ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

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一昨年9月30日に帰国し、車を受け取って家に着いて呆然! 駐車場は人の背丈ほどの雑草が生い茂っている。道路に放置する訳にはいかないから、えいままよ、と雑草の中へバリバリ音を立てながら車を乗り入れた。
3月の一時帰国中に大地震に遭い、何もかもほったらかしにしてアルゼンチンに逃げて行ったままの家の中はメチャメチャ。
翌日からはしゃかりきで家中の片付けとゴミ出し。ガラスや陶器の破片は片付けても片付けても、思わぬ所から出て来る。1ヶ月半かけて家の中がどうやら片付いたので、12月の中旬には夫と二人で台北、花蓮、高尾を巡る台湾1周5日間の旅行をした。
太魯閣峡谷の茶店でハチミツ入りハーブティを飲んだのは良いが、口がいやしい夫は出されたハチミツを1瓶全部飲み干した。しばらくして、峡谷の絶景に見とれていると突然背後で夫の悲鳴が聞こえた。びっくりして振り向くと夫の鼻に蜂が1匹停まり、他にも数匹の蜂が夫の顔の周りを飛び回っているではないか。
夫は「たたくと刺される」と鼻の上の蜂を見ながら顔をゆがめて半べそ。ガイドさんはゲラゲラ笑いながら「この顔の写真を撮ったら」
さすが妻としては、夫が鼻を刺されたら可哀そうなのでカメラを向ける気にはなれなかった。私が手で静かに何度か振り払うと蜂はやっと離れたが、その後数分間も夫の後をついて回っていた。ハチミツが口の周りについていて、鼻を花と勘違いしたのだろう。
写真を撮っておけば良かったなー!

正月には三浦半島と房総半島を巡る2日間のドライブ旅行をした。土浦桜インタから常磐高速で柏まで行き、柏から一般道の16号をまっすぐ木更津まで行き、ここからアクアラインを走り、海ボタルで朝食。前から一度は走って見たいと思っていたアクアラインを走れて嬉しかった。海ホタルも早朝だったせいか閑散としていて、海も穏やかで360度のパノラマを満喫できた。その後三浦半島に渡り、三崎漁業組合直営レストランで、名物のマグロを堪能してから、城ケ島へ。
突端にある城ケ島京急ホテルからは海越しに富士山が大きく見える。まさに絶景。翌朝チェックアウトすると、マネージャーが「インターネットでお申し込みのお客さんへのサービスです」と、冷凍したマグロのカマ4本を下さったので大感激。
横須賀のペリー上陸記念館を見てから、九里浜からフェリーで房総半島の金谷に渡る。保田漁港直営の「ばんや」で新鮮な魚介類を堪能。ばんやは数年前に来た時より広くなっていて、相変わらず大盛況のようだ。ばんやから500メートル程の所にある菱川師宣記念館で美人画を見てから、九十九里をドライブ。埴輪街道をひた走り、成田空港を抜けてつくばの自宅へ戻る。

3月にはアルゼンチンの茨城県人会50周年式典が水戸庁舎で行われ、私達夫婦も招待されて出席。我が家へもウンベルト、リカルド兄弟が訪ねて来て下さり、つくば市の料亭「花まさ」で懐石料理をご馳走した。
アルゼンチンで交換授業をしていた、我が代理息子のマキシもやって来た。我が家に1泊した後は東京の格安ホテルに1カ月泊って、日本を満喫して帰ったようだ。同じ時期に鹿児島大学で准教授をしている我が家の息子が、7人の学生を連れてやって来て、数日泊って行ったので、3月はてんてこ舞いだった。

7月3日から8月3日まではアメリカへ。夫と二人、シアトルで数日孫達と遊んだ後7日にニューヨークへ。7月7日朝7時に二女が二人目を出産。9日から1泊でマサチューセッツ州ロングメド―に住む知人宅へ。コネチカット州とニューハンプシャーに住む知人達も駆けつけてくれて楽しい再会を果たす。

8月下旬は鬼怒川温泉へドライブ旅行。「あさや」と言う、関東一バイキングが美味しいと評判のホテルで、評判通り美味しい料理を堪能し、屋上露天風呂からの素晴らしい眺望に大満足。
9月はタンゴクラスの合宿で国民宿舎九十九里ホテルへ。サザエの壺焼きがお代わり自由で、生まれて初めてサザエをたらふく食べてご満悦。
私は帰国後つくば市で又、アルゼンチンタンゴを習い始めた。マリポサと言う会で、我孫子を拠点とし、踊りの他にも色々活動している。つくば市でも教室があるので入会したのだ。

