ハッスルおばあちゃんのアルゼンチン日記


by ruriwada

瑠璃通信2部 182 サン・テルモ

9月22日
タンゴクラスのkさんとレコレタ墓地そばのピザ店でランチ。本当は4年前に行った事のあるクレープ専門店に行きたかったのだが、いくら探しても見つからない。どうやらつぶれてしまったようだ。
ランチはkさんがおごってくれた。その後アルべアルホテルでコーヒーを飲む。アルベアルホテルはブエノスアイレス最高級ホテルの一つで、VIPが良く泊る事で有名だ。我がアパート隣の通りに面しているのだが、VIPお泊りの時は通行禁止になり警官がうようよいるのですぐ分かる。
しかし日本とは大違い。ピリピリした感じは全くない。警官達はあっちで2人、こっちで3人とおしゃべりに夢中。中南米の国々ではよくワイロ等の話があり警官の評判が悪いが、ここアルゼンチンで4年間過ごして、私の警官の印象はすこぶる良い。
外国人だからかも知れないが、いつもとても親切にしてもらった。メンドーサでは道を訊ねた時、「そこは歩くには遠すぎる。バスで行った方が良い」と、バス停を教えてくれた後、小銭を探している私に「ほら。これを使いなさい」と、ポケットからコインを出してくれた事さえある。
9月23日
私にとっては最後のセイボ会。今回はサンテルモの骨とう品店街散策だ。サンテルモは植民地時代の低層の古い建物がかしこに残る石畳の小道に、骨とう品店が軒を並べている。郷愁をそそるとても趣のある地区なので帰国前にぜひもう一度行って見たかったから、何を置いても参加した。
プラサ・ドレゴ・カフェに集合。有名なカフェ・トリトーンと同時期の古いカフェで、デフェンサ通りとウンベルト通りの角にある。ここでコーヒーを飲んだ後、数組に分かれて骨とう品店街を散策。
私は日系2世でサンテルモに詳しいAさんと一緒だったので、色々面白い店を見る事が出来た。外からは全く分からないが、内部にパティオのある骨とう品店街に入る。ここは元ブエノス1の金持ちの屋敷だった建物だそうだ。
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                古い石畳のサンテルモの通り。左端はバスを待つ人々
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            元豪邸のパティオの中は骨とう品店街になっている
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              集合場所の由緒ある喫茶店
サンテルモの見学後は5月広場近く、ペルー通りの「マンサナ・デ・ラス・ルセス(光明の家)」に入る 
マンサナはリンゴの意味だが、アルゼンチンでは1区画(大体100m×100m )の事、ルスは明かり、光りだ。ここはブエノスアイレスで最も古いサン・イグナシオ教会とブエノスアイレス最初の学校(ブエノスアイレス大学の前身)があり、当時の学問の中心だった所だ。
前回訪れた時には修復中だったが、現在は中でコンサートなども行われてるようだ。地下にはトンネルがある。残念ながらトンネルは封鎖されているが、トンネル入り口までは下りて行ける。
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                    光明の家の地下道
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               光明の家に併設されているレストランはまるで中世の雰囲気そのまま
9月24日
日本語を教えてきたグループが先日アサドのお別れ会をやって下さったのに、またまたメンバーの一人、サラの家でお別れのお茶会をして下さると言う。アメリアが迎えに来てくれて、93番のバスでウルキサまで出かける。
ウルキサも日系入植者が多く住む町で、豪邸が立ち並ぶ閑静な住宅地だ。サラの家も庭付きの瀟洒な2階建てのモダンな家。お茶と言う事だったが、手作りのケーキやエンパナダが盛り沢山。会は2時から始まったが、一向にお開きになる様子がない。
6時頃になって、8時頃に終わると聞き、夫に電話すると「いったい、どこまで行ったんだ!もう帰って来なくていい」と、カミナリが落ちた。
私が首をすくめて「もう帰って来なくて良いだって」と、冗談めかして言うと、皆が顔を合わせて「怒ってるの?」と、何やらごちゃごちゃ。
「さあ、すぐ支度して。サラのご主人が送って行くから」「え?バスで帰れるから大丈夫よ」
と言ったのだが、ご主人が車のカギを持って現れて「どうぞ」
バスでは1時間かかったが、クルマでは30分程で家に着き、仏頂面をしていた夫もすぐに機嫌を直した。まったく、うちの駄々っ子亭主にも困ったものだ。
by ruriwada | 2011-11-21 14:01 | Comments(0)