ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

<   2007年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 最終日の今日はサン・イグナシオ・ミニ遺跡見学。ツアーは私達だけと言うことで、運転手兼英語ガイドのカラメロが運転する乗用車での、イグアスから往復8時間のドライブだ。途中でWANDAと言う貴石の産地へ寄る。
ここまでの道の周辺はマテ茶の栽培地で、茶畑の中に点々と掘っ立て小屋が建っている。茶畑労働者達の家だが、ブエノスアイレスの貧民窟のようだ。
f0135018_2211028.jpg

                マテ茶畑
一部の大地主による土地の占有と貧しい小作人の構図は、チェ・ゲバラが憤慨した頃と全く変わっていないようだ。(因みにゲバラはアルゼンチン人である)。貴石産地も元は農地で大地主の所有だそうだ。他にもこう言う貴石の産地が10ヶ所くらいあるとのこと。
最初は露天掘りだったそうで、真ん中に広い窪地があり、その周りの崖にあちこち洞穴が掘られ、紫水晶やアメジスト等、数種類の貴石が地面や壁のあちこちから顔を覗かせている。採掘中の工員も見かけた。
f0135018_2213433.jpg
f0135018_22141264.jpg

    wandaの貴石採掘場  人物は化石ではありません・・念のため
現場の英語ガイドの青年が、夫が2個、私が1個カメラを持っているのを見て、「3個もカメラ。私は1個もない」と羨ましそうに言うので、申し訳ないような気がして、「これはとても古い。日本ではカメラは安いの」と、あわてて説明した。
この後はひたすらサン・イグナシオの遺跡へ向かう。延々、近くは松林やローズウッド、遠くにジャングルを見ながら走る。所々に製材会社があり、道路も木材を山のように積んだトラックが沢山走ってる。
途中で何度も検問があり、私達まで身分証明書の提示を一回求められた。カラメロが「中国人が麻薬を持ち込むから・・」と言葉を濁す。パラグアイとブラジルの国境が近いから、警戒が厳重なのだろう。
途中トイレを借りに立ち寄ったガソリンスタンド内のキオスコで、カラメロが店の前に写真入で広告が出ている「木の瓶詰め(コンフィトゥラス・デ・マデラ)」を指して、美味しいと言う。
試しに一個買い、家に戻ってから食べてみたが、正真正銘美味しかった。ゼリー状になった輪切りの木片で、メープルシロップの様な味だ。病み付きになり、ブエノスアイレスの店や物産展など、折に触れ探しているのだが、誰に聞いても見たことも聞いたこともないという。どうもイグアスのあるミシオネス地方だけの特産物らしい。
それはさておき、サン・イグナシオの遺跡の町に入ったとたんにわか雨になり、カラメロの馴染みの店で先に食事をとることにした。カルメロにも奢る。遺跡の入り口は店の真ん前だ。店の内装があまりにも古ぼけているので、カラメロに言うと、「遺跡みたいだろう?」とカラメロがにやり。この店で無料で傘を貸してくれた。
f0135018_22155049.jpg

サン・イグナシオ・ミニは17世紀から18世紀にかけて、イエズス会の宣教師達が原住民のグアラニ族と助け合って建てた、ジャングルの中の自治都市の一つだ。政治的に力を持つようになったので、当時のスペイン王カルロス3世がイエズス会の追放とグアラニ族を分散させるために襲撃して破壊したのだそうだ。規模はそれ程大きくないが、歴史的には貴重な遺跡のようだ。
遺跡のガイドがスペイン語で説明したあと、私達二人のために英語で説明していると、一人の青年が側に寄って来て、しきりに聞き耳を立てている。そのうち、その青年がガイドに「英語の勉強をしてるので代わりに通訳させてもらえないか?」と頼み始めた。ガイドの方も説明が一回ですむので助かったと思ったのか、まかせてしまった。
オイオイ、勝手に決めるなよと言いたかったが、感じの良さそうな青年なので受け入れた。23才位かと思ったのだが、まだ歯列矯正中の16才の高校生だった。お姉さんが同行していて、少年が説明に詰まると側から助け舟を出す。好奇心旺盛で勉強熱心な少年に好感がもてた。
f0135018_22171351.jpg

