通勤に変えた。このはちゃめちゃな国で生き延びるには、こちらも自衛策が必要だ。
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                      マテ茶の容器
コレクティボの運転手だけ責めては片手落ちだろう。歩行者のマナーもひどい。アルゼンチン人はのんびりしていると言うのが定評だが、何故か道路を横断する時だけはせっかちになる。赤信号だろうが、車が少しでも途切れれば皆渡り始める。中には走る車の間を縫って渡る者もいる。時々見ていてひやりとさせられる。
道路だけではない。鉄道の踏み切りでも同じ。踏み切りの遮断機が下り、列車が来るのが見えていても渡る人がいる。私達が毎週末買い物に行くバリオチノ(チャイナタウン)はバスを降りてから踏み切りを渡らなくてはならないのだが、踏み切りの側に駅がある。   
歩行者は駅に停車中の列車を横目に、遮断機を潜り抜けて踏み切りを渡る。先日など走り出した列車の直前を渡って警笛を鳴らされているツワモノがいた。
でも慣れとは恐ろしい。私もいつの間にか赤信号で道路を横断し、駅に停まっている列車を横目に踏み切りを渡るようになってしまった。おかげで危うく車に撥ねられそうになったことが2、3度ある。 朱に交われば赤くなる。悪い習慣には直ぐ染まる。・・反省。
アルゼンチン人は勤勉だ。え?と意外に思う人が多いだろう。でもほんと。いつも行く肉屋の店員さん達は朝から晩まで、一日中立ちっぱなしで汗をたらしながら働いている。建築現場の職人さん達、道路工事の人たちも、黙々と真っ黒になって働いている。
日本とちょっと違うのは、目が合うとウインクしたり手を振ったりと、いつでも女性へのサービスを忘れないこと。
私の住むアパートでベランダの塗り替えがあり、我が家のベランダにもペンキ職人が2人来た。朝9時から夕方5時まで、二人とも一日中黙々と働き、昼食も20分ほどで戻って来る。礼儀正しく、しかもベランダの植物が汚れないよう室内に紙を敷いて移してくれるなど、決め細やかな仕事ぶりにえらく感心してしまった・・・ところが・・
彼らが帰った後、彼らに出したコーヒーのカップが1個紛失してるのに気がついた。私達は臨時住まいだからカップは4個しかないので数え間違いするはずもない。
アルゼンチン人の悪癖の一つに、ホテルやレストランで備品を「お土産に」と持って帰るというのがあるそうだ。ある日本料理店では最初塗りの箸を使っていたのだが、あまりにも紛失が多いので割り箸に変えたそうだ。
私が泊まっていたホテルでも持参のスリッパがなくなり、フロントに苦情を言ったら翌日戻って来た。従業員が「記念に」持って行ってしまったらしかった。
この「記念に」と「泥棒」は紙一重。泥棒も実に多く、感心するほど手際も良い。危機意識の低い日本人は、まさに彼らにとってはまぬけなカモ。
3ヶ月ほど前、日本人主催のイベントがあった。入場者は全員名前を登録し身元を確認した人達だけだったそうだが、イベント終了後、別室に置いた、日本人所有のノートパソコンが3台紛失していたそうだ。
ブエノスアイレス市内ではビルの隣室や上下階から壁に穴を開けたり、あるいは地下にトンネルを掘って両替所や銀行に押し入る、古典的ドロも未だに健在らしい。
因みにアルゼンチンと言う国名はラテン語のARGENTO(銀)に由来するとのこと。ブエノスアイレスは昔は世界の密貿易の拠点だったそうだ。まさかその子孫達という訳ではないだろうが、確かに泥棒は多い。しかし凶悪犯罪となると日本の方が多いような気がする。
アルゼンチンの植物にも変わった木が多い。最もポピュラーな例はパロボラチョ。酔っ払いの木、と言う意味だ。幹の真ん中が膨らんでいる格好がビール腹に似てるからとのことだ。
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                    パロボラチョの木
花は大きさも形も色もカトレアにそっくりだが、生花のしゃっきり感がなく、娼婦がしどけなくドレスを着こなしている感じで、グニャリとしている。花が終わるといびつなボールのような大きな黒っぽい実がなり、やがて中から白い綿が出て来る。晩秋の公園はこの綿だらけで、最初見た時は白い犬の毛かと思った。