10月下旬は九州一周バス旅行の旅。飛行機で大分まで行き、大分、福岡、宮崎、佐賀、熊本、長崎をバスで駆け巡る4泊5日の旅で、全食事つきで一人6万円の格安旅行だったが、内容は充実していた。

11月にはタンゴクラスの発表会。付けまつげをつけ、歌舞伎役者みたいなメークをされて踊ったが、ベテランのはずのパートナーがステップを間違えて散々な目に。大恥かいたが、お化けメークのお陰で、誰にも私だとは見破られなかったのが幸いだった。

さて本年2013年は・・
1月16日より8日間、イタリア一周旅行に行ってきます。
by ruriwada | 2013-01-10 09:36 | Comments(0)
9月26日
セントロ日系で最後のスペイン語クラスとタンゴクラス。セントロ日系の責任者のリカルドが記念のお皿をプレゼントしてくれた。タンゴクラス終了後は皆で記念撮影。ラストダンスは前回と同じく、「ラ・クンパルシータ」
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                   日本語とスペイン語の交換授業をしていたマキシとラストダンス
このクンパルシータは歌詞はアルゼンチン人だが、曲はウルグアイ人で、両国とも自分の国のタンゴだと主張している。ブエノスアイレスとラプラタ川を挟んだ対岸の国ウルグアイはアルゼンチンの一州になりそうな時期があったが、国民投票で独立国になったと聞く。
二国間の関係は良好で行き来も実に簡単。ウルグアイ人の多くはブエノスアイレスで働いていて、週末に帰国する。
因みに日本から観光ビザで来て長期滞在している人達は、3カ月毎に朝ウルグアイ行きの船に乗り、夕方の船で帰って来る、と言う事を繰り返している。私の知人にも何人かいる。
ウルグアイの大統領は清廉潔白、安アパート住まいだそうだ。
ウルグアイの有名観光地コロニアの町は犯罪も少なく、町の人達はとても親切で暖かい。
二言目には「アルゼンチンとは違う」と、胸を張って言うので可笑しかった。

4年間のアルゼンチン生活最後の夜は、一緒に来て一緒に帰る16人全員が参加して、行きつけの中国料理店「COCO」でお別れ会。
パーティのセッティングを頼まれた夫が全員に料金、料理の種類などについて事前アンケートを取ったところ、100ペソ、150ペソ、200ペソ、フランス料理、日本料理、中国料理と、皆の希望はまさにバラバラ。
ふところ具合、食の好みは人それぞれだと痛感した。一番数の多かったのが、1人100ペソの中華料理。
と言う訳で、ブエノスアイレスで私の知る限り一番安くて味もまあまあの「COCO」に決まった次第である。スイパチャ通りの、サンマルティン広場から数分の場所にある、こじんまりした中国料理店で、中国名は御花園飯店。デリバリーも行っている、と言うよりデリバリーの方が主のようだ。

9月27日
とうとう帰国の日が来た。今回も2年間の滞在で、計丸4年間をブエノスアイレスで過ごした。私にとってはまさに第2の故郷。去るのがつらい。出発1時間前に大家の奥さんと、不動産屋で我が家のお助けマンだったオスカルが来て、アパートの引き渡し書類にサイン、カギを返す。
さらば我がアパート。日本だったら億ションと呼ばれるような広い(と言ってもアルゼンチンでは普通だが)アパート暮らしは、もはや二度と縁がないだろうなあ・・・
ニュージャパントラベルのオラショが帰国者全員のアパートを巡って(地方滞在者はホテル)拾い、空港まで送ってくれる。ニュージャパンさんにも本当にお世話になった。
帰国の便はアメリカのダラス経由だが、コンチネンタル航空は、アメリカでの通関手続きの時に、預けた荷物は出さなくてすむから楽だ。
機は珍しく定時に出発。29日午後2時半、無事成田に着いた。

アディオス・アルヘンティーナ(アルゼンチンよ、さようなら)!
by ruriwada | 2011-12-03 06:01 | Comments(2)
9月25日
土産と最小限の衣類や思い出の品だけ残して、後は全部処分する事にして、友人達に引き取りに来てもらう事にした。最初にタンゴクラスのkさん夫婦と先生。そこへ我が家のお助けマンことオスカル夫婦が来訪。
最後に現れた日系のIさんは「捨てたらもったいない。何でもいただきます」と、残り物を全部抱えてタクシーで帰って行かれた。“もったいない”精神は遠いアルゼンチンで立派に受け継がれていた!