              押しかけガイド少年と
帰りは又同じ道を延々ドライブ。途中に日本人入植者達の多く住む町を通過。最初の日本人の家と言うのが、道路端に半ば朽ち果ててあった。
こんなジャングルをよくも開拓したものだ。だいいち、ここまでどうやって来たのだろうと不思議に思ったが、あとで日系1世の友人に聞いたら、途中まで船で川を上って来たそうだ。
6時頃ホテル到着。イグアスからバスで一時間あまりの所で仕事をしている、私達のグループの一人、kさんが訪ねて来て、今夜は一緒に泊まる予定なので、部屋をトリプルに替えてもらった。
7時ごろ、kさんがリュックを肩に登山靴でやって来た。彼女はれっきとした独身日本人女性なのだが、いつも男性と間違われている。女性用トイレに入ろうとして、何度かとがめられたことがあるとか。
ホテルでタクシーを呼んでもらい(ホテルの直ぐ前にタクシーのたまり場がある)、セントロにある、カラメロお勧めのレストランへ向かう。乗ったとたん運転手が「ブラジル側へ遊びに行かないか?」と誘うのでびっくり。
タクシーだとビザなしでブラジル側の滝を見に行けるとは聞いていたが、滝に関係なく、観光客が行ったり来たりするのを黙認してるのだろう。
昨日のお化け屋敷と違って、さすが町中のレストランは込み合っていた。私は川魚のスルビ(大きななまずらしい)の白ワイン蒸しを頼んだが、最高に美味しかった。kさんと夫にも分けてあげたら、Kさんも「うまい!うまい!」夫は「うまい!もっとくれ」ときた。
冗談じゃない。この年では生きる楽しみは美味いものを食べる事だけなのに。「だーめ」と言うと、夫はうらめしそうに私の皿を横目で睨んでいた。25ペソのワインもけっこういけた。
ホテルに戻ってから、部屋で昨日ガソリンスタンドで買ったワインを1本とビールを数本開ける。夫は12時ごろダウンして寝てしまった。私とKさんはベッドの上にアグラをかき、夫のイビキをバックミュージックに、夜中の3時ごろまでワインを飲みながらおしゃべり。Kさんがワインを飲み干し、ビンを逆さにして、底をたたき始めたところで寝ることにした。「友、遠方より来る。酒また美味し・・」誰の詩だったかな?
 翌朝は習慣で5時には目が覚めたが、かんぺきな二日酔い。ホテルの庭を散歩して、気分転換。チェックアウトして、フロントの2人の従業員にカメラを向けたら、ロビーにいたボーイさん達も駆け寄って来て、わいわい賑やかな撮影となった。
f0135018_221930100.jpg