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                     パロボラチョの実
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                     パロボラチョの実の中身
ちなみに若木の幹は真っ直ぐで大きいトゲが生えている。
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                      パロボラチョの若木
ブエノスアイレスには元々は木は一本も生えてなくて草ばかりだったそうだ。現在森の都と言っても良いほど生い茂っている大木は全部、植樹したのだそうだ。どれも曲がりくねっていて、建材になりそうな木は一本も見当たらない。
イグアス周辺にはジャングルがあり、パルプ工場があるが、紙の絶対数が足りないのか、他の物に比べて紙製品は高い。特に写真用の紙やティッシュなどがかなり割高に感じられる。そのせいかどうかは知らないが、こちらの人は鼻を拭くのにハンカチを使う。従ってティッシュは需要が少ないのか、スーパーでも、日本のように5箱入りなんてのはなく、皆1箱売りだ。
てな訳で、今回はアルゼンチンアラカルト編でした。
by ruriwada | 2007-09-17 20:57 | Comments(0)

瑠璃通信23

アルゼンチンには世界一と誇れる建造物がある。それはお墓。何だ、そんなばかばかしいことを、なんて言わないで。とにかく凄いなんてものじゃない。墓地と言うよりブエノスアイレス市街のミニチュアそのもの。
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                   レコレタの墓地
150メートル四方の墓地内は市内と同じく区画ごとに真四角に区切られ、石造りの納骨堂が壁をくっつけて隙間なく建てられているのだが、墓と言うよりまるでアパート群だ。装飾つきの鉄柵の中に扉があり、扉には透かし窓があって、外から覗けるようになっている。
内側に小さな部屋があり、棺桶を一時乗せて置くらしい大きさと形の棚と花や飾り物を置く棚がある。部屋の片隅には地下室へ通じる階段がある。地下が納骨室になってるのだろう。
2階建て3階建ての墓や、屋根の上がローマの彫刻の様にゴテゴテ飾りつきの墓やら、ドームつきの教会みたいな墓もある。
夫が総大理石の豪華な墓を見て「これ一つで俺の家が買えるんじゃないかなあ。オレ達には墓を買う金もないと言うのに・・」とぼやく。まったく、墓もないはかない人生です・・ま、ぼちぼち考えときましょ・・なあんちゃって。いつもいつもオバンギャグばかり言ってすんません。
さて、ブエノスアイレスにはレコレタとチャカレタの二ヵ所の墓地があるが、どちらも墓地の形状は同じだ。レコレタのは市内のセントロにあり、一昔前の金持ち達の建てたらしい、豪壮だが古い墓が多い。
かの有名なエビータもここに眠っているが、彼女個人のではなく、いわゆる「××家の墓」で、墓誌に名前が書いてあるのだが、エビータの名前は一番下にある。墓地は迷うほど広いが、エビータの墓の前にはいつも観光客が群がっているのですぐ分かる。ご主人のペロン大統領の墓はここにはないそうだ。
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                      エビータの墓
因みに夫が一人で初めてレコレタの墓地を訪れた時、地球の歩き方にある地図を頼りにエビータの墓を探したが、迷って30分もかかったと言う。二度目に私と訪れた時、夫は「オレも散々苦労したんだから、自分で探してみろ」と私に地図を渡した。
私が地図をさっと見て、「あ、左ね。あとは観光客が集まってる所を探せば良いのよ」と、歩き出して5分もかからず、人が大勢集まってる墓が見つかった。
「あ、あった、ここでしょう?」と夫に聞くと、夫はむっつり「違う」と言う。おかしいなあ、てっきりそうだと思ったけど・・とぶつぶつ言いながらしばらく探し回ってると、夫が急に「さっきの所だ」と言う。
