ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

瑠璃通信8

 カラファテは昔はチリ領だったそうだ。一年中強風が吹き荒れる不毛の大地に利用価値がないと、アルゼンチンに譲ったという話だ。数年前に飛行場が出来てからは、氷河見物の観光客が押し寄せるようになり、チリはさぞホゾを咬んでいることだろう。
飛行場からカラファテの町へ向かう30分の道は、見渡す限り石ころと赤土と、半分枯れたような色の丈の低い雑草しかない、まさに不毛の土地。カラファテというより、サイハテと言った方がぴったり。
人口一万ちょっとの町中とその周辺だけ、立ち木が茂り野菊の白い花が一面に咲き乱れている。その中に紅紫色の花が混じっている。トゲもあって、色も形もアザミにそっくりだが、葉や茎はちがう。私達の泊った、日系人の経営する、たった4部屋しかない宿の周りにもこのアザミもどきが沢山咲いていた。
繁華街は五分も歩けば全部見終えてしまえるような小さな町で、宿から10分程で歩いて行ける。そこへ行く道すがら一軒の民家の前に、すっぽりと埃で覆われた車が置いてあった。
「うわあ!きたない」と、言いながら通り過ぎざま、後ろの窓に目をやると、何やら字が書いてある。
まるで湯気で曇ったガラスを指でなぞったように、埃をなぞって書いてある字を読むと、「ダーティ ハリー(クリントイーストウッド主演の映画のタイトル)」さらに、そのダーティの字が×印で消され、下に「スシオ(スペイン語でダーティの意)」
これには思わず吹き出してしまった。アルゼンチンの至る所に見られる実にユーモラスな彫刻類と言い、ユーモアのセンス抜群の国民性らしい。因みに、翌朝この家の前を又通ったら、車の埃はきれいに拭かれていた。

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     カラファテの町で見かけた、車のペイント
小さな繁華街は観光客で大賑わいだ。その大半はヨーロッパ系のようだ。街中をウインドウショッピングしながらブラブラしてると、前方から、首に大きなカメラをぶら下げた小父さんが、やたらめったら写真を写しながら歩いて来る。ん?と思ったとたん、そのおっさん、手を挙げて「ヤー!」。やっぱりあの、ドイツ版ノーキョーさんだった。
何がヤーよ。こっちがイヤーよだわ、とは思ったものの、日独関係が悪化して、戦争でもおっぱじまったら大変だから、こちらもにこにこ「ハーイ」と、手を振る。
中国人の経営するバイキング料理店に入ったら、あちこちから「ハーイ」の声。おやおや、皆さん、ウシュアイアでのホテルやバスツアーでご一緒だった人達ではないか。みんな同じルートをたどっているらしい。