ホテルから空港へのミニバスは一昨日の同じツアー仲間だった、れいの双子夫婦4人と一緒だった。Kさんはバスが出発するまで見送ってくれた。
Kさんに「ゴキブリハウスに遊びに来て」とスペイン語で言って二人で笑ってたら、双子の一人が「ゴキブリ?」と怪訝な顔。Kさんが「彼女の家にゴキブリが沢山いるので、彼女はゴキブリハウスと呼んでる」と説明をすると大笑いして、バスの全員に説明していた。
バスの中できれいな若い女性が流暢な日本語で話しかけて来た。パラグアイ人で「日系人集落の近くで育ったので日本語を教えてもらった、JICAで日本に2年いたことがある、今は通訳をしてる」等など話してくれた。夫は話を聞くより、彼女の美貌に見とれていたようだ。すっかり鼻の下を伸ばしている。
 飛行機は無事、ブエノスアイレスの通称アエロパルケ国内線空港に到着、タクシー待ちの列に並んだ。一台のタクシーがエンストを起こし、空港の人が押すのを手伝って、列から離し、しばらくごそごそやってるとやっとエンジンがかかった。すると係員は私達の二つ前のカップルをそのタクシーに押し込んだ。
「あ~あ、気の毒に。途中でまたエンコしなけりゃいいけど」と、そのカップルに大いに同情した。次の人たちが乗ったタクシーは車のトランクが閉まらない。バンバンたたいてやっと閉まり発車。二人で大笑いしながら見ていたのだが・・
さて次は私達の番。お、ベンツだ。ラッキーだ。乗り込んだとたん、うへっ、きたない。
座席はしみだらけで、おまけに破れたまま。顔をしかめながらドライバーに行く先を告げると、ドライバーが耳に手を当てて振り返る。
その顔を見てギョッ!八十才位のおじいさんだ。耳が良く聞こえないらしい。目もかなり悪いらしく、フロントグラスに顔をくっつけるようにして、ノロノロ走り出した。
ああ、かみさま、ほとけさま!日頃の無信心を棚に上げて、無事に着くまでひたすら祈った。まさに飛行機より怖いタクシーであった。
by ruriwada | 2007-08-16 22:29 | Comments(2)
 翌朝7時20分にミニバスが迎えに来て、同じホテルから数人が同乗、列車の駅前で降りる。イグアス滝のある国立公園内の移動は、環境への考慮から鉄道(トロッコ列車)が使われ、30分毎に運行している。駅前で待っていると、同じツアーで他のホテルからの人達や、スペイン語兼英語のガイドが到着。ガイドはロドリゲスと言う、一見陽気なヤンキー風青年だが、イグアスのジャングル生まれでジャングル育ちの、ジャングルボーイだと自己紹介。
ツアーは総勢30名ぐらいで、コロンビア人、メキシコ人、ペルー人とアルゼンチン人と私達二人の日本人。列車の前部に2~30人の日本人グループが乗っていた。
列車は片側は川、片側はジャングルの間をイグアス滝の上流に向かって走る。数種類の無数の蝶が、列車を追うように乱舞している。中でもオチェンタオーチョ(88と言う意味)の蝶が一杯。名前の通り、羽根の模様が88に見える。
f0135018_2324224.jpg

終点の「悪魔のノド笛駅」で下車。イグアスの滝はイグアス川から落下する、約300の大小の滝からなり、アルゼンチンとブラジルにまたがっている。悪魔のノド笛はアルゼンチン側の最大の滝だ。
駅から悪魔のノド笛そばまで、鉄製の橋が1キロほど、曲がりくねりながら続いている。途中の 浅瀬に50センチ位の可愛いワニが水面から首を出していた。
悪魔のノド笛間近まで来ると、水しぶきが顔にかかる。轟音をたてて水が落下して行く様は言葉では言い表せない迫力だ。
真っ白い瀑布の間を無数の小鳥達が飛び交って、滝の中を出たり入ったりしている。小さな鳥の目からは、わずかな水の隙間が見えるのだろうか?
f0135018_22535895.jpg

                      悪魔のノド笛
この後又列車で一駅戻り、別の滝を上から見た後、いったん駅近くの三叉路まで戻って滝の下への道を行く。三叉路にインディオが2人、木を削って人の面を作りながら売っている。素朴でなかなかの出来だ。ツアー客の一人が買ったが、20ペソと言う。私も欲しかったが、大きすぎて持って帰れそうもないので止めた。
f0135018_2255427.jpg
f0135018_22555413.jpg

下から滝を眺めた後、ツアーは2グループに別れ、ガイドはボートに向かう。私たちは昨日ボートに乗ったので、船に乗らない人達とシェラトンホテル近くの広場へ向かう。
昨日のガイドのクリストファーの話だと、このボートアドベンチャーでは様々なアクシデントがあるらしい。ある時は老婦人が恐怖で歯を食いしばり、歯が折れてしまったとか。又ある時は男性のカツラが飛ばされてしまったとか・・500ペソ落としたバカな日本人もどかにいる!
同行者の中に私たちと同じホテルに泊まっている双子の夫婦4人がいた。ブエノスアイレス郊外のティグレ在住で、双子のご主人達の50才の誕生日記念旅行とのこと。双子の一人は話好きで他方は無口だが、頭の禿げ具合は全く同じなので可笑しかった。
広場の周りには数件のレストラン兼土産屋があり、余り暑いので半袖のTシャツを買う。広場にアライグマに似た動物が数匹、観光客の食べ散らした食料を漁りにウロウロしている。数本の大木にキウイの様な形の実がびっしりついているが、食べれないそうだ。ここで待つこと2時間。夫は戸外の木の寝椅子で大の字になって眠ってしまった。
f0135018_2257910.jpg
ボートに乗って来たグループが食事を終えるのを待って、送迎バスに乗る。バスが他のホテルで止まった時、前日のドライバーが乗り込んできて、私たちに「昨日、ジャンパーを忘れなかったか?」と聞く。夫は「ノー」と言う。「本当に?」と私が念を押すと、「大丈夫だ。ホテルにあった」と言う。
でも私が今朝クロークを覘いた時には無かったような気がしたので、バスがホテルに到着するや部屋に駆け上がってクロークを見たが、やはりない。あわてて玄関へ走ったがバスは行ってしまった後だった。全く、私といい、夫といい、まるでヤジキタコンビだ。
ホテルのフロントに事情を話すと、あちこち電話してくれて、「あとで届けてくれると言ってる」とのこと。「散歩に行くので預かっておいて」とフロントに頼み、いったん部屋に戻って着替えをしてからフロントに行くと、もう届いていた。アルゼンチンの田舎の良さを再確認した。
f0135018_2258105.jpg