面白かったのはゴミ収集人。ゴミは業務用エレベーター前に出して置くと1日に1回収集に来る。週末などには2,3日来ない事もあった。ところが、不用の靴や服などを数回に分けて出したところ、何故か出したとたん、あっという間に消えてしまう。
どうやら引っ越しがあるとすぐ情報が伝わるらしい。もちろん、再利用したり売ったりするためだ。これぞまさしくリサイクル。
夫はアルゼンチンで自然環境保護教育の一環としてリサイクルを教えて来たのだが、
「アルゼンチンじゃ立派にリサイクルしてる。日本の方が学ばねばならないくらいだ」と、夫と二人で大笑いしてしまった。
皆が引き上げてスーツケースだけになった時、急に夫が「レコレタのフェリアで買いたい物がある」と言い出した。何を買うのかと思っていたら、メタル製の大きな操り人形!
トホホホ。荷物はすっかり詰め終わった後じゃっちゅうのに、全くもう!
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                        左橋の甲冑の騎士を買った。
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                        日本の物を売っているおばさん  
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          早春のブエノスアイレスは少し暖かいと、すぐ裸になる。入れ墨は普通の人達がやっている。
1個23キロの大きなトランク4個分を全部出して、詰め直しては計り、又やり直しては計る。腰が抜けそうになった。
張本人の夫は「俺は入れ方が分からん」と、そばで悠々とワインを飲んでいる。睨むと、
「ワインを残したらもったいないから、仕方なく飲んでるんだ」だと!
夜はボランティア仲間のHさん、Nさんと4人でお気に入りのサンホアニーノで食事。顔見知りのボーイさんが大げさに喜びながら迎えてくれた。
「明後日、日本に帰る」と言うと「もう戻って来ないの?」と残念がって、記念に写真を一緒に撮ってくれと言う。彼は本業は結婚式などの写真を撮る写真家だそうだ。
ここのエンパナダは美味しいとブエノスアイレスで評判だ。ランチ時などには行列が出来ている。料理も美味しくて安くて、その上、店の雰囲気も良い。レコレタ地区いちおしの店である。
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         店のおごりのカクテルで乾杯
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                            右端はサン・ホアニーノのボーイさん。
by ruriwada | 2011-11-24 17:14 | Comments(0)
9月22日
タンゴクラスのkさんとレコレタ墓地そばのピザ店でランチ。本当は4年前に行った事のあるクレープ専門店に行きたかったのだが、いくら探しても見つからない。どうやらつぶれてしまったようだ。
ランチはkさんがおごってくれた。その後アルべアルホテルでコーヒーを飲む。アルベアルホテルはブエノスアイレス最高級ホテルの一つで、VIPが良く泊る事で有名だ。我がアパート隣の通りに面しているのだが、VIPお泊りの時は通行禁止になり警官がうようよいるのですぐ分かる。
しかし日本とは大違い。ピリピリした感じは全くない。警官達はあっちで2人、こっちで3人とおしゃべりに夢中。中南米の国々ではよくワイロ等の話があり警官の評判が悪いが、ここアルゼンチンで4年間過ごして、私の警官の印象はすこぶる良い。
外国人だからかも知れないが、いつもとても親切にしてもらった。メンドーサでは道を訊ねた時、「そこは歩くには遠すぎる。バスで行った方が良い」と、バス停を教えてくれた後、小銭を探している私に「ほら。これを使いなさい」と、ポケットからコインを出してくれた事さえある。
9月23日