「えっ?なんでうそ言ったの?」「オレが30分もかかったのに、5分で見つけたから面白くなかったからだ」
全く、いい年をして(67才)あきれたものだ。だいたい、お墓でウソをつくなんて、エンマさまに舌を抜かれたって知らないから。もっとも、ここはカトリックの墓地。カトリックではウソツキの罪は何だろうか?話がだいぶ脱線してすみません。ここで軌道修正。
子孫が絶えたのか、あるいは没落したのか、荒れ果てて廃屋(?)になっている墓もかなり見られる。墓地の周りは壊れかかった遺跡のような壁で囲まれており、その内側に沿って、無縁仏か貧乏人用か、カイコ棚のような墓が作りつけられているが、ほとんど使われていないようだ。
墓地に隣接して、1700年代初めに建てられた聖母ピラール聖堂がある。鐘楼が一つ高くそびえている。昔は、ラプラタ川を通る船の目印だったそうだ。
墓地のあるレコレタ地区は市内屈指の高級住宅街で、墓地の側には「ブエノスアイレスデザイン」と言う、高級ショッピングモールもある。ここのレストランのテラスからの眺めは素晴らしい。
チャカレタの方は広大だ。墓地と言うより、公園墓地と言うべきだろう。中を車で移動でき、教会もある。入り口周辺には十数件の花屋が軒を並べている。こちらは庶民の墓地だが、けっこう立派な墓が多く見られる。
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                 チャカレタの墓地
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                 チャカレタの墓地
ブエノスアイレス市内には墓の他にも、豪壮で度肝を抜かれるような立派な建物がいくつも見られる。アルゼンチンには大繁栄した時期があり、皆その時代の名残で、歴史を感じさせる建物だが現在でも使われている。
裏通りの小さな建物の中にも、その時代に建てられたらしく、彫刻が飾られ、往時はさぞ綺麗だったと思われるものが多くあるが、大半は古びて薄汚くなり、まるで廃屋のようだ。中には実際に半ば崩れかかっているのもあるが、それでも人が住んでる気配がある。地震王国の日本だったら、当の昔に跡形もなくなっているだろう。
私が通う語学学校の真正面にビルを建築中で、建築を始めた頃からずっと観察してるのだが、細い鉄筋だけで、ずいぶんいいかげんな建て方に見える。
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                  建築始めの頃
最初は3階建てだと思っていたら、そのうち上に2階分上積みされ、しばらくしたら又その上に、という次第で、外側にレンガが張り巡らされた現在は9階建てだ。
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       8ヵ月後のビルの側面
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       8ヵ月後のビル
 ある日、語学学校のビルに入る前に、こんな建て方で地震がきたら大丈夫なのかなあ、と見上げていたら、作業中の男達が一斉に仕事の手を休めて手を振るので、あわてて中に
入った。クラスを終えて出てきたら、目ざとく見つけたらしく今度は口笛。
その日の私は帽子を目深に被っていたから、顔が見えず、きっと若い女の子と間違えたのだろう。夜目遠目傘の内と言うが、側に寄って来られて顔を見て、気絶でもされては大変だから、あわててその場を立ち去ったのだった。(本音はああ、面白かった)。
ブエノスアイレスは最近景気が上向きだとか。そのせいか、最近市内は建築ラッシュで、古い建物を次々壊して立て替えている。完成したビルはモダンで綺麗だが、古いどっしりとした建物が消えて行くのは寂しい。
残された豪壮な石造りの建物は墓地だけなんてことになったら、それこそはかない。
by ruriwada | 2007-09-04 23:02 | Comments(2)