           イグアス川、右手がブラジル、左手がパラグアイ
 ホテルから歩いて数分の所に、イグアス川がアルゼンチンとブラジルとパラグアイの3カ国に、三叉状に分かれてるのが見える場所がある。右手にブラジルのジャングルが、左手ジャングルの奥にパラグアイの都市が見える。
さらに右手遠くにアルゼンチンとブラジルをつなぐ橋が見える。住民達は行ったり来たりしているようだ。クリストファーもブラジル人で、毎日ブラジルから通って来てるとのことだった。クリストファーは数年前両親と一緒に車の事故に遭い、両親は死亡、自分は助かったがここに傷が残ったと、左こめかみの傷を見せた。事故で人生観が変わり人を大切にするようになったと言う。それから嬉しそうに2才位の娘の写真を見せてくれた。
散歩から戻って町の中心(セントロ)の方へブラブラ歩いていたら、大きな木造平屋建てのレストランがあった。真っ暗で幽霊屋敷の様に見えるが、一角で土産物を売っていて幽かに明かりが点いていたので入ってみた。薄暗い店の中に、木彫りの民芸品が埃をかぶって並べられている。
早々に店を出たら、若い女性が声をかけてきて、もう直ぐレストランが開くから食べて行けと、しきりに薦める。コックみたいな人もエントランスの庭にいて、話しかけてくる。
「後で」と言って通り過ぎたが、このあたりは全くの田舎で、小さなキオスコと土産物店があるだけで、レストランらしきものは他に見当たらない。
昼間バスで通った時に見たセントロは小さいが、一応レストランはあったようだ。だが歩くと20分はかかりそうだ。仕方なく帰り道に先ほどの幽霊屋敷へ入る。客は他になく、中年のウェイターがほとんど付ききりで話しかけて来る。
この店は2年前にオープン、オーナーはブエノスアイレスにいるが、木に凝っていて全部オーナーが自分で建てたのだそうだ。建物も内装も全部木と竹で出来ていて、なかなか趣のある店なのだが、照明が暗すぎて客が入りづらいのかも。
メニューがやっと読める程度の薄暗い、100人は入れそうな大きなレストランでたった二人での食事。途中で話好きのウェイターが行ってしまい、見回すと、いつの間にかレジの女性も姿を消していた。耳をすましても物音一つ聞こえない。もしかしてタヌキに化かされたのかも・・早々に食事を終えたが、食い逃げするわけにもいかない。しばらく待ってから大声を出すと、ひょいと壁際のドアが開いてウエイターが顔を出した。安くて美味かったが不気味な感じで、滝つぼラフティングより怖い、イグアスの怪談話であった。
by ruriwada | 2007-08-14 23:09 | Comments(0)
6月中旬、世界3大瀑布の一つであるイグアスの滝を訪れた。ブエノスアイレスから飛行機で約2時間の距離にある。数日前に記録破りの濃霧で空の便が全てキャンセルされ、その後も時々霧が発生していたので、はたして飛ぶのかどうか。なにしろブエノスアイレスの空港のレーダーが2月に故障して以来まだ直っていないとか・・ま、霧を心配してもきりがないが、ラッキーにも当日は快晴だった。
イグアス飛行場からミニバスでホテルへ向かう途中、ガイドが「今日は水が多すぎて午後からのサン・マルティン島上陸ツアーはできない。代わりのオプションとして、ボートアドベンチャー、ジャングルツアー、シティツアーの3つの選択肢がある」と言う。
夫が「ボートに乗りたい」と言うと、ガイドは「今日はジャングルツアーにしたらどうか。滝へ行くには国立公園入場料が取られる。二日行くと2回分取られるが、明日〔悪魔のノド笛ツアー〕のあとボートに乗れば一回分ですむから」と勧める。
しかし夫がどうしても今日行くと言う。頑固でへそ曲がりの夫は、業者のお勧めはその方が自分に都合が良いからだろうと、いつも疑ってかかるから始末が悪い。
他の観光客達を列車の駅で降ろしてから、国立公園内にある唯一のホテル、シェラトンに向かう。このホテル内に旅行会社のオフィスがあり、ここに荷物を預けてボートに乗ることになった。
シェラトンのロビーから滝が真正面に見えた。シェラトンの宿泊料は目の玉が飛び出るほど高いが、特に滝の見える側はよけい高いらしい。
「ここは何でもすごく高い。でもこれだけは安い」とガイドのクリストファーが言う、透明ビニールのレインコートを2枚、シェラトンの売店で(一枚10ペソ)買った。
f0135018_22125742.jpg
シェラトンから滝へ下りる道が続いていて、滝を下から見学してから船着場へ向かう。クリストファーは「船は3時に出て、30分のクルーズ。その後ジープでジャングルを5キロ巡る。シェラトン内の事務所は4時に閉まってしまうので、私は先に行って荷物を受け取っておく」と、船着場で私達を置いて行ってしまった。
先にレインコートをかぶり、その上から救命具を着けてもらう。20人位乗ったボートが到着したが、乗客達は男性は上半身裸、女性陣はTシャツにショートパンツで全員裸足で、まるで服のままシャワーを浴びたかのように全身ずぶ濡れ。
この後ボートに乗ったが、乗客は私達二人だけで、他は操舵士と船員一人とビデオを写すカメラマンが一人。70ペソだというのでお願いした。ボートの中で、船員が渡してくれた厚手のビニール袋に所持品、靴とソックスを入れる。
モーターボートは急流に浮かぶ木の葉のように、もみくちゃにされながら滝つぼへ向かう。時々ドンと船底がたたきつけられる。カメラマンはそんな中で、立ったまま撮影してるのだからまるで軽業師だ。
f0135018_22141485.jpg