私にとっては最後のセイボ会。今回はサンテルモの骨とう品店街散策だ。サンテルモは植民地時代の低層の古い建物がかしこに残る石畳の小道に、骨とう品店が軒を並べている。郷愁をそそるとても趣のある地区なので帰国前にぜひもう一度行って見たかったから、何を置いても参加した。
プラサ・ドレゴ・カフェに集合。有名なカフェ・トリトーンと同時期の古いカフェで、デフェンサ通りとウンベルト通りの角にある。ここでコーヒーを飲んだ後、数組に分かれて骨とう品店街を散策。
私は日系2世でサンテルモに詳しいAさんと一緒だったので、色々面白い店を見る事が出来た。外からは全く分からないが、内部にパティオのある骨とう品店街に入る。ここは元ブエノス1の金持ちの屋敷だった建物だそうだ。
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                古い石畳のサンテルモの通り。左端はバスを待つ人々
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            元豪邸のパティオの中は骨とう品店街になっている
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              集合場所の由緒ある喫茶店
サンテルモの見学後は5月広場近く、ペルー通りの「マンサナ・デ・ラス・ルセス(光明の家)」に入る 
マンサナはリンゴの意味だが、アルゼンチンでは1区画(大体100m×100m )の事、ルスは明かり、光りだ。ここはブエノスアイレスで最も古いサン・イグナシオ教会とブエノスアイレス最初の学校(ブエノスアイレス大学の前身)があり、当時の学問の中心だった所だ。
前回訪れた時には修復中だったが、現在は中でコンサートなども行われてるようだ。地下にはトンネルがある。残念ながらトンネルは封鎖されているが、トンネル入り口までは下りて行ける。
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                    光明の家の地下道
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               光明の家に併設されているレストランはまるで中世の雰囲気そのまま
9月24日
日本語を教えてきたグループが先日アサドのお別れ会をやって下さったのに、またまたメンバーの一人、サラの家でお別れのお茶会をして下さると言う。アメリアが迎えに来てくれて、93番のバスでウルキサまで出かける。
ウルキサも日系入植者が多く住む町で、豪邸が立ち並ぶ閑静な住宅地だ。サラの家も庭付きの瀟洒な2階建てのモダンな家。お茶と言う事だったが、手作りのケーキやエンパナダが盛り沢山。会は2時から始まったが、一向にお開きになる様子がない。
6時頃になって、8時頃に終わると聞き、夫に電話すると「いったい、どこまで行ったんだ!もう帰って来なくていい」と、カミナリが落ちた。
私が首をすくめて「もう帰って来なくて良いだって」と、冗談めかして言うと、皆が顔を合わせて「怒ってるの?」と、何やらごちゃごちゃ。
「さあ、すぐ支度して。サラのご主人が送って行くから」「え?バスで帰れるから大丈夫よ」
と言ったのだが、ご主人が車のカギを持って現れて「どうぞ」
バスでは1時間かかったが、クルマでは30分程で家に着き、仏頂面をしていた夫もすぐに機嫌を直した。まったく、うちの駄々っ子亭主にも困ったものだ。
by ruriwada | 2011-11-21 14:01 | Comments(0)
9月18日
サンマルティン市に住むK夫妻をランチに招待。本当はK家でアサドのお別れ会をやって下さるとの事だったのだが、最近奥さんの体の具合が悪いので、我が家にご招待する事にしたのだ。
K氏は熊本、奥さんは長崎県五島出身の1世で共に70代。奥さんの姪が茨城県の土浦に住んでいて、私達夫婦のスペイン語の先生だったので、アルゼンチンに来る前からの知り合いだ。
先日、長崎県主催の原爆展がブエノスであり、私も会場に飾る千羽鶴を折るお手伝いをした。ニッカイ会館で行われたのだが、借りて来たプロジェクターが盗まれてしまったそうだ。入場者はまばらでしかも絶えず人の目があったのに!