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翌朝、宿の奥さんに弁当を作ってもらって、ツアーバスに乗る。この弁当、ご飯にトリのから揚げ、ホーレンソウの和え物と卵焼きで、日本だったら500円位の物が約1200円と割高。アルゼンチンは食べ物が安いと、前に書いたが、ウシャアイアとカラファテは物価が全て高い。この宿でも、年に3回、BsAsからトラックで3日かけて、生活必需品や食料を配達してもらっているとの事だから無理もない。
 氷河は街から車で一時間の所にあり、アンデス山脈の南端から押し流されて来た雪が、南米最大の湖、アルゼンチン湖へ注いでいる。
氷河へ向かう途中、ガイドが「サファリ、サファリ」と繰り返し、手にしたリストをチェックしたり、料金を集めている。野生の動物でも見に行くのかと思っていたが、肝心のクルーズの話がないので、「サファリって何ですか?」と聞くと、「船で氷河の側まで行きます。あなたも行きたいですか?」
「もちろん。お金は払ってあるはずです」、と、言うと、ガイド嬢、やおら書類を見直して、「シー(イエス)、シー(イエス)」と、にっこりしながら、親指立ててグーのサイン。
おいおい、しっかりしてよ。チェックするのがあんたの仕事でしょうが、と、文句の一つも言いたいところだが、なんせ言葉が出て来ない。ともあれ、無事船に乗ることが出来た。このガイド嬢、英語が苦手なのか、面倒臭がり屋なのか、最初スペイン語で長々と説明した後、英語の説明は30秒ですませてしまう。
 奇跡とでも言えるほど無風で暖かい日だったが、大きな氷の固まりの浮かぶ湖上を走る船の甲板に出ると、凍えるような寒さだった。船は10メートルほどの近くまで氷河に接近して停泊。高さ百メートル位の白い壁が、幅2百メートル位に亘って、目の前に立ち塞がっている。縦に線が入り、まるで巨大な白いカーテンだ。
 写真を撮り終え、キャビンでもくもくと弁当を食べていると、ふと人の視線を感じて顔を上げた。目の前にランランと輝く4つの目玉。カウンター越しに2人の乗組員が身を乗り出すようにして、私と夫を食い入るように見つめている。好奇心丸出しの表情で。目が合うと、ばつが悪そうににやっとして「ハシの使い方教えて」と言う。
 苦笑しながら、ハシを持ち上げて、空中で閉じたり広げたりして見せると、二人とも子供みたいに大喜びしていた。全く、これじゃ芸者稼業もいいところ。
 この後、又バスで氷河の上流に行き、今度は上からの見学。氷河は下から見た時は真っ白だったが、上から見ると、きれいな空色。まるで巨大な青い水晶のようだ。
時々ミシミシと言う大きな音がして、しばらくすると大きな氷塊が剥がれ落ち、直後、ドーン!と打ち上げ花火のような大音響と共に、水しぶきが数十メートル跳ね上がる。大自然の壮大なドラマに圧倒されて声も出ない。
ここで南米を一人で大学卒業旅行中の日本人青年と、数人の若い日本人女性グループに出会った。アルゼンチンに来て以来、旅行先で東洋人を見かけた事はこれまで皆無だったが、この氷河は今では世界的に有名なのだろう。
バスに戻って、ガイドに「明日の飛行場へのバスは何時に来てくれるの?」と聞くと、「朝寄った時、ホテルのフロントにメモを残してきた」とのこと。ホテルの奥さんにメモを見せてもらうと目が点になった。飛行機の出発は2時なのに、3時半に迎えに来ると書いてある。大慌てで、奥さんに電話してもらったら、「間違えた。12時に行く」と言う返事。全く、あのガイド嬢、愛想は良いけど、仕事はいいかげんもいいとこ。
翌朝、散歩に行こうとホテルのドアを開けたとたん、ギョツ。目の前に馬がいる。馬は前日、可憐な美しさを愛で写真にも写したアザミモドキの花をムシャムシャ、あっという間に全部平らげて、うまかった・・とは言わなかったけど、満足そうに鼻を鳴らす。
ここでは犬はもちろんのこと、馬も放し飼い。宿の前の道は、犬のフンどころか、馬のフンがあっちにもっこり、こっちにもっこり。
アルゼンチンは牧畜の国なので、動物のフンなど自然の景色の一部ぐらいにしか思っていないのかも。
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バスの時間まで2時間あるので、近くの小さな湖を見に行った。湖の周囲は広い湿原になっていて柵がしてあるが、尾瀬の様にハイキングコースが作られていて、一時間で一周出きると言うので入場した。湖には水鳥がいっぱい。途中10人ほどのヨーロッパ人達が写真を撮っている側を通り越す。コースには番号を書いた立て札が立ててあるのだが、景色に見とれながら歩くうち、砂地に出てしまった。土手の向こうにもう一つの大きな湖があり、フラミンゴが沢山いるのが見えた。
道を間違えたことに気づき、見渡すと、先ほどのグループが遠くに見えた。あわてて引き返し合流したが、この道も途中で立ち消え。皆で最後に番号を見た場所まで引き返し、目を凝らすと、はるか前方に次の番号が見えた。出口で管理人に「番号が離れすぎていて、道に迷った」というと、彼女、笑顔で、「そっちの方も綺麗だったでしょう」だって。
やれやれ、一体何のために柵やらコースを作ってるのやら。湿地帯を保護するためでしょうに。
走りに走り、12時ぎりぎり宿にたどり着くと、奥さんが「バスは30分遅れると電話があった」という。思わずその場に、へなへなと座り込んでしまった。

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カラファテ飛行場の建物は、メルヘン調の可愛いログハウスで、内部もほとんど木製。BsAs行きの便を待つ乗客の中にも見知った顔がちらほら。待合客の中に、ひときわ目立つ小錦のような若い女性がいた。
機に乗り込んだが、三人がけの、私の隣の窓際席が空いている。夫が私をつついて、「おい、嫌な予感がするぞ」。見ると通路をれいの小錦嬢がのっしのっしと歩いてくる。
案の定、私達の所で止まると「ペルミソ(失礼の意)」。二人ともいったん通路へ出て彼女を通す。と、彼女は断わりもなく座席を仕切るアームをパンと跳ね上げ、私の席にはみだして座ってしまった。しばし唖然。
気を取り直して座り、アームを戻そうと思ったが、彼女のボディは明らかにアームの位置よりはみ出ている。離陸時の注意をしに見回りに来た客室乗務員も彼女を見ると、何も言わずに行ってしまった。
かくして、ギューギュー詰め状態での3時間のフライトを余儀なくされてしまった。まさに、行きは良い良い帰りは怖い、の旅行であった。ふー。
by ruriwada | 2007-02-26 07:54 | Comments(0)