悪魔のノド笛がある滝つぼまでは流石に行けないが、比較的水量の少ない滝の中に入ったら、まさにバケツの水を頭からぶっ掛け続けられる状態で、何も見えないし目も開けておれない。頭からすっぽりかぶったレインコートのお陰で体は濡れなかったが、スリル満点で、手にびっしょり汗をかいていた。
広い滝つぼにはあちこちに虹がかかっていて、そのまさに真下をくぐることになるのだが、虹は側まで行くと目に見えなくなってしまう。まさに虹をつかむような話。
f0135018_22145946.jpg

下船して救命具とレインコートを脱ぎ、ビニールバッグの中の物を取り出したら、靴の中敷が片方外れていて、中にサランラップに包んで入れて置いた500ペソがない。必死で袋を裏返しにして見たが見つからない。ボートを振り返ると、すでに大勢観光客が乗り込んで出発するところ。
おまけにカメラマンがビデオの届け先のホテル名を聞くので、それに答えてるうちに、ボートは行ってしまった。
パニック状態で、とてもお金を失くしたと船着場の人に告げる事も思いつかなかった。最近ボケてるので、もしかしたら入れ忘れたのかも知れないとも思ったし、アルゼンチンで失くしたお金が出て来るはずがないという先入観もあった。あとで冷静に考えれば、事情を話せば一応探してはくれたと思うが後の祭りだった。
このドジ話には後日談がある。数日後家でビデオを見ていたら、なんと失くしたお金が写っているではないか。風で飛ばされたらしく、私の座っていた席から3列前の椅子の下にちゃんと見えている。
「ア、アー!おかねが!」夫と二人で思わず絶叫。あ~あ、ドラえもんのマジックハンドがあったら、取れるのにぃー!悔しさが倍増して、その晩は一睡も出来なかった。
さて、船を降りた後、しょげ返りながら少し坂道を登ると、屋根なしのジープが止まっていて、シェラトンホテルまで私達二人を連れて行ってくれると言う。
5キロのジャングルの中を走る間ずっと、西部劇に出てきそうなタフガイでしかも優しそうなパークレンジャーが、ガイドをしてくれた。ジャングルの中にはピューマやジャガーなどの猛獣がいると言うのでビビッていたら、ここまでは来ないから大丈夫と笑っていた。木の名前などもいちいち懇切丁寧に説明してくれるのだが、スペイン語の名前なのでピンと来ない。
ホテルに着くとクリストファーが待っていて、一緒に私たちのホテルへ向かうミニバスに乗る。夕食は8時からホテル内のレストランでとった。腰にガウチョのベルト(布製)を巻いた中年のウェイターがやたら愛想が良い。
f0135018_22311769.jpg