アルゼンチンの泥棒の早業はまさに神業だ。奥さんは責任を感じて持病の心臓病が悪化してしまったらしい。
9月19日
タンゴクラスとスペイン語の勉強。来週のクラスは帰国前日だが出席するつもりだ。とうとうどちらも一向に上達せずに終わってしまった。あ~あ、情けない。
9月20日
今日はマキシとの交換授業の最終日。代理息子ともお別れだ・・寂しいなー
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私のアパートのポルテーロ(管理人)さん達。右が総責任者のエドワルド。信頼出来る人でとてもお世話になった。左はクリスチャン。彼はいつも私の事を気にかけてくれていて、男の来訪者があると、必ず知人かどうか、心配ないかと確認の電話をくれた。お別れを言った時は涙ぐんでいた。
9月21日
タンゴクラスのお別れ会。全員が集まれるのは今日の昼だけだったので、ランチになった。
場所はフロリダ通りとコルドバ通りの角のピザ店「 エル・プエルト・デ・カルメン」
前回の滞在中にタンゴクラスで一緒だったBさんが、またアルゼンチンを訪問中で特別参加。その他、私の後にマキシと交換授業をする事になった日本人青年O君とそのママが急遽参加。
他にも、アルゼンチン人青年で折紙教師のカルロスも飛び入り参加して大にぎわいになった。食事の合間に紙ナプキンでバラの花を折って女性陣にプレゼントしてくれた。繊細で優しさの塊みたいな青年だ。カルロスは「フロシキ普及運動」の主メンバーでもある。
美味しいピザをたらふく食べた後は大急ぎでバスに乗って帰宅し、Iさんとの最後の日本語クラス。
Iさんは4年間、私の都合でお休みした日以外は毎週欠かさず来られ、ずいぶん日本語が上達された。
Iさんにエスコバル在の日系1世のT夫人を紹介し、後を引き受けてもらえる事になったので一安心。
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7月9日大通りの中央分離帯の並木のパロボラチョはまるで白い花が真っ盛りに見えるが、実の中の綿だ。
by ruriwada | 2011-11-10 12:16 | Comments(0)
9月17日
夫の上司のアナさん宅でお別れパーティをしてくれると言うので、レティロの駅からティグレ行きの列車に乗り、オリボス駅で下車。
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                                  オリボス駅
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                                列車の座席はボロボロ
オリボスは大統領官邸がある所だ。官邸と線路を挟んだ反対側は海岸側でリベルタドール通りに沿って大統領警備本部の塀がずっと続いている。
このリベルタドール通りは我がアパートの前を走っている通りの延長なのだが、途中、並行して走っているサンタフェ通りがマイプ通りに変わるあたりでいったん番号が終わり、1番から始まる。
オリボス駅裏から数ブロックのリベルタドール道路沿いは高級外車の店が軒を並べ、中でも日本車の店が多く、歩道には日本製の車やオートバイがずらりと並べられている。カワサキ、ホンダ、ヤマハ、トヨタ・・まるで日本にいるようだ。
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        上からトヨタ、ヤマハ、ホンダ リベルタドール沿いは日本車の会社がいっぱい
アナさんの家はオリボス駅とビセンテロペス駅の間で交差するイタリア通りにあるのだが・・イタリア通りがない!数人に聞いても皆知らないと言う。そう言えばアナさんはとても短い行きどまりの道だと言っていた。
店の人なら知ってるだろうと車販売店で聞いてみると、道の反対側にあった。何と道の両側で地番が違っているのだ。道の両サイドは偶数と奇数に分かれてるのは普通だが、ここでは片側が1000番、その真向かいが900番といった具合なのだから、道に迷って当たり前だ。
アナさん一家は1年前には同じオリボスの一戸建てに住んでいたのだが、泥棒に入られてからここへ越して来た。3階建てマンションの屋上全部がアナさんの家だ。パーティは地階のパーティー室。アルゼンチンのアパートの高級アパートには皆共用のパーティ室があり、個人のパーティにも利用できる。
参加者は約50名。アナさん一家は全員日本食が大好きなので、この日も寿司が沢山用意されていた。寿司をたらふく食べ、美味しいワインをがぶ飲みし、ほとんど顔見知りだったので会話も弾み、実に楽しいパーティだった。
帰りは日系企業のN夫妻と列車で帰る。N夫人とはパレルモレディースでもよくお会いする。彼女は列車に乗るのが今日が初めてだそうだ。
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                            アナさんのアパートでのお別れパーティ                         
by ruriwada | 2011-11-03 17:44 | Comments(0)
9月14日(水)
水曜日に日本語を習いに来ているIさんからランチに招待され、ビセンテ・ロペスのご自宅へ伺う。バスは152番か130番。130番はうちのアパート前を通るのだが、行き先が3方面あってややこしい。152番は1キロ程歩くが、全部同じルートだし本数が多いので152番にした。
サンマルティン広場から乗ったが、約1時間の距離で、料金がたったの1ペソ70センタボ(30円)だって。
「え?そんなに安いの?」と思わず言ってしまったら、運転手が苦笑い。市内が空いていたので45分で着いた。ここまで来ると、さすが田舎町風だ。Iさん夫婦は普段は同じビセンテロペスのマンションに住んでいるが、ここは奥さんの実家。先年一人住まいをしていたお母さんが90才で亡くなり、今は20代の娘さんが一人で住んでいる。
日系1世の典型的住居と言うので興味深い。ウナギの寝床の様な縦長の敷地に30坪ほどの前庭、4LDKの平屋だが、裏庭に階段があり屋上も使えるようになっている。裏庭はかなり広く、アサド用の炉や流しがあってパーティが出来るようになっている。庭の一番奥の、裏の家との境は全面、部屋付き物置きだ。
2度強盗に入られた事があるそうだ。アルゼンチンで知り合った、一戸建て住宅住まいの人達のほぼ全員が強盗に入られた事があると言う。
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                                   ビセンテ・ロペスのIさん宅
美味しいチキンのミラネサをご馳走になって3時半に辞去。4時半からラジオパレルモに夫が生出演する事になっているので、又152番のバスに乗り、カビルドの地下鉄カランサ駅前で下車。数百メートル歩いてラジオ局に丁度4時半に着いた。
夫が最近、環境教育用の本を出版(勿論、日本語で書いたのを通訳のリサがスペイン語に翻訳してくれた)したので、夫にインタビュー依頼があったのだ。夫は昨年も出演した事があり、2度目だ。
無事放送を終えて、帰りは上司のアナさんにプラサイタリアまで車で送ってもらい、そこからバスで帰った。
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                                夫がラジオ・パレルモに生出演
9月15日(木)
日本文化センターで夫の本の出版記念講演。70名ほど聴きに来られたので感激した。終了後に本へのサイン会(本は勿論無料だが)。夫は最初恥ずかしがって断ったが、周囲から再三催促されて照れくさそうに応じた。何しろサインなどするのは生まれて初めての経験なのだ。
ほぼ全員が並んで順番に本にサインを求めるのにはびっくり。夫の人生最高の出来事だろう。私も何やら有名人の奥さんになった気分をちょっぴり味わった。
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                                        本へのサイン会
9月16日(金)
今日は私の最後のパレルモレディースだ。ベルグラーノのメンドーサ通りのアルゼンチン料理店「1810 Cocina regional Argentina」
エンパナダもウミタもロクロも皆とても美味しかった。それに安い。お湯沸かし器が壊れたとかで、コーヒー、紅茶が作れないと言う、いかにもアルゼンチン的おまけつき。
パレルモレディースの皆さんには4年間、本当に美味しいアルゼンチンを堪能させて頂いた。最もメンバーはほとんど入れ替わっているが。
by ruriwada | 2011-09-23 07:15 | Comments(0)
9月10日(土)
日本語と日本料理を教えてきた生徒さん達7人とその友人1人がアサドに招待して下さった。ロドリゲス通りの、コルドバ通り近くにあるパリジャ店で美味しいアサド(焼き肉)をたらふくご馳走になる。
ASAR とは直火で焼くこと。チョリソー(巨大ソーセージ)、牛の臓物、牛肉、ブタ肉、鶏肉などの直火焼きを盛り合わせた物がパリジャ。網焼きがパリジャ、炭火の周りに肉を棒に刺して立てて焼くのがアサド、と言う人もいる。
勿論メインは普通牛肉だが、子豚や子羊の丸焼きの時もある。
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9月13日(火)
朝からコレクティボ(市内バス)と列車2台の衝突のニュース。何番のバスだろう?えー、92番だって?私がセントロ日系に行くため毎週乗ってるやつじゃん。やっぱりなー。
バスの運転の乱暴さ、おしゃべりに熱中してのわき見運転にいつもヒヤヒヤさせられて、いつかは事故るんじゃないか思ってたんだ。
ところが人に話を聞くうち、運転手のせいではないと分かった。