食事中ずっとアルパ(ハープだが、いわゆるハープとは形が少し違う)の生演奏があり、しかも殆ど私の知ってる曲なので嬉しかった。
ホテルの室外プールでは夜遅くまで数人泳いでいた。ブエノスアイレスは真冬なのに、ここはまるで夏の気温で、ハイビスカスが咲き乱れ、バナナの実がなっている。ブエノスアイレスと緯度が2度違い、ここは亜熱帯地方なのだ。
f0135018_22172858.jpg

       私達の泊まったホテル(4星)の庭。遠くに見える川の向こうはブラジル。
by ruriwada | 2007-08-10 22:23 | Comments(0)

瑠璃通信19

〔帽子が起こしたつむじ風〕
アルゼンチンに来る前に、アルゼンチン人の友人から、生活して行く面で色々アドバイスを受けた。その一つに「帽子をかぶるな」、があった。アルゼンチンでは帽子を被ってる人はほとんどいない(冬の防寒用は別だが)。被ってると観光客と思われ、スリや引ったくりの被害に遭いやすいからだそうだ。
ブエノスアイレスに着いたのは10月始めで、日本の4月に当たるが、まるで初夏のような暑さだった。余りの暑さに耐えられず、帽子を買うことにした。どうせ帽子を被ってなくたって、充分過ぎる位目立ってる。ブエノスアイレスの町を歩いていて、東洋人に出会うことは滅多にないのだから。
開き直って買った帽子を被ってホテルに戻ったとたん、仲良しのボーイさん達がいっせいに「あ!」と、帽子を指差す。
「え?」と私。帽子だけに「ハット」した、なあんちゃって・・おそまつでした。
思わぬリアクションに目を白黒させてると、一人が「それ被ってボカに行っちゃダメだよ」と言う。ますますこちらは??
ブエノスアイレスには4大サッカーチーム(Racing Club、 River Plate、Boca JuniorsとIndependiente)があり、中でもボカチームとリベルチームは大のライバル。ま、タイガースとジャイアンツみたいなもの。で、私が買った帽子がたまたまリベルのだったと言う次第。
f0135018_23495032.jpg

          向かって右の帽子がボカ、左がリベル
たちまちホテルのロビーでサッカー論争が始まり、私はボカのファンだと言うボーイさんに「べつにリベルのファンじゃないけど、色が気に入ったから買ったの。ごめんね」と言うと、彼は「ノープロブレマ」と苦笑い。
翌日からがもう大変。工事現場の横を通ると、工事のお兄さん達が笑いながらだけど、「ボカ・メホール!ボカ・メホール!(ボカの方が良いよ)」の大合唱。と思えば、そこのけそこのけ車が通るとばかり、いつもは歩行者など眼中にないドライバーが目の前で急停車して、「どうぞお先に」のゼスチュア。これはリベルファンらしい。
歩道ですれ違う何人かのうち一人は私の顔を見てウインクし、親指たててグーのサイン。
ある日入ったレストランで、帽子をテーブルに置いておくと、ウェイターが、人差し指を左右に動かしながら「ノー、ノー」と言う。
え?何?帽子をここに置いちゃダメってこと?訳が分からずキョトンとしていたら、ウェイターは自分の胸に着けたバッジを指差し、「ボカ」と言う。ハハーンと納得。
ここでも、「別にリベルのファンじゃないけど、色が気に入ったから買ったの」と言うと、にこにこして「オーケイ」
レストランに入る度、こんなことが何度か続いた。家の近くのレストランでは、最初入った時は、ウェイターが帽子を指差して顔をしかめるので、こちらも笑いながら「ペルドーネ(ごめんね)」と謝っておいた。
数日してまた、今度は帽子なしで行くと、「帽子はどうした?」と聞くから「かぶるの止めた」と答えた。するとこのウェイター、注文もしない料理を持って来て、「これはボカからのプレゼントだ。食べてくれ」と言う。これにはびっくり。それ以来、この店の前を通る時には帽子を隠すことにした。
とまあ、ここまでは笑い話ですんでいたのだが・・・
f0135018_235158100.jpg