衝突現場の踏切の遮断機は45度までしか下りず、信号は年中故障。列車が来なくても赤のままだから、ドライバー達は信号が赤でも左右を見て渡っていたんだって。おまけに最近そばで工事を始めたので視界が遮られ、列車の来るのが見えない。
この日は交通整理がいたが、事故の10分前にどこかへ行ってしまったらしい。バスは直前をタクシーが渡ったのでその後に続いて踏切に入ったようだ。車体が半分入った時点で列車が来て衝突、運悪く反対線にも列車が来たから、大勢の死傷者を出す大惨事となってしまった。
鉄道会社は怠慢、交通整理は無責任、運転手は信号無視・・まったくあきれてしまう。さらにこの二日後、今度はバス2台とミキサー車が衝突した。何おか言わんや。

さて、火曜はマキシとの交換授業。終了後ラバジェに土産を買いに行く。コロン劇場そばの職場へ戻るマキシと乗るバスが同じなので一緒に家を出る。マキシは「私の歩き方は早すぎますか?大丈夫ですか?」としきりに気を使ってくれる。おまけに私のバス代まで払ってくれた。ルンルン気分。
観光客のメッカ、フロリダ通りと交差する歩行者天国のラバジェはフロリダ通りに比べて物価が安いが、ここでも土産物品は値段がこの前来た時の倍になっていた。
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                     サンマルティン広場を通ったら、綺麗なオブジェが沢山並んでいた。
by ruriwada | 2011-09-20 09:09 | Comments(0)
9月3日(土)
エスコバル在住の日系人T夫妻が、私達夫婦とボランティア仲間のN夫妻を「テマイケン動物園」見学に招待して下さった。
朝7時半に家を出てプラサイタリアまでコレクティボで行き、N夫婦と待ち合わせて、エスコバル行きのセミラピドバスに乗る。ラピドだと45分だがセミラピドは1時間20分かかるが、ラピドの切符売り場がまだ開いてなかったので、開いていたセミにしたのだ。
セミは一人6.5ペソ、ラピドは8ペソ。切符を事前に買わなくても乗れるのだが、バスの中ではコインしか使えないからコインが沢山いる。コイン不足のアルゼンチンではコインは貴重なのだ。
ブエノスアイレス州には二つの動物がある。一つは市内のプラサイタリアにあり、世界の動物を集めた普通の動物園で、目玉は白い虎。以前住んでいたアパートのすぐそばなので、入った事があるが、テマイケン動物園は遠いので行ったことがなかった。
テマイケン動物園はエスコバル市にあり、大富豪の夫人が趣味で鳥類を集めていたのを一般公開し始めたのが元で、国内の動物や川魚などを主に展示している。
広大な敷地に(元日系人たちが所有していた土地を買い集めたとか)建物は日本家屋風のわらぶき。池には色鮮やかな錦鯉が泳ぎ、滝などもあって日本庭園のような感じだ。道ばたには笹竹が生い茂り、日本の田舎道を歩いているような錯覚を起こす。
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                                    真っ白い尾の猿
勿論世界の動物も数は少ないがいる。だだっ広い囲いの真ん中にトラが一匹悠然と寝そべっているのを見て、夫が「羨ましいなあ、こんな広い家に住めて」
全員妙に納得。
目玉の、ダイナミックなカバの食餌光景が見られるかと期待したが、平日は12時だが土曜日は4時だそうでがっかり。12時半にエスコバルのウンベルト家にアサドパーティに招待されているのだ。
せめて水中を泳ぐ姿を見たかったが、地上でのんびりお昼寝中。「レバンタテ!(起きろ)」と怒鳴ってみたが効果なし。
え?発音が悪いからだろうって?  ムムム・・・
オーナーの趣味が鳥類収集とあって、さすが鳥園の方は珍しい鳥が沢山いる。真っ白い孔雀も初めて見た。2羽いて、1羽がもう1羽に向かってしきりに羽を広げて見せてるので、求愛かと思ったら、もう一方も牡だった。なんだ、縄張りを主張していたのか。それともゲイ? ・・まさかね。
それにしても純白のレースの様で実に美しい。
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                     純白の孔雀。思わず見とれるほど美しい
一瞬、薔薇の花かと見間違うような真っ赤な鳥達もいる。ハトぐらいの大きさでフラミンゴの様な姿をしている。フラミンゴの一種なのかな。
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                                  色鮮やかなフラミンゴ
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                                  真っ赤な鳥
色鮮やかな大型インコ達はハウス内で放し飼いで、出口の扉の上に10羽ぐらい並んでいた。先に出て行った人達が勢いよく扉を閉めたので大きな音がした。
そのとたん、ギャーギャーと言うけたたましい鳴き声と共に、私達の頭上すれすれに大きな塊が、まるで突風のようにかすめた。一瞬何が起きたか分からなかった。
音に驚いたインコ達が警戒の叫びを上げながら四方に飛び去ったのだ。扉の上に残った2羽がなおもギャーギャーと威嚇する。T夫人が「まるでヒチコックね」と恐ろしそうに、連れていた孫を服の下に隠しながら言われたが、本当に襲われるかと思った。
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            私達を襲った(?)インコ達
午前中一杯動物園を見学した後、ウンベルトさんの家へ向かう。ウンベルトさんの家の広大な敷地内にはアサド専用のパーティハウスがあり、ウンベルトさんが巨大な牛肉の塊と大きなチョリソーを沢山焼いておられる。
ウンベルトさんの兄のリカルドさんの奥さんがコルドバに大きな牧場を持っているので、肉はそこから持って来たのだろう。柔らかくてとても美味しい。
私の友人達も数人来て下さっていたので嬉しかった。以前、日本留学のための書類書きのお手伝いをして上げた女性も来て下さり、自慢の喉をきかせてくれた。彼女はプロ級の歌い手だ。帰りはうちの近くに住んでいるリカルドさんに車で送って頂いた。
by ruriwada | 2011-09-15 21:09 | Comments(1)
8月31日
夫がパソコンに向かって悪態をつき続けている。所属先から渡されたCDが丸一日かかっても開けないと言うのだ。見かねて「私のパソコンでやってみれば」と声をかけると
「うるさい!余計な口出すな」
「あ、そう、どうぞご勝手に。困るのは私じゃないから」
その後も悪態をつきながら、パソコン相手に悪戦苦闘している。おまけに私にまで当たり散らす。
頭に来たから「私は関係ないんだから私に八当たりすることないでしょう」と文句を言うと、
「関係ない奴に当たるから、八つ当たりと言うんだ」だと。
このへそ曲がりのクソじじいめ!
あきれて放っておいたら、しばらくして、「おい、そっちのパソコンでやって見てくれ」
ところが私のパソコンに入れても、ジージー音が鳴り続け、やっとアドベが現れたと思ったら「冗長・・何とか」のエラーメッセージ。
夫は「ほら見ろ、言ったとおりだろー」と変な所でいばってる。本1冊分が入ってるから容量が大き過ぎるのかと思い、CDをくれた人に話すと
「おかしいなあ、開けるはずだけど。他のCDにコピーしてからやって見ては?」
ところがCDを入れる場所は1個しかないから入れられない。そこで私のパソコンに外付けハードディスクをセットしてからCDを挿入。エラーメッセージが出たが、今度は「CDが汚れているか破損している可能性があります」
CDを取り出して明りにすかすと、何と表面が指紋で真っ白。眼鏡ふきでCDを拭いてセットしたらたちどころに開いた。
全くもう、電源を入れずに動かないと言うのと同じぐらいの初歩的トラブル。しばらく笑いが止まらなかった。
                      
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                       パロボラチョの若木にはトゲがびっしり
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                       パロボラチョの実(人のこぶし程の大きさ)
2011年9月1日(木)
今日から2日間、2年間の活動を終えて今月末に帰国するボランティア達の発表会がある。
夫は明日だ。アルゼンチン各地に散らばっているボランティア全員が集まった。普通は飛行機だが、いまだに火山の煙で飛行機は飛んだり飛ばなかったりだから、遠方の人達はバスで十数時間かけてやって来た。最長は20時間。いくらアルゼンチンのバスが快適とは言えご苦労な事だ。
夜はスイパチャのテネドールリブレレストランで歓送会。テネドールリブレとは日本で言うバイキング。テネドールはフォークの意味。
9月2日(金)
午前中は残りの発表会。うちの亭主は一見豪放磊落だが、至って気が小さく几帳面だ。講演や発表会の時はいつも時計を眺めながら行う。以前、あまりにも頻繁に時計を見るので注意した事がある。
今回も相変わらず時計を見ていたけど、前の人が大幅に時間オーバーして司会者から注意された後なので、いかにも嫌味に見えただろうなあ。
夜は大使館公邸で、大使ご夫妻が帰国するボランティア達を招待して下さっての晩さん会。夫も私も一張羅を着込んで出席。大使ご夫妻が少しも気取らず気さくな方々なので、リラックスして大野シェフの御馳走を堪能した。
大野シェフは以前は大使館のシェフだったが、今は辞められて独立、日亜学院等で講師を務められ、ブエノスアイレスでは有名人だ。
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パロボラチョの実の中には白い綿が詰まっていて、冬には実が割れて芝生に散らばる
by ruriwada | 2011-09-09 02:48 | Comments(2)