               公園でサッカーに興じる子供達
ボカ地区に近いレストランに入った時のこと。注文を取りに来たウェイターが私の帽子を見ると、夫に「あなたもリベルか?」と聞く。夫が「ノー」と言うと、彼は「それじゃ、ご主人には食事を出すが、奥さんには出さない」と来た。
笑いながら言ってるので、冗談だと思い、こちらも笑いながら「私は別にリベルのファンじゃない」と言うと、「帽子をバッグの中に入れろ。それなら奥さんにも出す」と言う。
私が帽子をバッグに入れると、「ビエン(良し)」と満足げな顔。
それから料理を運ぶたびに、私の顔を見て「アオラ・ボカ?(ボカのファンになったか?)」と念を押す。最初は笑って「シー、シー(イエス、イエス)」と答えていたのだが、あまりのしつこさに気味が悪くなってきた。確かに顔は笑っているのだが、目が異常に輝いて狂気を感じさせる。
サッカーの試合があるたび乱闘騒ぎが起きるので、競技場の周辺は通行止めになり、警察官が警戒に当たるお国柄だ。特にボカのファンには熱狂的な人が多いと聞く。そのうち本当にボカのファンからボカボカにされるかも知れないと、リベルの帽子を被るのは止めにした。
夫が「ボカの帽子を被ったら、どういう反応があるかな?」と言うので、今度はボカの帽子を買って被ってみた。すれ違う人達が満足そうにニヤッとするのは何度か経験したが、文句を言われたことはない。
リベルの選手は上流出身が多く、ボカは反対に下層階級出身が多いと聞いた。ファンもきっと同じで、リベルのファンは紳士が多いので文句を言わないのかも。
f0135018_2353677.jpg

              サッカーの練習場
それにしてもアルゼンチン人のサッカー熱はすごい。先日、パンアメリカンカップにボカが優勝した晩など、アパート前のサンタフェ大通を一晩中、若者達が車を連ねて、車の窓から身を乗り出しながら、クラクションを鳴らしつづけ、大音響で音楽を流し、歌を歌って大騒ぎだった。目の前の警察署は知らん顔だ。
この国のテレビは事故と天気予報と殺人の他はサッカーしか放送しないんじゃないかと思うぐらい、どの局も一日中サッカーの放送をしている。
気狂いじみたサッカー熱を見てると、政府は貧困層の若者の不満が爆発して暴動が起こるのを防ぐために、マスコミを抱き込んで、サッカーで発散させてるのではないかと勘ぐってしまう。
因みに数ヶ月前、ブッシュ大統領のお嬢さんが來亜した時、サンテルモ地区のレストランでバッグを盗まれる事件があった。足元に置いたバッグを近くのテーブルにいた男が足で蹴り上げ、入り口付近にいた女がそれを受け取めてサッと外へ。近くにいたSPが気が付いた時には、二人とも雑踏に紛れて雲隠れ。その間実に数秒間の早業だったそうだ。
鮮やかなキックオフとディフェンスの見事な連携プレーはさすがサッカーの国。犯人はプロのサッカー選手じゃないかと、友人達と大いに盛り上がったが、反米の人が多いアルゼンチンの国民は、ブッシュのSPを出し抜いたと、拍手喝采だったようだ。
by ruriwada | 2007-08-02 23:56 | Comments(0)